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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

IMCASパリに参加します

今晩はロンドン一泊です。

食事の後、夜のシャフツベリーアヴェニューを歩いていてミュージカルを選びました。

今回はフランスつながりで、ロンドン30周年を迎えたLes Misérablesを観ることにしました。

言わずと知れたヴィクトルユーゴーの名作。数年前に映画ができましたが、あの完成度の高さは素晴らしかったですよね。

今回改めて観て思ったのですが、妹のためにパンを一切れ盗んで19年投獄されたジャンバルジャンが出獄した歳は46歳。

つまり僕とほぼ同世代なのです。

Les Misérablesで起こった出来事は、僕の今の歳からでも価値観が全く変わり新たな人生を送る事ができるという事ですね。

そして、ジャンバルジャンの出獄の年は1815年。

ナポレオンが歴史から消え、チャイコフスキーの名曲の題名にもありますが、その後のフランスをはじめとしたヨーロッパの混乱が始まる年でもあります。

今とは全く常識が違い、はるかに理不尽な事が沢山あった時代です。

彼らに比べたら僕たちの悩みなんて小さなものですよね。

ロンドン

これからユーロスターでパリに戻り、IMCASパリに参加します。

ロンドンの日程がずれ、東京との衛星中継には参加できなくなりましたが、今後の展開のためには良い打ち合わせができました。


FOTONA社の新しいレーザートレーニングセンター

ロンドンのフィナンシャルディストリクトに昨年10月に完成した超高層ビルLeadenhallビル。

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こちらの30階にLindenhall skin and laser clinicがあります。

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こちらでFOTONA社の新しいレーザートレーニングセンターができたので見学とトレーニングにやってきました。

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僕はレーザートレーニング施設を東京に作る事をここ数年の仕事の1つにしたいと思っていますので、施設の視察を兼ねてという目的もありました。


◆2013年8月ヨーロッパ出張⑨ 大英博物館 ロゼッタストーン ハーマジェスティシアター オペラ座の怪人

おはようございます。

今日は8月24日。クリニックFの診療日です。

ようやく少し涼しくなりましたね。

僕も早朝にクリニックに出勤し、明日浜松町で招待講演予定の、痩身機器である「AC BODY」のプレゼンテーションを作っていましたが、詰めがもう一つ。

今晩から明日にかけての最終仕上げになりそうです。

クリニックFでは、朝からたくさんの患者さんをお迎えしています。

僕のブログは、先週滞在したロンドンでのブログです。

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ロンドン滞在は、楽しい場所が多すぎて、いつも困ってしまいます。

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打ち合わせ場所が近かったので、今回は大英博物館にも一時間ばかり、行ってきました。

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久しぶりに来ましたが、やはりロゼッタストーンの人気は絶大ですね。

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こちらは横から見たロゼッタストーンです。

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思ったより大きな石なのですよね。

切り出すときに割れないように持ってくるのは大変だったと思います。

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ギリシャの神殿の彫刻や、

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アッシリアや

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エジプトのミイラ

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さらにはイースター島のモアイなど、楽しい展示物が沢山あります。

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こちらの5階には日本文化の展示物もあり、お気に入りの場所です。

打ち合わせの後、トラファルガー広場に移動。

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ナショナルギャラリーでフェルメールを鑑賞。

夜のエンタテイメントは、迷った末、こちら、ハーマジェスティシアターの「オペラ座の怪人」を観ることにしました。

もうロンドンでもNYでも何度観たのか記憶にありませんが、良い夜でした。

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そうそう、ハリーポッターシリーズのホグワーツ特急が出発するキングスクロス駅が新しくなったと聞き、こちらも行ってきました。

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これがとても近代的な駅に変わってしまっていました。

中に入る時間はなかったのですが、プラットホーム9と3/4は、どうなってしまったのでしょう?

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これはすぐ隣にあるセントパンクラス駅。パリ行のユーロスターが発着する駅として有名です。

映画の中では駅の外観に使われています。

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美しい建物です。


◆2013年8月ヨーロッパ出張⑦ ロンドン自然史博物館 テームズ川クルーズ

おはようございます。

今日は8月23日(金)、クリニックFの開院日です。

昨日はイチローの日米4000本安打に加え、前橋育英高校の甲子園初出場初優勝・・・と野球のニュースが続きましたね。

僕は昨日は工学部研究室に行き、レーザー医療機器のインストールを行いました。

いよいよイタリアの医療機器メーカーとの共同研究が始まりました。

これは結果はもちろんですが、むしろ工学的なデータ取得手段の評価方法の模索に意義があると思っています。

今後、医学的な治療根拠に加えて、工学的なバックデータを取得していくことができるようになれば、より治療効率の良いパラメータを模索することが可能になります。

また、今日は朝一番で、日本の医療機器企業との定例会議もありました。

こちらの企業とももう8年以上様々な医療機器を作り続けています。

名前を出せないものもありますが、皆さんがお使いの機器の中にも僕が開発に関わったものがあるかもしれません。

こうした未来の医学を良くするための研究やディスカッションは、大変な時もありますが、やはりワクワクしますね。

日本発のより良い医療機器を近い将来もっと世界に輸出できるようになれば良いと思います。

さて、僕のブログは先週滞在したイギリスでの話が続きます。

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ロンドンでも機器メーカーとの打ち合わせがあったのですが、待ち時間にロンドンの街を歩きました。

ベーカーストリートからグリーンパークへ地下鉄で移動します。

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そのままグリーンパークを歩いて、バッキンガム宮殿に。

夏の季節のみこちらで宮殿の国旗が落ちていれば、女王陛下が留守のためバッキンガム宮殿の見学ができるのですが、今回は残念?ながら在宮でした。

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予定を変更してタクシーを拾い、自然史博物館へ。

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ニューヨークのものも好きですが、こちらの博物館も見どころが多く好きな場所です。

特筆すべきはNYと違って入館料が無料であること。

大英帝国は太っ腹ですよね(笑)。

アメリカ合衆国でも、ワシントンDCの博物館は無料ですけれどね。

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大きなセコイアの木の年輪も観ることができました。

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ちなみに自然史博物館の前には、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)があります。

こちらも入館無料。

さらに中庭は無線LANが使用可能で、僕は英国滞在中にはこちらで昼食を食べるのが好きです。

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今回もサンドイッチを頬張ります。

打ち合わせまでもう少し時間がありますね。

再び地下鉄に乗って、ウェストミンスター駅へ。

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テームズ川をロンドン塔まで船で移動します。

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クラシックコンサートで有名なフェスティバルホール。

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テームズ川クルーズがとても好きなのは、来るたびにロンドンの新しい施設が見えること。

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特に東側の新規開拓地域には建設中のビルも沢山あります。

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何度も川に落ちたとされる、ロンドン橋の下も通過します。

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そして、僕はこのビューが好きです。

戦艦ベルファスト号とそのバックに見えるロンドンタワーブリッジ。

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いつ観ても絵になりますね。

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多くのビルが建設中です。

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こちらは昔から変わらないロンドン塔。

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華麗なるイギリスの歴史の中の、数々の暗い闇がこちらの建物で起こりました。

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タワーブリッジを渡ったところで船を降り、市内に戻ります。

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ロンドン塔の横を通ると地下鉄の駅があるのですが、僕は二階建てバスを利用。

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セントポール大聖堂からテートモダンの間を結ぶ、ミレニアッムブリッジの前でバスを降りました。


◆2013年8月ヨーロッパ出張⑥ ベーカーストリートとリージェンツパーク

おはようございます。

今日8月22日はクリニックFの僕の外来は休診です。

今日は大学の工学部研究室に顔を出そうと思っています。

スタッフは出勤していますので、ご予約やご質問は03−3221−6461にご連絡くださいね。

実は(言いにくいのですが)、今月末の31日より、もう一度欧州出張を控えており、クリニックの外来は30日までとなります。

10日ばかりの日本滞在で、時差をどちらに合わせるかを考えてしまいますね(苦笑)。

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僕のブログ、国際学会周遊記は今週頭まで滞在したロンドンについてのブログです。

ロンドン二日目。

時差の関係で早朝に目が覚めます。

宿をとったベーカーストリートから、リージェンツパークを散歩してみました。

ベーカーストリートには楽しい店も沢山あります。

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有名なものとしては、シャーロックホームズ博物館。

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以前このブログでもご紹介しましたよね。

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早朝なので、まだ開館前です。

ベーカーストリートに宿をとる最も大きなメリットは、リージェンツパークに近いことだと思います。

このような邸宅街を歩きながら

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ほぼ徒歩5分で広大な公園に出ることが出来ます。

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森の中には数多くの鳥とともに、リスもいます。

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この公園の北端にはロンドン動物園があるのですが、そこまでは歩くのも大変。

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ちょうどバラの花が満開でした。

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本当に美しい公園ですね。


◆2013年8月ヨーロッパ出張⑤ ロンドンはベーカーストリートへ

おはようございます。

今日は8月21日。クリニックFの診療日です。

一昨日ヨーロッパより帰国し、外来を開きましたが、あまりの忙しさに今日からブログアップになります。

今回は移動が多かったです。

成田→ロンドン(2泊)→ミュンヘンに移動したのち

ミュンヘンで車を借りて

ホーエンシュヴァンガウ(ノイシュバンシュタイン城)

→ファドゥーツ(リヒテンシュタイン)

→サンティス山(スイス)

→ブレゲンツ(オーストリア)

→ミュンヘン郊外(シュタルンベルク湖)

→ザルツブルグ(オーストリア)

→ミュンヘン

4か国、約900㎞を走破して帰ってきました。

今回の使用便はANA。

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ロンドンまでは12時間半の飛行です。

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昨年も4度来たヒースロー空港。

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どちらも見知った場所です。

ヒースローからは地下鉄でロンドン市内まで移動。

グリーンパーク駅で乗り換えると、エレベーター利用が可能で、トランクを持っていても楽に移動できるのです。

今回のホテルはシャーロックホームズで有名な、ベーカーストリートにとりました。

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このシャーロックホームズは、拡大すると小さなホームズの影絵から出来上がっています。

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地下鉄の駅もホームズで一杯。可愛いのです。

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到着したのは夕方6時頃でしたが、この季節のヨーロッパは、日没は8時過ぎ。

まだまだ明るいですよね。

時差を合わせるために少しロンドンの街を歩いてみることにしました。


◆2013年8月ヨーロッパ出張①英国・ロンドン トラファルガースクエア シャーロックパブにいます

おはようございます。

今日は8月14日(水)。

日本は暑い日が続いているのでしょうか?

僕はビジネスミーティングで、イギリスに滞在しています。

ロンドンは地下鉄網が発達しており、今年はすでに150周年。

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移動がとても楽です。

宿をとったベーカーストリートから地下鉄でビックベンの前に移動。

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さらにナイチンゲールが働いていたセントトーマス病院を左に曲がり。

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テームズ川沿いを歩きます。

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馬に乗ったロンドン警察官なども気持ちが昂りますね。

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テームズ川を歩くと数多くの建築物が作られているのがわかります。

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トラファルガー広場に向かい、大好きなシャーロックパブで一杯。

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混雑ぶりには驚きました。

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出たときには日が暮れてきました。

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トラファルガースクエア。

約25年前に初めて来たヨーロッパが、このイギリスロンドンでした。

クリスマスの晩に、トラファルガー広場の横の教会でパイプオルガンを聴いた時の感動がいまだに忘れられず、イギリスに来るたびにこの場所にやってきてしまします。

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アドミラリティアーチも夜が映えますね。

気温は20度あまり。ポロシャツでは寒いくらいです。

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この広場から少し歩くと、ピカデリーサーカス。

イギリスには、「ピカデリーサーカスのように人が多い」というたとえがありますが、夜とはいえすごい人出です。ヨーロッパ各地はもとより世界中から観光客が集まってきているのでしょう。

さて、僕はこちらで明日までを過ごし一件ミーティングを終えた後、ドイツはミュンヘンに移動予定です。

またブログで報告しますね。


ダイヤモンド・ジュビリーの記念式典 国家君主の在位の最長記録

おはようございます。

今日6月6日もクリニックFの診療日です。

今日は金星の太陽面通過が観測できる日ですが、残念ながら関東では暑い曇り空の中に太陽を見いだすことが出来ません。

お昼過ぎまで6時間続く現象とのことですが、観測できる状況になるのでしょうか?

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イギリス女王エリザベス2世の即位60年を祝う「ダイヤモンド・ジュビリー」の記念式典がらみでもう一つブログを書きますね。

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こちらはロンドンのロイヤルオペラハウスの前でちょうど2年前の今の時期に撮った写真です。

東洋では干支(十干十二支)が一巡する60周年のことを、還暦と表現しますが、西洋では、ダイヤモンドを60周年の祝いに贈ったり、60周年の象徴とする風習があります。

結婚60周年はダイヤモンド婚式ともいい、今回の即位60年のお祝いにダイヤモンドを冠したのはそのような理由があります。

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今日の話題は国家君主の在位の最長記録の話。

女王エリザベス2世は2007年12月には女王ヴィクトリア(81才8ヶ月)を越え史上最高齢の英国君主となりましたが、ヴィクトリア女王の在位64年を超えるのも、もう時間の問題となってきました。

皇帝もしくは王の在位の長さは、伝説的なものを除外すると、4歳で即位した、フランス国王ルイ14世の在位74年がもっとも信憑性があり、長いものではないでしょうか?

ルイ14世の後を継いだルイ15世は、なんとルイ14世の曾孫でしたので、その在位の長さがわかると思います。

サーサーン朝ペルシア帝国の第9代君主シャープール2世の在位は70年として知られていますが、彼は生まれる前に、帝冠を授けられ、死ぬまで帝国の君主でした。

オーストリア帝国、のちオーストリア=ハンガリー帝国のオーストリア皇帝およびハンガリー国王、フランツ=ヨーゼフ帝は、事実上、オーストリア帝国最後の皇帝となりましたが、在位は68年(1848-1916)でした。

ちょっと意外なのは、古代エジプト第19王朝のファラオのラムセス2世。24歳で即位し、66年間統治し、90歳で没したと言われています。今から
3500年前の人とは思えない長生きですね。そう考えると、節制された生活での元の人の寿命というものは、あまり変わっていないのかも知れませんね…。

イギリスのヴィクトリア女王の在位は先にも述べたとおり、現在ではイギリス最長の64年(1837-1901)。

こちらに次ぐのは昭和天皇。昭和元年、昭和64年はどちらも一週間ほどでしたので、在位は62年です。

過去の中華帝国では、清の第4代皇帝の康熙帝が61年の在位を経てなくなりましたが、その後、康煕帝の治世を超えることがタブーになりましたので、60年の還暦で退位する習慣が出来たのだそうです。

こちらは年始にロンドンに滞在した時に、ウィーンからロンドンへ向かう機内で撮った写真です。

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右手にロンドンアイ、左手にビックベンが見えますよね。

この後、ロンドンオリンピックもありますし、しばらくイギリスから眼を離せませんね。


ダイヤモンド・ジュビリーの記念式典 イギリスのクラシック音楽作曲家

おはようございます。

今日6月5日もクリニックFの診療日です。

イギリス女王エリザベス2世の即位60年を祝う「ダイヤモンド・ジュビリー」の記念式典が開催されていますね。

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こちらは今年のお正月に、バッキンガム宮殿に行った時の写真です。

本当は僕もこの時期ロンドンに行きたかったのですが・・・いくつかどうしても外せない予定もあり、あきらめました。

英国王室の注目度は現在でも抜きんでていますよね。

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バッキンガム宮殿の見学の時にも思ったのですが、イギリスでは偉大なクラシック音楽家が生まれていません。

ビートルズやクイーン、ポリス(スティング)、U2などなど、ブリティッシュロックを20世紀に生んだ音楽性豊かな土壌を考えても不思議な話です。

一人上げるとしたら、ドイツはザクセン=アンハルト州のハレに生まれ、ハンブルグ、そしてイタリア各地でオペラ作曲家として成功したゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル。

ヘンデルはバッハと同世代の作曲家でしたが、ロンドンに移り住み、最終的にはイギリスに帰化します。

イギリスでの音楽活動が最も長かったので、イギリスの音楽家と分類すべきだという意見もあます。

ほとんどの人間が生まれた土地から半径数キロの行動範囲で一生を終えたと言われる18世紀に独、伊、英と言語の違う国に移り住む、今思えば相当な国際人だったのでしょう。

ところが、この国際人のヘンデルの後、イギリスでは約150年の間、あのイギリスの第二国家である威風堂々を作曲したエドワード・エルガーが世に出た19世紀後半まで、著名なクラシック音楽の作曲家が出なかったのです。

こちら、衛兵の鼓笛隊の写真です。

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こちらは夏服。

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こちらは冬服。

この原題、「Pomp And Circumstance」を「威風堂々」と訳した訳者の素晴らしい翻訳センスに共感しますよね。

この曲は、僕の父が大好きで、オープンリールというカセットテープの前世代の大きな機器を使って、FM放送されるたびに様々な楽団の演奏を録音していたのを思い出します。

よく聴かせてもらいました。

もう一つ。この威風堂々が効果的に使われている映像。

ブガッティ ヴェイロン と セスナがロンドンまでの道のりを競争します。よろしかったらどうぞ。

思えば、この時代はイギリス王、ジョージ3世の治世の時代で、ジェームズ・ワットが実用的 蒸気機関を発明、産業革命を引き起こし、イギリスが世界の工場と言われた時期。

芸術を追求するのは二の次となり、あたかも大日本帝国時代の日本の様に、挙国一致で産業革命に取り組んでいたのでしょう。

産業革命時に活躍したイギリス人画家も、後にモネなどのフランスの印象派画家たちに影響を与えたウィリアム・ターナーぐらいですものね。

国の経済的な成功と繁栄は、全世代の努力無しには成し遂げられないのですよね。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月(31) ユーロスターでロンドンからパリへ 旨味レセプターの発見

おはようございます。

今日3月14日はクリニックFの診療日です。

先ほどキャンセルが入ったので、本日夕方に一部予約が空いている時間があるようです。

明日より20日まで、米国のサンディエゴで開催される米国皮膚科学会(AAD)に参加予定ですので僕の診療は休診になります。

僕の留守中も、電話番のスタッフは出勤しておりますので、ご質問やご予約がありましたらクリニックFにお電話くださいね(03-3221-6461)。

毎年米国皮膚科学会では新しい機器がデビューしますので楽しみです。

さらに、今回はサンディエゴ近郊の有名クリニック(フォトフェイシャルの開発者Dr.フィッツ・パトリックと、形成外科医のDr.スティーブ・コーエン)を2院、訪れるアポが取れていますので、またよい報告ができると思います。

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年末から滞在していたヨーロッパ4か国。

いよいよ帰国となりました。

帰国便はシャルルドゴールパリ空港からですので、ロンドンからユーロスターを利用することにしました。

当初に予約していた列車が、打ち合わせの関係で使えなくなり(残念ながら払い戻しができなかったのです)、やむなくホテルからインターネットで翌日の切符を予約したのですが、時間帯によってはディスカウントチケットがあり、思ったよりも安く移動できるのです。

キャンセルしたチケットと合わせてもロンドンパリ間の航空券に満たないぐらいでした。

こちら、ユーロスターのロンドンの出発駅となるセントパンクラス駅。

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隣のキングスクロス駅は、ハリーポッターで一躍世界的に有名になりました。

ホグワーツ特急の始発駅です。

Img_4517_3ントパンクラス駅に入り、ユーロスターの改札を目指します。

こちらは少しわかりにくく、構内の一番奥にありました。

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看板を見て気づきましたが、ユーロスターには日立の技術が使われているのですね。

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駅の構内で待つ間、車内で食べるものを探していたところ。「SUSHI BENTO」寿司弁当を見つけ、つい買ってしまいました。

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ロンドンで寿司弁当が食べられる時代が来るとは思わなかったなあ。

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中身はこのような感じで、けっして美味ではありませんが、久しぶりの醤油の味で、ちょっとホッとしました。

醤油に入っているアミノ酸が、うま味を感じさせるんでしょうね。

料理の世界で五味というと、酸味、塩味、甘味、苦味の他にうま味があるのはご存知だと思います。

うま味は特に東アジアや中華圏の料理では、重要な味のひとつ。

L-グルタミン酸ナトリウムを主成分とするうま味調味料である、「味の素」の影響も大きいのだと思います。

僕の名前は「ふじもと」ですが、インドネシアなどに講演に行った時には、「あじのもと」とよく混同されました。

東南アジアでは、特に有名な日本語のひとつなのでしょうね。

最初に発見されたうま味物質はグルタミン酸。だし昆布の中から日本の学者によって1908年に発見されました。

数年後には、鰹節から抽出したイノシン酸が、さらに椎茸の中からグアニル酸が抽出され、こちらも新たなうま味成分であることが発見されました。

ところが、このうま味を口腔内で感知するレセプターは、長いこと発見されずにおり、西洋の学者たちは、この第五番目の味覚である「うま味」をなかなか認めず、酸味や塩味、甘味などの複雑な混合物だと考えていたのです。

その均衡を破ったのが2000年に「Jounal of Nutrition」に発表されたこちらの論文。

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舌の味蕾にある感覚細胞に、グルタミン酸受容体(mGluR4)が存在することを突き止めた論文なのです。

うま味(umami)が世界共通に認識されるようになったのはこの論文がきっかけなのですが、

思いのほか、新しい研究成果です。

さて、ユーロスターの話に戻ります。

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この駅の待ち合わせ場所では、無線LANが使い放題でした。

空港も見習ってほしいですね。

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乗り込んで、ドーバー海峡を渡り、うとうとしている間に、あっという間にパリに着きます。

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ロンドンからパリまで2時間15分。

速い、安い。

これは、お勧めします。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月(30) ウエストミンスター大聖堂 ダーウィンの進化論がもたらした歴史的変化を考える 王立裁判所

おはようございます。

今日3月12日も快晴ですね。クリニックFの診療日です。

昨日は15年来の友人のカナダ人が、恵比寿に一軒家を買ったというので、ホームパーティーに呼ばれてきました。

311の震災などもあったが、東京は素晴らしい街で離れる気がないので、家を購入したと言っていました。

不思議なことに、確かに僕も、ニューヨーク、ロンドン、パリなど多くの都市に滞在する機会は多いですし、大好きな街なのですが、あまり住みたいとは思わないのです。

ちょっと遊びに行くには良い街という感じ。

でも、東京は違います。

まず、清潔で安全。

衣食住すべてにおいてバランスがよく、やはり住むなら東京に住みたい。

と言いつつも、僕も東京を離れる時がいつかは来るのでしょうね。

僕のブログ国際学会周遊記、年始のヨーロッパブログですが、自分の頭の中ではあと3つで終了しそうです。

木曜日出発の米国皮膚科学会までにはなんとか、間に合いそうです(笑)。

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ロンドンに仕事で来るときは、打ち合わせの合間にできる散歩を楽しみにしています。

バッキンガム宮殿から、ヴィクトリアステーションまで歩く途中にあるウエストミンスター大聖堂。

英国王室のための教会であり、世界遺産であり、ニュートンやマクスウェル、ダーウィン、ヘンデルなどが眠るウェストミンスター寺院(Westminster Abbeyと混同されることが多いのですが、違います。

こちら。

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イングランド及びウェールズで最大のカトリック教会なのです。

1995年にウェストミンスター大司教の招きに応えて、女王エリザベス2世が大聖堂を公式訪問して典礼に参加したときは、大きなニュースになったそうです。

イギリスにおいて現役の君主がカトリック教会を公式訪問するのは、なんとイングランド王室史上最高のインテリと称されたヘンリー8世の、16世紀の以来のことであったとか。

初めての大聖堂は、壁と天井一面を覆うモザイク画が素晴らしかったです。

そうそう、「ウェストミンスター寺院に眠るダーウィン」と書きましたが、先日も書いたように異国の地で日本の歴史書を読むのを楽しみにしている僕は、今回の旅でダーウィンのことを思う場面が何度かありました。

今では誰もが疑うことのないダーウィンの「進化論」は、発表されてから200年も経過していない理論ですが、この進化論が宗教論はもとより、社会科学を含むヨーロッパの思想を根底から変えてしまうほどの破壊力を持っていた――

ダーウィンがいなかったら、あるいはダーウィンの誕生があと少し早かったら? または遅かったら?

歴史はどうなっていたのだろう、と想像してみたりしたのです。

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こちら、National Portrait Galleryにある、自然科学者チャールズ・ロバート・ダーウィン(1883年)の画像です。

2002年BBCが行った「100名の最も偉大な英国人」投票で、ダーウィンはアイザックニュートンや、ウィリアムシェークスピアを抑えて、学者・文化人としては最上位に選ばれました。

ダーウィンは1809年に英国・ウェストミッドランズにあるシュロップシャーで、医師の父の元に生まれています。

エディンバラ大学で医学、ケンブリッジ大学でキリスト教神学を学びましたが、卒後に乗船したイギリス海軍のビーグル号での5年間に及ぶ航海で、ガラパゴス諸島などに立ち寄り、進化論のヒントを得たと言います。

――すべての生物は変異を持ち、変異のうちの一部は親から子へ伝えられ、その変異の中には生存と繁殖に有利な要因がある。

さらに、限られた資源を生物個体同士が争い存在し続けるための努力を繰り返すことによって、自然選択が起こり、環境に適応したものが生き残ってゆく――。

・・・という進化論の提案は、すべての生物は神の生成物であるという聖書の教えにそもそも背くもので、大変な論議となったことは想像に難くないと思います。

ローマカトリックの教皇ヨハネ・パウロ2世が、1996年に

「進化論は仮説以上のもので、肉体の進化論は認めるが、人間の魂は神に創造されたもの」

であると述べた上で、進化論をキリスト教と矛盾しないものと認め、カトリック教会との和解がなされたのは記憶に新しいですが、米国での進化論論争は、まだ続いているようですね。

この最適者生存の生物学的進化論は、1820年生まれのイギリスの哲学者ハーバート・スペンサーにより、自然(宇宙、生物)のみならず、人間の社会、文化、宗教をも貫く第一原理であると、適応を広げる提案がなされました。

この考え方を、社会進化論(Social Darwinism)と言いますが、19世紀の列強の帝国主義時代には、この理論を後ろ盾に国家の侵略や植民地化が正当化されたのです。

歴史に「もし」を考えても仕方がありませんが、「もし」を考察してみるのも好きな作業の1つです。

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もう少し時間があったので、テンプル騎士団のテンプル寺院を見に行こうと思いたち、地下鉄で移動。

途中の王立裁判所 (Royal Courts of Justice)。

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歴史を感じる建物ですね。

テンプル教会は、エルサレムの聖墳墓教会を模したものだと聞いていたので、一度観てみたいと常々思っていました。

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ところが目の前の門まで行ったところで、この日は休みであることが判明。

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何人かの観光客がいたのですが、一緒に残念がりました(笑)。

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この場所はコヴェントガーデンにも近いのです。

歩いて10分程度。

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昼食はコヴェントガーデンの一角のこちらのお店で。

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ナンと、カレー、それにゴハンを食べました。

美味しそうだったのですが、味は日本のカレーの方がおいしいなあ。

ロンドンでカレーを食べるなら、インド料理やさんにちゃんと行かなきゃいけないですよね(笑)。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月(29) ピグマリオン効果 Covent Garden Street performer

おはようございます。

今日3月8日はクリニックFは休診日です。

今日は休診日を使って、以前にこのブログでもご紹介させていただいた、皮下のレーザーエコーによる観察機器(OCT) を使用して、4月にフロリダで開催される米国レーザー医学会発表予定の演題の追加実験をする予定です。

今まで皮膚科領域で発表されたことがない測定機器ですので、国際学会で発表することで興味が集まるのではないかと今から楽しみにしています。

僕のブログ国際学会周遊記は、新年に訪れたロンドンブログ。

続きを書きたいと思います。

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ロンドンのコヴェントガーデンというのは、僕にとってパリのヴァンドーム広場と同じくらい思い入れのある、そしてここに来ると元気をもらえる場所です。

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芸術と文化、宗教と歴史を包括するエンタテイメントという産業にとって、ここは間違いなく「聖地」のひとつでしょうね。

「コヴェントガーデン」という言葉で連想するもの・・・僕はやはりオードリーペップバーンが「マイ・フェア・レディ」で演じた花屋の女の子が強烈な映像として頭に残っています。

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「マイフェアレディ」は、バーナード・ショウによる戯曲「ピグマリオン」(Pygmalion)が原作であると言われています。

コヴェントガーデンは、ロイヤルオペラハウスという上流貴族の社交場と、青果市場で花を売る労働者階級とが接する土地でもあり、階級社会のイギリスでは特別な意味を持つのです。

そんな場所を舞台にした物語。

年長の男性が、偶然出会った(自分とは階級の違う)若い女性を教育し、超一流の魅力的な淑女にするというストーリーは、映画「シーズ・オール・ザット」「プリティ・ウーマン」などにも影響を与えていますが、このストーリー展開は、男性にとっても、女性にとっても共感できるものなのでしょうね。

ちなみに、教育心理学における心理的行動の1つに、「教師の期待によって学習者の成績が向上する」という効果を
ピグマリオン効果(pygmalion effect)と言います。

ギリシャ神話から取ったという説もありますが、バーナード・ショウの戯曲から取ったという説も有力なのだそうですよ。

そんなCovent Gardenで必ず足を止めて見入ってしまうのが、Street performance=日本でいう大道芸人のパフォーマンスです。

このコヴェントガーデンのパフォーマンスですが、あのBon Joviも、デビュー前にはこちらで歌っていたそうです。

日々道行く通行人に鍛えられるパフォーマーの芸は確かですよね。

この日もふらっと足が向いてしまいましたが、演技をしているのは、ピンク色の衣装を着たこの女性。

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田舎言葉丸出しの、いわゆる英語の労働者階級の言葉で、とても上品とは言えない話をしています。

淑女の国でこんな芸をしてもよいのか…。

という感じで、観客もちょっと引きながら始まったのですが、

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剣を使ったジャグリングと、巧みなトークで人を集めます。

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芸はだんだんと高度なものになってゆき、最後には4人の男性に支えられた、こんなブランコに乗り、

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足首だけでぶら下がりながら、3本の剣を使ったジャグリングを始めたのには会場にいた人もビックリ。

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コヴェントガーデンの二階テラスの喫茶店からも歓声が上がり、拍手喝采となりましたよ。

僕も楽しませてもらったので、ついついチップを多めに出してしまいました。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月(28)薬学部の将来展望 バッキンガム宮殿衛兵交代式

おはようございます。

今日3月7日(水)はクリニックFの診療日です。

昨日は診療を途中で一度切り上げさせてもらい、慶應義塾大学薬学部の学生さんを相手に、レーザーの講義をしてきました。

慶應は僕が最初に籍を置いた大学です。経済学部でした。当時薬学部はありませんでしたが、共立薬科大学を合併し、慶応義塾が薬学部を設立したのは2007年のこと。

2012年現在、薬学部の既に全学年が慶應義塾大学薬学部としての入試を経て入学しているのだそうです。

世界的にみても製薬業界は、刻々と増え続ける地球の人口が高齢化する21世紀に向けて確実に成長する産業の一つ。

しかも労働集約型ビジネスモデルの医療とは異なり、世界の市場に目を向けたスケールメリットの生きる職種です。

今後の日本のためにも、薬学部の大学院などに製薬企業マネージメントや、治験ビジネスなどの法的、医学的ノウハウの蓄積、さらに弁理士資格取得のような知的財産管理教育を組み入れてゆくことで、より優秀な人材が集まる魅力ある学部になるなと思いました。

講義後に学生さんとの懇親会に出席してきましたが、利発な学生さんたちと会話も弾み、楽しい時を過ごさせていただきました。

僕も元気をもらって帰ってきましたよ。

さて、僕のブログ国際学会周遊記は年始に訪れたロンドンブログ。

来週のサンディエゴ出張までに、必ず終わらせたいと思います(笑)。

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ロンドンで目覚めた朝は日曜日。

時計を見ると、ちょうど10時頃でした。

この時間なら11時半のバッキンガム宮殿の衛兵交代に間に合うなあ・・・と思い立ち、朝食を食べ、グリーンパークを歩いてやってきました。

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目の前にも、既にすごい人です。

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少しすると、鼓笛隊とともに、衛兵たちがやってきました。

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今までに何度も同じ光景を見ているはずなのですが、毎回新たな感動があります。

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一日一回30分にして、この見学者の数。

こうした大英帝国の威厳に満ちたセレモニーを観ると、他の国から来た観光客は確実にイギリスのファンになりますよね。

考えてみると、他国に対して自国の好感度を上げるのは至難の業。

ある意味、見事な国家戦略です。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月(26) 大日本帝国と大英帝国 日英同盟 ロンドン ナショナル・ポートレート・ギャラリー

おはようございます。

今日3月5日はクリニックFの診療日です。

予約表を見ると朝から沢山の患者さんが入っているようです。ありがたいことです。

冷たい雨の中御来院くださる患者さんにおかれましては、どうか道中気をつけてお越しになってください。

さて、僕のブログ「新国際学会周遊記」では、引き続き年始に出掛けたヨーロッパはロンドンの話をお届けします。

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僕は、明治時代や大日本帝国時代の日本の歴史書を読むのが好きで、今回も何冊かロンドンで読もうとスーツケースに詰めていました。

外国・・・特に英国のような国で、読書に耽り日本の歴史について改めて視点を変えて考える、という作業が好きなのです。

幕末に比較して大日本帝国の時代が題目になりにくいのは、特に戦後、大日本帝国時代の賞賛がなされなくなったと言うこともあるのでしょう。

とはいえ、大日本帝国については、その失敗も含めて仕事人としてとても学ぶべきことが多いのもまた事実です。

現在は、日本の政治力、外交力ともに失墜していると評価されていますが、そもそも国家を揺がす様な危機において、過去の歴史上、民主主義政治が上手く機能したことはありません。

ギリシア、ローマ、王政後のフランス然り。

民主主義による、民意をくみ上げることで、国家存亡にかかわる様な大局を見極めた選択などできない、ということかもしれませんね。

そうした場合、国家の崩壊が起こるか、専制的な政治形態となって国家の立て直しが計られるか、歴史上ではその二通りしか選択肢は無いのです。

民主主義は、平和が長期間続く中で唯一存続できる特殊な政治形態でもある、といえるのでしょう。

大日本帝国の前半の期間、特に興隆期は、国家の危機に対して、政府の主導力と外交力が極めて上手く機能した時期と言えます。

選択肢を一つ間違えてしまえば、列強の餌食になる時代。

世界の極地までがほとんどが植民地化され、アジアの国家で日本以外に独立を保てたのは、英仏二大列強の緩衝地帯となったタイ王国ぐらいでした。

当時の大日本帝国は、廃藩置県により大名の既得権を国家に集中させ、中央集権国家をいち早く作り、特に製糸業、さらに紡績業の自国の産業を官主導で発達させて、輸入による借入金を超過させずに国家財政を支える政策を作り、他国の介入を退けました。

この時期のアジア諸国は、鉄道や工場などの自国のインフラを、列強を始めとした他国の出資で整えてしまったがために、その後の利益を吸い上げられ、国家予算につけいる隙を与えてしまった国がほとんどだったのです。

さらに明治政府は、20世紀初頭に国際関係史において、「名誉ある孤立」戦略をとっていた大英帝国との間に、1902年に日英同盟を結ぶという偉業を達成します。

この日英同盟は、近代国家となってわずか30年の日本が、国家として初めて結ぶ同盟でした。

しかも相手は世界一の超大国であったイギリスです。

この同盟は大日本帝国だけでもなく、当時の大英帝国の戦略からしても必要な同盟だったのです。

当時英国は、海軍において「二国標準主義」を採択していました。

これはつまり、世界各地での戦力比で、イギリスが世界第1位の海軍力を持つだけではなく、さらに第2位、第3位の海軍力の合計よりも上回ることを条件としたということです。

当時、唯一東アジアの海域においてイギリスは、第2位と第3位のロシアとフランスの海軍の合計を上回る軍事力を保持しておらず、しかも露仏は同盟を結んでいました。

東アジアの海域で一定以上の海軍を保有している国は、清国か日本であり、1894年の日清戦争で勝利し、新たなアジアの盟主となった日本に白羽の矢がたったのです。

この日英同盟は、日本の外交史において、現在でも光り輝く偉業と評価されるのは当然だと思います。

日英同盟は、1904年の日露戦争、さらに1914年の第一次世界大戦でも優位に働き、二つの大戦の勝利の大きな要因の一つとなり、日本も国際的な立場を確立することにもつながりました。

反対にこの同盟は1921年に、ワシントンで結ばれたアメリカ、フランスとともに四か国条約で、発展的解消ということで消滅します。

この四か国条約は、そもそも日本とイギリスの結びつきを快く思わない当時のアメリカの策略だったという説も聞いたことがあります。

いずれにせよ、明治維新以降世界史に例のないぐらい他国との戦争に連勝した大日本帝国は、日英同盟消滅後には後半期に入り、陰りを見せはじめます。

皮肉なことに、民主主義を掲げた政党政治の名の下で、内閣総理大臣がほぼ毎年代わるようになり、指導者不在のまま、国民の総意で国家の存亡をかけた太平洋戦争~第二次世界大戦へと舵を切ってしまうことになるのです。

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100年前の大日本帝国と大英帝国の関係を思いながら、当時の英国の香りを探しに街を散策するのは、至福のときです。

当時の大英帝国が、国家威信をかけて名画を集めた美術館と言えばナショナルギャラリーですが

実は隣接して、肖像画に特化した美術館があるのをご存知ですか?

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ナショナルポートレートギャラリーという美術館です。

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イギリスを代表する偉人の肖像画が展示されているのです。

顔、顔、顔ばかり。

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このナショナル・ポートレイト・ギャラリーでは肖像画像の検索もできます。

こちらが日英同盟の英国側の調印を行った外務大臣Henry Charles Keith Petty-FitzMauriceのポートレイトです。

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デフォルメされていますが、英国紳士然とした風貌ですね。

この人が日本の命運を動かした、日英同盟締結に関わった人物の1人なのです。

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ギャラリーには、有名な政治家の絵画や写真なども沢山あるのですが、とても楽しいですよ。

女優さんの肖像画の部屋が特に人気でしたね。

ギャラリーを出て、目の前のトラファルガースクエアにて。

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ちょうど中央に注目です。

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この位置からだと、ライトアップされているビッグベンも見えるのです。

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ロンドン五輪のカウントダウンもなされていました。

オリンピックは今年の7月ですから、もういよいよですね。

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トラファルガースクエアから、歩いてロイヤルオペラハウスに向かいます。

夜のチケットを取ってあるのです。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月(25) ロンドンの街並み ハードロックカフェ1号店

おはようございます。

3月3日ひな祭りの土曜日、今日もクリニックFの診療日で朝から四谷に来ています。

昨日の誕生日は、患者さんやスタッフなど沢山お祝いをいただきました。

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こちらは今日頂いた分。ありがとうございました。

さて、今朝クリニックに来てみると、ビゼーのオペラ「カルメン」の音楽が流れていました。

確かカルメンの初演は3月3日だったなと思い、検索をかけてみると、やはり1875年3月3日 にパリのオペラ=コミック座で初演されたのだそうです。

僕みたいに調べ物をするのが趣味の人間にとって、WEBは本当に便利すぎて、これが果たして良いのだか悪いのだか・・という。

時々、食事中でも何か気になる話題が出たときiphoneで確認したくなる自分がいます(苦笑)。

さて、ブログ「新国際学会周遊記」は、2012年年始に訪れたヨーロッパ4か国目のロンドンに場を移します。

今月中旬にサンディエゴで開催予定の米国皮膚科学会(AAD)の出張までには、このヨーロッパ滞在記終わらせないと・・・。

頑張ります!

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年末年始を英語圏ではない国々で過ごし、久しぶりにイギリスという英語圏に来ると、言葉が通じやすいので気が緩みます。

大きな荷物はパリのホテルで預かってもらい、TUMIで小さなスーツケースを買いなおして身の回りのものだけ詰めてきましたので、地下鉄での移動も楽になりました。

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ロンドンでも青空に恵まれました。

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ホテルはメイフェアに取りましたので、グリーンパークまで移動。

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そうそう、グリーンパークとハイドパークの間、ウェーリントンアーチの近くにハードロックカフェがあるのをご存知ですか?

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こちら、今では世界中で見かけますが、ハードロックカフェの第一号店なのです。

1971年に始まったのだそうです。

この場所は元ロールスロイスのショールームだったそうですよ。

学生の頃にハードロックカフェで初めて食事をしたときには、感動しましたっけ。

僕はそんな世代です(笑)。


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