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レーザーの歴史

「筋肉こそ金なり」痩身機器のターゲットが脂肪から筋肉へ

2015年、フランスで痩せすぎとみられるモデルの活動を禁じる法律が施行され、以降活動するためにはBMI(肥満度を測る体格指数)の値が低すぎず、健康的な体であることを証明する診断書の提出が義務付けられることになりました。美の基準というのは時代と共に移り変わることで知られていますが、美を身体の細さや体重でもって測ることはできない、と公式にアナウンスされたことになります。その後、ありのままの体を愛する「ボディ・ポジティブ」と呼ばれるムーブメントが起きたり「スクワットチャレンジ」がアメリカで流行となったりなど、環境問題への関心が高まるのと同じ速度で美と健康を同じ秤に乗せる視点が定着していきました。

そんな中、2018年に医療の現場でも新しい技術でもって筋肉にアプローチする痩身医療機器が登場します。それが「筋肉を鍛える」と「脂肪の減少」を兼ね備えた「エムスカルプト」です。このエムスカルプト、そしてこの機器に搭載された「HIFEM(ハイフェム)=高密度焦点式電磁エネルギー」技術の登場は、それまで「脂肪」をターゲットにしていた痩身市場におけるベクトルを、大きく方向転換させることになるのです。

痩身系エネルギー医療機器の歴史に残るテクノロジー「HIFEM」の登場

筋肉はマイオカインというサイトカインを発生し、体の全ての細胞にネットワーク物質を分泌する内分泌器官であるという指摘が各研究でもなされています。筋肉を鍛えることと若さを維持することは、切っても切り離せない関係である、ということになります。

しかしながら、エムスカルプト以前の痩身医療機器は「脂肪を減少させる」ことがターゲットであり、テーマとなってきました。主に中性脂肪を体外に排出させることのみに焦点は当てられ、人体の約35%を占めている筋肉を増強することにフォーカスを絞って作られた機器はありませんでした。脂肪が減っても基礎代謝が上がることがなければ、痩身における根本解決にはなりませんので、機器による痩身治療には自ずと限界があったということになります。

すでに有名な医療機器であるEMS(Electrical Muscle Stimulation)が開発されたのは1994年。EMSは電流を用いて筋肉に働きかけますが、その影響が及ぶのはごく表面のみ。電流は最短距離を選び、収縮する筋肉は想像するよりもずっと浅いのです。

様々なテクノロジーを搭載したEBMD(Energy Based Medical Device)が世に出ていますが、エムスカルプトに導入されている「HIFEM(ハイフェム)High Intensity Focused Electro-Magnetic Technology=高密度焦点式電磁エネルギー」の研究開発がされたのは2011年。その後、まずは骨盤底筋をターゲットにしたHIFEM機器が2017年に販売されています。そして2018年アメリカ・ダラスで開催された米国レーザー医学会(ASLMS)で、イギリスに本社があるBTL社から「エムスカルプト」がデビューします。エネルギーデバイスとしてHIFEMを採用していること、そして「筋肉増強による体質改善」マシンというコンセプトに、工学的知識のある医師たちから一気に注目を集めることになるのです。

30分で2万回の筋収縮

BTL社はエムスカルプト以前にも、エクシリスやヴァンキッシュなどの痩身医療機器を送り出した実績のあるレーザー会社です。このHIFEMとエムスカルプトではアメリカにおいて7つの臨床研究を実施し、USPTO(米国特許商標庁)の特許を6個取得しています。

「エムスカルプト」の深達度は皮下7㎝。例えば腹部の施術であれば、体型にもよりますが、腹部のインナーマッスルはもちろん骨盤底筋群や背面の筋肉までも筋収縮が感じられます。「電気筋肉刺激機器」であるEMSが筋肉のごく表面にしか到達しないのと比べても、圧倒的に奥深いエリアまで働きかけていることがイメージできるでしょう。さらに、HIFEMエネルギーは組織に電気を伝達しない非加熱式であり、運動ニューロンのみに影響します。そのため皮膚を痛めるような影響が一切ありません。

エムスカルプトでは、HIFEMによって「超極大筋収縮」という30分で2万回の筋収縮を引き起こします。2万回の腹筋や臀部のトレーニングなど人力では到底不可能なこと。この超極大筋収縮が脂肪細胞の代謝を高め、脂肪分解を促します。

超極大収縮に達すると、筋肉は極限的状態に対応するため強制的に反応し、急激に筋肉が大きくなります。「筋肥大」つまり筋肉の深部構造を再構築する筋原線維の成長と、新しいタンパク質および筋線維の生成を行います。エムスカルプトは「筋肉をつけながら脂肪を燃焼する」ことのできる機器としては、現存するただ一つの機器なのです。

筋肉と神経系の再教育

もう一つ、この機器の優れたところは副次的に「筋肉と神経系の再教育」がなされること。腹部と大臀筋を伸展位のままで効率よく捉え、さらに30分間に2万回の反復運動が行われることによって、脳に筋肉が認識され直します。それが体幹筋肉の運動効率上昇や姿勢維持力につながるのだと思います。つまり、筋肉につながる脳の再教育。この視点は、エムスカルプトを体験してみて初めて気づきました。

2000年から機器による美容医療に関わり、全てのレーザー企業の本社に訪れ、開発者と直接話し、医療機器を100台以上購入しながら業界の流れを見守ってきた中で、レーザーあるいはEBMDによる美容医療機器として、脱毛レーザー以降に全く新たなマーケットを作ることができたオリジナル技術は、ほんのわずかです。

レーザー、光治療、ラジオ波、フラクショナル機器、クライオ、ハイフといったものでしょうか。こうして考えると、エムスカルプトにおける「HIFEM」の技術は、レーザー以降の、7番目にエポックメイキングな「エネルギーベースの医療機器の歴史を変えた技術」の一つであると言えます。

実際エムスカルプトは学会でのデビュー直後に先行発売されたアメリカで爆発的な販売台数、顧客数をあげることとなりました。「筋肉増強」と「脂肪燃焼」という2つのニーズに働きかけ、また腹部のインナーマッスルを強化することで腹部が引き締まるだけでなく、姿勢を維持する力も整う。筋肉に厚みが増すことで、基礎代謝や体温が上がり結果脂肪も減少。また、従来アプローチしにくかった臀部も引き締まりある形状に筋肉が強化される。大ヒット製品となったのです。

人生100年時代に必須な身体作り

2019年には待望の新アプリケーターが登場し「EMスカルプトα」に機器がアップグレード。20分で14000回の筋収縮ということで、この上ない効率が期待できます。上腕二頭筋、上腕三頭筋、腹斜筋群、下腿筋群などより細かな筋肉を鍛えることができ、二の腕の引き締めや、脚やせなどのリクエストにも応えられるようになりました。さらに2021年、ヴァンキッシュで使用されていた27.12MHz のラジオ波をHIFEMと同時に照射できるEMスカルプトNEOが発売。脂肪過熱による痩身効果をより一層上げました。

医療痩身はここまで来た。そう感じられた機器は本当に久しぶりです。おそらく追従器は山ほど出てくることでしょう。実際、2019年のASLMSでは「クールスカルプティング」のゼルティック社を買収したアラガン社が、エムスカルプトと同様に磁気で筋肉を鍛える機器「クールトーン(Cool tone)」を展示しており、その時点ではFDA認可待ちということでした。

韓国や中国のメーカーはこうしたコピー機器を製作することが多いのですが、本家アメリカの企業が欧州企業の技術をまるごと真似るのは、この20年であまり見たことがないので驚きました。その驚きは予兆となり、2020年には本家エムスカルプトのBTL社が、コピー商品としてアラガン社を訴える事態となりました。しかも「クールトーン」はもともと韓国のメーカーのOEMです。アラガン社のような企業がこういうことをするのは驚愕でしたが、2020年になってそのアラガン社もAbbVie社に買収されてしまいましたね。

他にも、高周波を利用した痩身医療機器「トゥルースカルプ(Trusculpt)」で人気を博したCUTERA社から、電流を多方向から加えて筋肉を刺激し、活性促進する独自技術「MDS(Multi -Directional Stimulation)」を搭載した「トゥルースカルプ フレックス(Trusculpt fleX)」が2019年11月に販売され、2020年の年始には日本にも入ってきました。この機器はいわばEMSの進化系です。

EMSとしては独自のアルゴリズムを持った規格外の性能で細かいところまで調整が効きます。2010年に発売された医療レベルのEMS「AC BODY」の開発に関わったことがありますが、そこから格段に進歩しているのを感じました。エムスカルプトの「30分で2万回の筋収縮」に対して、「45分で5万4000回の筋収縮」を謳っているため、ついつい数字に目を奪われてしまいますが、実は「深達度」では両者に大きな差があります。エムスカルプトが皮下7cmという深達度であるのに対して、こちらは筋表層へのアプローチです。そのため施術中の体感が強く、筋肉痛も出やすいので「やった感」は得やすいかもしれません。しかし、残念ながら総合的な結果はHIFEM技術に圧倒的な優位差があります。実は機体本体の価格も2倍以上ちがいますが、EBMDの医療機器はある程度値段と効果が比例する場合も多いのです。

いずれにせよ、「筋肉を鍛えて痩身につなげる」という1つのトレンドができた、ということなのでしょうね。

従来の氷結や温める治療に加えてこのエムスカルプトの登場したことにより、ボディに関しては肌、脂肪、筋肉の3つに対しての有効な治療器が揃ったといえます。例えば、脂肪を冷却するクルスカの後にエムスカルプトを併用していくとか、CUTERA社であれば、2MHzのRF技術を用いた3世代目の脂肪溶解マシン「トゥルースカルプID」などとエムスカルプトを組み合わせてみるとおもしろいかもしれません。エムスカルプトで筋力をアップしてからCUTERA社の脂肪溶解マシンであるトゥルスカで脂肪を落とす、などの複合治療は医療痩身として効果的だと思います。

しかし、脂肪減少や筋肉トレーニングに一生懸命取り組んでも、適切な栄養を摂取し、活性酸素対策をしなければ質の良い肌や筋肉は維持できず、逆に体に害をもたらします。ですから、皮膚に対してレーザー治療とドラッグデリバリーを組み合わせて行なっていくように、筋肉トレーニングや痩身と栄養学の組み合わせに関しても、より一層精度が高い情報と治療を提供していくことが大切です。

人生100年時代に、機能的に動ける真の意味での美しい体をどれだけ長く維持できるか。「エムスカルプト」の登場は、そのソリューションにおける偉大な最初の一歩となったのです。

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