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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑲ 「琥珀(コハク)の間」はどこに?

日本に帰国して、サンクトペテルブルグに行ってきたというと、「琥珀(コハク)の間に行った?」 という質問がよく返ってきます。

さて、質問です。

「琥珀の間」はサンクトペテルブルグのどこにあるのでしょう?

1 エルミタージュ美術館

2 ペテルゴーグ(ピョートル大帝の夏の宮殿)

3 エカテリーナ宮殿

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琥珀の間は、その名のとおり部屋全体の装飾が琥珀で出来ており、これは世界で唯一のものです。

琥珀は、第二次世界大戦のレニングラード包囲戦中に解体され、ドイツ軍に持ち去られて、行方が分からなくなりました。

1980年から始まった復元作業により、2003年の建都300周年に、完全に復元されたのですが、伝説の琥珀の間が公開されると人気が沸騰して、入場制限が続いています。

Oldamberroom

ちなみにウィキペディアでは、こちらの1917年に撮影されたオリジナルの「琥珀の間」の写真をアップしていましたので、こちらに転用させていただきました。

さて、琥珀の間は、エルミタージュ美術館の中にあると思われている方が多いと思うのですが、どうでしょう?

実はサンクトペテルブルグから南に30kmも離れたエカテリーナ宮殿の中にあるのです。

こちらに行くには1日がかりのツアーなので、今回は訪れることができませんでしたが、二年前には訪れていますので、ご紹介しますね


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑱ チャイコフスキー バレエ「白鳥の湖」

なにはともあれ、ネヴァ川の対岸にあるホテルサンクトペテルブルグ劇場に、開演数分前にたどり着きました。

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こちらでの演目はチャイコフスキーの「白鳥の湖」

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エルミタージュ劇場の劇団員が、このホテルでショーをするということだったようです。

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ちょうどカリビアンクルーズのクルーズシップの中継場所にもなっていたようで、クルーズ船にいる人たちはシャンパンを片手に幕間を楽しんでいましたよ。

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窓の外にはクルーズシップが停まっているのが見えます。

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チャイコフスキーの「白鳥の湖」といえば、オデット(白鳥)とオディール(黒鳥)の二役の主役の演じ方が話題になりますよね。

このチャイコフスキーは、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」を高く評価していたといわれているのですが、白鳥の湖はこのオペラ「ローエングリン」を参考にしているという説をご存知ですか?

善良な人物(「白鳥の湖」だと女性、「ローエングリン」だと男性)が悪い魔法によって白鳥に姿を変えられてしまうという物語の根本にある筋書き、そして「ローエングリン」の第1幕第3場で現れる「禁問の動機」と「白鳥の湖」の「白鳥のテーマ」が極めて似ていると指摘されているのです。

このオペラで使用される、「ローエングリンの結婚行進曲」の美しい旋律は、耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。

僕はこのオペラがとても好きで、特にドイツのドレスデンのゼンパーオペラで観たときの印象は強く、一番の思い出として今も残っています。

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劇場はホテルに付属していたもので一流のものとは言えなかったのですが、内容は見ごたえがありました。

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終わって外に出てみると、日が沈む時でした。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑰ 会場へはネヴァ川を越えて

エルミタージュ劇場まで歩いていくと、受付で言われたのは

「今日は劇場で公演はないですよ。」

の一言。

つまり、僕たちは会場を間違えたのです。

しかし、迫る開演時間。会場に急がねば。けれど、ここでないのだとしたら、ではどこに??・・・慣れないサンクトペテルブルグの街で、地理感がまだありません。

受付の人にチケットを見せても、自分にもこの場所はよくわからない、とあっさり言われてしまいます。

英語がよく理解できないようでしたが、こちらもこうなると必死です(苦笑)。

地図を広げ、

せめて、この劇場がどのあたりにあるか教えてもらえないか? 

と食い下がると、

たぶんこのあたりじゃないか

と、地図の上を指差します。

どうもネヴァ川の今いる場所に対して、対岸にある住所のようだ、ということがここでわかりました。

あと開演まで15分もありません。

タクシーを見つけに表に出ます。

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対岸に歴代のロシア皇帝の墓があるペトロハヴロフスク聖堂が見えますが、地図によると劇場は対岸の、この聖堂のはるか右の方角です。

何とかタクシーをつかまえて、劇場に向かいます。

ただ、こちらのタクシーは、旅行客だとわかると法外な金額をとろうとするのですよね。

地下鉄で移動するなりして、いつも気を付けていたのですが、今回は急を要しましたので仕方がありません。

ようやくタクシーを見つけて乗ったところで、このタクシードライバー。

タクシーメーターを倒してくれと言っても、わからないふりをして倒さない。

最終的に3kmぐらい走ったでしょうか。

請求された金額は、車で30分以上離れた空港まで支払う料金です。

値段交渉しても

「タクシードライバーは俺だ。俺が言った金額を支払うべきだろう!?」

と逆切れされ、時間もなかったので、結局彼の言うままの料金を支払いました…。

まあ海外ですとこういったこともあります。

ロシアの場合は、体に危害がなかっただけでも良しとしなければならない場合もあると聞きますしね。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑯ サンクトペテルブルグでイタリアン

おはようございます。今日7月29日もクリニックFの診療日です。

8月が目の前に迫ってきましたが、天気は梅雨のような雨雲ですね。昨日の湿度、日本も東南アジアのようになってきましたよね。

さて、7月中に今月訪れたロシアの「新国際学会周遊記」を終わらせてしまおうと思います。

どうぞおつき合いください。

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この日はもう1つバレエの演題の題目の予約をしていました。

チャイコフスキーの「白鳥の湖」です。

インターネットの情報では、公演会場は「エルミタージュ劇場」とのことでしたので、エルミタージュ美術館の近くで食事が出来るところを探します。

ちょっと小綺麗なお店を見つけました。

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ひとつのお店でなぜか、イタリア料理と日本料理、どちらも出すというお店です。

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お寿司を中心とした日本料理もありましたが、過去の経験から日本料理を注文する勇気がなく(笑)、メニューが充実していたイタリアンを頼みました。

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つい10日前まで本場イタリアのトスカーナで良い料理を頂いていたので、あまり期待せずに食べ始めたのですが、これが本当においしい。

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チーズも素晴らしかったですし、

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リゾットは絶品でした。

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ヨーロッパのほぼ全ての国に滞在したことのある僕ですが、たいていが仕事ですので食にこだわるにも限界があります。おいしいレストランを事前に調べて予約して・・・なんていう余裕はとてもありませんので、たいていふらりと入れるお店になります。

そんな中で、こんなにおいしい料理を出張中に食べられたのは、イタリアかフランス以外では初めてかもしれません。

良い海産物がとれるので、料理の基礎ができているのでしょうが、皇帝文化が長く栄えた街は、食文化も発達するのでしょうか?

2年前にこの地に来た時も美味しくて驚いたのですが、ロシアでの食事のクオリティ。

驚きです。

こらから舞台鑑賞という高揚感と、おいしい料理にビールと赤ワインで気分も上々、会場が近いこともあってついつい開場時間直前まで研究者仲間と飲んでしまいました。

ところが歩いてエルミタージュ劇場に移動してみると・・・

ハプニングです。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑮ 2nd Continental Congress of Dermatology of the International Society of Dermatology 第2回大陸皮膚科会議

サンクトペテルブルグでは、この時期、もう一つ皮膚科学会が開催されていました。

「2nd Continental Congress of Dermatology of the International Society of Dermatology」と名づけられています。

Idc

世界皮膚科学会開催の第二回大陸皮膚科会議という、ロシアとヨーロッパの医師たちが集まる会議です。

僕はこの学会の情報を、直前のイタリア出張で仕入れたので、学会の開催場所を見に行くことにしました。

日本では全く情報がありませんでしたね。

場所は「タウリヤ宮殿」という、サンクトペテルブルグ市内の施設でした。

地下鉄の駅から歩くと、タウリーチスキー公園という大きな市民公園の中を通ってこの会場に行けそうです。

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タウリーチスキー公園は、観光客がいかないような場所にありますが、とても綺麗な公園でした。

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地元の人たちがベビーカーに子供を乗せて行く場所なのでしょうね。

すこしニューヨークのセントラルパークに似ていますね。

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公園を通り抜けて、このような大通りを歩いてゆきます。

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通りの向こうには、ロシア教会風の綺麗な建物も見えますね。

この大通りを歩いて15分ぐらい

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通り右手に宮殿のような施設が見えてきました。

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どうやらここが学会会場のようです。

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こちらのテントがレジストレーションでしたが、ちょっと登録して入る残り時間はなさそうでしたので、ここで引き返すことに。

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受付に立っている人たちに、英語で話しかけたのですが、僕らは英語は話さないので他の人を呼んでくると言われました。

国際学会なのに....(苦笑)。

英語が話せる人に、日本から来た医師だけれど、ちょっと中を見せてくれないかと交渉しましたが、レジストレーションが必要だと言われてしまいました。

まあその通りなんですが、1時間も中にいることの出来る時間が無かったので、諦めました。

多くの医師たちが会場に入ってゆきましたが、彼らが話している言葉はスラブ系の言語でした。ラトヴィアやベラルーシ、ウクライナなどの旧ソ連の国々の医師も含まれているのでしょう。

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ただ、発表の演題は英語で行われている様子。

皮膚科系の学会ですので、来年にでも演題を出して参加してみようと思いました。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑭ 1996年度ノーベル化学賞受賞により

おはようございます。7月27日、今日もクリニックFの診療日です。

今日は診療の合間に書籍の取材が入って忙しくしていますが、頑張ってゆきたいと思います。

さて、僕の新国際学会周遊記は、今月訪れたロシアの話です。

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この日も学会会場に向かいます。

朝ホテルで、今回の発表で自分の名前が載るJAAD(米国皮膚科学会誌)の文献を確認。

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一番下にFujimotoの文字が見えますか? 写真だとわかりづらいかもしれませんね。

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地下鉄の駅を降りると、この日は晴天で汗ばむぐらいの陽気です。

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地下鉄の駅から学会会場となる大学までは、15分ぐらい歩かなければなりません。

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こんな感じの道を歩いてゆきます。

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天気が違うと大学のイメージも変わりますね。

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近くにいた学生さんに声をかけて、写真を撮ってもらいました。

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ちなみにこのナノカーボン(フラーレン)学会は、1993年からロシアで開催されています。

1985年に最初に発見されたのは、炭素原子60個で構成されるサッカーボール状の構造を持ったC60フラーレンですが、この発見により、ライス大学のリチャード・スモーリー博士、ロバート・カール博士、そしてサセックス大学のハロルド・クロトー博士が1996年度のノーベル化学賞を受賞しました。

ちょうどノーベル賞の受賞が決まる前後からこの学会が立ち上げられたのでしょうね。

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昨日貼られていなかったポスターもあります。

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一通り、会場の発表を確認して、このナノカーボン(フラーレン)分野でどのような研究が世界でなされているか俯瞰します。

国際学会の演題の中には、まだ論文となっていない研究発表も沢山あり、次の研究のヒントが含まれていることが多いのです。

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一通り、演題を確認した後、会場後にします。

実はこの時期、このサンクトペテルブルグでヨーロッパ大陸系の皮膚科学会が開催されていると、つい先月訪れたイタリアのレーザー会社のDEKA社のマウロから情報を聞いていたのです。

場所を確認すると地下鉄で移動できそうです。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑬ 革命とサンクトペテルブルグ

今日7月26日もクリニックFの診療日です。

ここ数年取り組んできている美容施術前後の画像診断機器の開発会社との月一度の会議のため、今日は早めにクリニックに出勤してきました。

これから会議に入ります。

今月頭に訪れたサンクトペテルブルグの街並みの写真をアップしておきますね。

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サンクトペテルブルグは旧レニングラード。ピョートル大帝によって1703年に築かれた人工都市です。

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約300年前は、単なる沼地だったことが信じられないほど都市開発が進んでいます。

旧共産党が作り上げたような建物がたくさん残っていますが、これがすべて西欧の街並みを模倣して、人工的に建設された都だというのですから、本当に驚いてしまいます。

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この地はロシア帝国の首都ペトログラード(後にレニングラード、現在はサンクトペテルブルク)でもありましたので、「血の日曜日事件」(1905年)や、ロシア革命(1917年)の2月革命、10月革命の2つの革命の中心となりました。

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こちらの写真はサンクトペテルブルグを代表する建築物である、カザンの聖堂。

ネフスキー大通りに面してこの建物があるのですが、写真を見ての通り、半円状に弧を描くコリント式列柱の回廊です。

これはローマのサンピエトロ大聖堂をモチーフにしているのだそうです。

名前はロシア正教会においてもっとも重要視されるイコンのひとつ、「カザンの生神女」に由来したものだそうですが、聞けば、同名の聖堂はロシア国内に沢山あるのだそうです。

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こちらは同じく帝政ロシアのシンボルとして1858年に建設されたイサク聖堂。

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さらにこちらはエルミタージュ美術館。

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河から見ると綺麗です。

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街を歩いているとロシア正教会の教会も多く観られますし

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短い夏を大切にするように、花を飾った家が多くあるのも興味深かったです。

花は心を豊かにしますね。

同じように短い夏の季節に、この街を歩いていると、色彩豊かに目に入ってくるのが果物屋さんでした。

街でたくさん見かけました。

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おいしそうです。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑪ ムソルグスキー記念オペラ・バレエ劇場の「眠れる森の美女」

この日もロシアのナノカーボン(フラーレン)学会に顔を出した後、夜はムソルグスキー記念オペラ・バレエ劇場に向かいました。

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このホールは1833年に建てられた旧ミハイロフ・オペラ劇場。

ロシア芸術広場に面した場所にあります。

芸術広場の中央にあるアレクサンドル・プーシキンの記念像が見えますよね。

この広場の後ろに見える建物が2年前に訪れたロシア美術館。

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この広場の右手には、いつか訪れたいと思っているショスタコーヴィチ記念フィルハーモニー・大ホールがあります。このホールはチャイコフスキー交響曲第六番「悲愴」の初演がなされたホールとして知られています。

このホールを主に活動するサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団(旧レニングラード・フィル)は、エフゲニー・ムラヴィンスキーが指揮していた時代には、世界有数の実力を誇るオーケストラと名前が知られていました。

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そして、今回訪れたムソルグスキー記念オペラ・バレエ劇場が左手にあります。

この日の題目はチャイコフスキーの「眠れる森の美女」でした。164

「Спящата красавица」

つまり、「The sleeping Beauty」

ロシア語ですが、何とか演題は解読(というか想像?)できます。

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ムソルグスキー記念オペラ・バレエ劇場は、サンクトぺテルブルグではマリインスキー劇場と並ぶ由緒ある劇場です。

「眠れる森の美女」はちょうど二年前はマリインスキ―劇場でも観たのですが、何度でもチャンスがあれば観たい演目の1つです。

この劇場は、

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天井画も

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シャンデリアもこの通り、美しく見惚れてしまいました。

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訪れていない劇場がヨーロッパにはまだまだ多くあり、新しい劇場には毎回新鮮な感動があります。

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最近よく思うのですが、ヨーロッパの著名なシアターは、想像よりもはるかに小さいんですよね。

「日本でクラシックバレエを観たのだけれど、退屈で眠ってしまった。」

なんてご意見を聞きますが、(何を隠そう、実は僕もそうでした)日本のホールはそもそも観劇用にできていないので、ものすごく遠くで豆粒のようにダンサーが踊っているのが見えるだけですものね(苦笑)。

クラシック音楽や西洋絵画を観るのは昔から好きだったのですが、文学、絵画、舞踊、音楽と、4つの西洋芸術が結実した、世界最高級の芸術と言われるバレエやオペラを観るようになったのは、海外の小さな劇場で観てからです。

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このように客席から近い劇場で、バレリーナやオペラ歌手の息遣いがわかるぐらい近くで本物のオペラやバレエを観たら、誰でも眠っている暇はなく、心が動くと思いますよ。

「眠れる森の美女」は、魔女に呪いをかけられて100年の眠りについたオーロラ姫が、デジレ王子のキスで目覚める有名なストーリーを軸にして、チャイコフスキーが美しい旋律を作曲しました。

そして、この作品を世界的に知らしめたのは、ロシア帝室バレエのバレエマスターであったマリウス・プティパの振付けと演出。

どのシーンも素晴らしいと思うのですが特に僕が好きなシーンは、第三幕。

オーロラ姫がデジレ王子と結婚式を挙げる際に、招待されたおとぎ話から出てきたお客が順番にダンスを披露するところです。

金、銀、ダイヤモンド、サファイアの4人の精のパ・ド・カトル

2匹の猫のダンス

青い鳥とフロリナ王女のパ・ド・ドゥ

赤ずきんちゃんとおおかみの踊り

シンデレラ姫とフォルチュネ王子のダンス

などなど、次々にシーンが入れ替わり観ていてとても楽しいのです。

きっと西洋の著名な劇場でこのシーンを任されたダンサーは、それこそ一年中集中して練習に励むのでしょう。

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今回も素晴らしく鍛錬された肉体によってつくられたパフォーマンスには、本当に感動しました。

「眠れる森の美女」は上演時間が3時間余り。

バレエの演目にしては長いので、終わった時には夜の11時近くになっていました。

しかしながら劇場を出てみると、この通り

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白夜の季節であたりは明るいのです。

劇場に入った7時ごろとあまり明るさが変わりませんね。

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特にこの日は曇り空だったので、入った時と印象は変わらず。

毎度のことながら不思議な感じがしましたね。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑩ 2度目のエルミタージュ美術館

おはようございます。今日7月23日土曜日はクリニックFの診療日です。

先週の土曜日はお休みをいただいていたこともあって、予約が溢れてしまい、機器の調整もあるため、診療開始時間を早めて今日は診療しています。

さて、今月出張したロシアブログ。もう少し書いてしまいますね。

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サンクトペテルブルグで最も行きたかった場所は、やはりエルミタージュ美術館です。

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サンクトペテルブルグ唯一の宮殿を、美術館として開放したエルミタージュ美術館。すべての展示室を歩くと約20kmもの距離があるといわれています。

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ちょうど二年前にこの美術館に行ったのですが、あまりに展示が多くて、そのときはすべてを観る時間がありませんでした。

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今回もエルミタージュに行くことができるとわかった前日に、インターネットで翌朝の予約を入れました。

この券があると、入場の長い列に並ばなくてよいのです。

予定がわかっていて日本で予約をとることができる方ならいいのですが、2011年現在、この予約提示はiphoneで画像を見せるだけではなくて、プリントアウトによる提示が必要なようです。

あちらで予約される方は、ホテルでプリントアウトしておくなど、事前に印刷されたほうがいいですよ。

翌朝行ってみると案の定、切符を買うための長い列が…。

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皆、平均すると2時間ぐらいは待っているのではないでしょうか?

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美術館に入ったのちも、窓から見ると、こんなに長い列が続いています。これらの長い列に並ばなくてよい、というのは大幅な時間の節約になりますので、事前のネット予約は本当にお勧めです。

前回観た部屋はさっと飛ばしながら、目的の部屋に向かいます。

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このエルミタージュ美術館には、ダヴィンチの真作が2展あります。

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もちろん、この写真のように、美術館でも最も込み合っている部屋となります。

一つがこの「リッタの聖母」

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もう一つがこちら「ベヌアの聖母」

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です。

ルーブル美術館に所蔵されている「モナリザ」や「岩窟の聖母」、ミラノの「最後の晩餐」などをはじめとして、全世界に十数展しか現存しないと言われているダヴィンチの真作。

現存しているダヴィンチ絵には多くの指紋が残っており、その200余りの指紋はローマ警察に保存されているそうです。

彼の新しい絵が見つかったとされる際には、この指紋が照合されるのです。

面白いですよね。

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他にもマティスや

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モネなどの絵が飾ってありましたが、

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今回印象深かったのは、エルグレコの「使徒ペトロとパウロ」でしょうか。

天国の門の鍵を預けられたので、鍵を持った絵で描かれることが多いペテロ(左)と、キリスト教の教義を作り上げ、書物(聖書)を持った絵で描かれることが多いパウロ(右)。

この絵もその通りに描かれていました。

エルミタージュが素晴らしいのは、その周りが公園のように整備されていること。

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皆、短い夏の日を思い思いに楽しみながら、くつろいでいます。

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ローラーブレードをやる女の子もいれば

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馬車も走る。

この馬車を反対方向から写真にとるとこうなります。

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エルミタージュ美術館は、旧参謀本部があった馬蹄形のクリーム色の建物と向かい合っているのです。

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このエルミタージュ美術館の前の広場は宮殿広場と呼ばれていて、中央にあるのがアレクサンドルの円柱。

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風があったので、僕の髪が舞い上がっていますね。

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サンクトぺテルブルグは、観光地の近くに地下鉄の駅がなく、歩くとかなり距離があるのですが、セグウェイツアーを発見しました。

これは便利そうでした。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑨ ロシアでも村上春樹

さて、僕は今東京に戻り、四谷のクリニックFで診療を再開しましたが、このブログでは今月訪れたロシアとシンガポールのブログの続きを終わらせてしまいますね。

まずは、ロシア出張記の続きから。

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サンクトペテルブルグの街を歩いていると、見覚えのある本の表紙が見えます。

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村上春樹著「IQ84」です。

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こうして見つけると、嬉しくなりますね。

村上春樹の著作は高校生の時から読んでいます。

イスラエル文学賞を取った時に、熱いブログも書きました。

村上春樹の、特に翻訳の文章を読んでいると、日本語ってこれだけ表現の自由度が広いのだなあと感心するときがあります。

「グレートギャッツビー」や、「大きな木」は翻訳が違うだけで、まったく違う印象を受けました。

「IQ84」が、どのようなロシア語に訳されているのか、とても興味があるところですね。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑧ サンクトペテルブルグの観光地といえば?

やっはり1881年に皇帝アレクサンドル2世が暗殺された上に建った、この血の上の救世主教会でしょうか?

インパクトありますよね。

2年前に来たときは中も見学したのですが、今回は時間がなく断念。

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ホテルが近かったのもあり、毎日近くを通り見ていましたが、本当に奇怪な建物です。

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ですが、見れば見るほど、装飾が緻密な計算のもとにつくられているのに気づくのです。

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細かい装飾が素晴らしいですよね。

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玉ねぎもそれぞれ形と色が違って不思議です。

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滞在中の一番晴れた日に、セルフタイマーで写真を撮りました。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑦ フラーレン、ナノカーボン学会へ

この日はあまり天気が良くなかったのですが、学会会場に向かいます。

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メトロのチケットを10枚買おうとすると、こんなコインを渡されました。

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このコインを自動販売機のように改札に入れる仕組みなのです。

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サンクトペテルブルグの地下鉄路線図。

2年前に比べて紫色の新しい路線が一本増えました。都市の景観もどんどん変化していますね。

駅名がロシア語で読めないので、とりあえず7つ目の駅で降りればよいことを確認。

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地図を頼りに歩いてゆくと、大学の中が会場のようです。

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学会のマークを確認し、とりあえず中に入ります。

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大学施設に入るために自動改札機がありました。

学会に来たことを説明して入れてもらいます。

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会場。登録を済ませます。

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学会誌に名前を確認。Fujimoto T.の文字が見えますか?

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発表演題名は、

「Efficacy of fullerene capsule with amphipathic antioxidants vitamin」

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です。

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参加者は100人弱といったところでしょうか。

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いくつかの講演を聞きました。

国際学会という触れ込みでしたが、ほとんどの出席者がロシアの人の様で、一部ロシア語なので理解不能なものもありました(苦笑)。

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ともあれ、演題登録も学会の場所も確認し、一安心です。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会⑥ モスクワよりサンクトペテルブルグへ

さて、再びロシア出張記です。

明けた朝。

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再びエアポート特急に乗って、モスクワ空港に向かいます。

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ビジネスアワーなので人がいっぱいですね。

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空港でサンクトペテルブルグ行きの飛行機に乗り込みます。

モスクワ・サンクト間は現在特急電車も通っていて約4時間なのだそうですが、飛行時間は1時間10分程度。

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あっという間にサンクトペテルブルグにつきました。

見覚えがある空港が出迎えてくれます。

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ここからは学会の手配してくれたタクシーに乗ります。

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今回も2年前の前回も、ロシアの出張をした際には、ロシアビザの発行にロシアのフラーレン学会の招待状が必要でした。

Invitation

学会に発表すると決まった際に、必要な情報を送り、このようなインビテーションを発行してもらい、これでロシアのビザを取るのです。

ロシアで航空機ディレイのためにビザの期限が数時間切れただけなのに、そのまま収監されてしまった人の話などを聞きましたので、海外でも、このビザの話だけは慎重になりますよ(苦笑)。

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車で街まで移動しますが、共産党時代に建てられたであろう巨大な建物を観ながら移動します。

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30分ぐらいでホテルに着きました。

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この部屋で4日間を過ごすことになります。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会③ モスクワから帰国しました

本日、無事モクスワから無事帰国し、クリニックFで診療を再開しました。

モスクワ空港がサンダーストームで、まさかの3時間ディレイ。

雷とともに、1cm大の氷の粒がバラバラと降ってきたときには、今日は帰れないのではと思いましたよ。

飛行機の中で待たされましたが、なにはともあれ飛ぶことができてよかったです。

空の上で診療開始時間を迎えて、まったく連絡する手段もなく、困ったなあと思っていたのですが、連絡のつかない僕の指示なく、飛行機のランディング時間をインターネットで確認し、患者さんの時間変更手配をしてくれたスタッフの成長には、助けられたなあと思いましたよ。

朝のご予約の患者さんには、何名かご予約のご変更をお願いし、ご迷惑をおかけしてしまいました。大変申し訳ありませんでした。

それでは今日からまた、よろしくお願いいたします。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会② モスクワのホテルにて

おはようございます。

ブログ上では6月に出張したイタリア・フィレンツェのブログが続いていますが、僕は今ロシア・モスクワのホテルにいて、今回の出張のまとめをしています。

モスクワと日本の時差はサマータイム期間中なので5時間。現在の気温は23度。

サンクトペテルブルクのフラーレン(ナノ炭素構造)学会では、化粧品の原材料であるビタミンCとビタミンEの複合体(APT)に、フラーレンを添加したAPTF-capsuleについて、世界最初の発表をしてきました。

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今後、ビタミンEとCを組み合わせたこの強力な抗酸化物質は、多くの化粧品メーカーに採用されてゆくでしょう。

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フラーレンの抗酸化作用をレーザー治療における副作用を抑制する事で役立てる僕の研究は、2010年の米国皮膚科学会学会誌(JAAD)に掲載されていますが、今回も一緒に発表にいった研究者仲間と、次の実験系についてディスカッションする時間も多くあり、とても有意義な旅となりました。

特に今回のロシア出張は、毎晩の様に劇場に足を運び、チャイコフスキーの三大バレエを全て見る事が出来ました。文化的な刺激は脳を活性化するのでしょうか? たくさんのアイディアが泉の様に湧き上がってきました。

フライトは今晩なので、少ししたらモスクワの街を歩いてみようと思います。

日本時間の明日土曜日の朝帰りますので、明日は空港から四谷に直行し、そのままクリニックFで外来をする予定です。

一週間ご迷惑をおかけしましたが、世界最新の知識と技術を、またこれからもクリニックFで提供できる様に頑張ってゆきたいと思います。


2011年7月ロシア出張・フラーレン国際学会① サンクトペテルブルグに着きました

昨日はエアロフロート航空を使って10時間でモスクワに到着。日本との時差は5時間ですから、ヨーロッパやアメリカよりも時差の調整は楽かもしれません。

多少のディレイがあったので、空港からトランクを持ったまま、ボリショイ劇場に直行しました。

モダンバレエのチケットを取っていたのです。

開演後、30分遅れでの到着。交渉の末入れてもらえることに。

ボリショイ劇場は長いこと修繕作業をして新館での公演を続けていましたが、いよいよ今年の秋に旧館のリニューアルが終わるそうですよ。

また帰国したら書きますが、ロシアのモダンバレエは前衛化していますね。ちょっと驚いた演出もありました。

今日はモスクワからサンクトに移動。

2年ぶりにサンクトの街を歩いています。気温は16度。半袖ですと肌寒いです。

無事にネットが繋がりましたので少し安心です。

明日は朝からフラーレン国際学会会場に向かいます。

またこのブログでご報告してゆきますね。


モスクワとサンクトペテルブルクにいってきます

現在、先週訪れたイタリアのブログが続いていますが、僕はサンクトペテルブルクで開催されるフラーレン学会の発表のため、ロシアに向かいます。

あちらの通信事情がわかりませんので、昨晩徹夜でイタリアブログを書きました。

少しづつ公開される様になっていますので、トスカーナの景色をお楽しみくださいね。

成田空港は曇り空ですが、あちらではバレエのチケットを取っているので楽しみにしています。

9日土曜日の朝に帰国予定です。

その間、クリニックで電話予約は出来ますので、ご連絡くださいね。


ロシアから成田トランジットへ

さて、様々な体験をすることのできたロシア、サンクトペテルブルグともいよいよお別れです。

046帰りの飛行機はモスクワまでがこのS7という航空会社の機体。

048行きにも書きましたが、7月のロシアを上空から見ると、草原の国ですね。

049

モスクワ空港の風景です。

051_3モスクワからはJALを使って成田に向かいました。

長くなりましたがロシア、サンクトペテルブルグで行われたフラーレン学会の出張記はこれで終わりになります。


歴代ロシア皇帝の永眠の地

7月のロシア出張記は、まだ続きます。

さて、この写真の地は、ペトロパヴロフスク要塞です。

要塞の城郭が、写真でわかりますか?

142_3サンクトペテルブルグの歴史は、この要塞の建設が始まった1703年に始まりました。

145_2エルミタージュ美術館やイサク聖堂の対岸にあたる場所。ネヴァ川をはさんでエルミタージュ美術館がきれいに見えます。

132この要塞の中央にあるのがペトロパヴロフスク聖堂。

鐘楼の高さも122mあり、サンクトペテルブルグの遠くからも目視できるこの聖堂に、ピョートル大帝以降の歴代皇帝が埋葬されているのです。

133観光客でいっぱいですね。

138シンプルな外観と違って、内装は073素晴らしく荘厳です。

実は昨日訪れたエカテリーナ宮殿から北に少し歩いた場所に、ロマノフ王朝最後の皇帝・ニコライ2世の家族が住んだアレクサンドル宮殿という、小さくひっそり佇んでいるような宮殿がありました。

現在外装の修復もされておらず、一部のみの公開でしたので、あまり写真も撮らなかったのです。

でも、この古びた宮殿は歴史的にはとても大きな意義を持っていました。

ニコライ2世とその家族が、その宮殿で1905年以降、引きこもった生活をおくっていました。日露戦争での敗戦が、ロシア皇室の権威を失墜させたのです。さらに1917年のロシア革命で家族はシベリアに連行され、ロマノフ王朝の血脈を絶つために、子供を含め全員が処刑されました。

アレクサンドル宮殿には、所持品や家族写真のパネルの展示があって、僕はとても心が痛くなるような気持ちを味わったのですが、実は、ニコライ2世とその家族は、1998年になってようやく、この歴代皇帝が眠るペトロパヴロフスク聖堂内に埋葬されることを許されたのだそうです。

134 19世紀、20世紀に起こった政治的革命は、皇室を全員処刑して、血脈を絶つという形で決着をつけた場合が多いですよね。

この場所を歩いていて、ほぼ同じ時代に、大政奉還という形で、政治を天皇に奉還し、公には無血革命を行った徳川幕府と明治時代のブレインたちの方法が、いかに斬新で、優れていたかをふと思い出し、僕は日本に生まれたことをとても誇りに思いましたよ。

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ロシア学会でのフラーレン最新の研究

ロシアの056フラーレンの学会の演題の話に戻りますね。

今回の学会は医学的な演題とともに、化学的な演題が多かったので、趣が違いました。

サッカーボール状のフラーレンを、化学的にどう成長させるか、その技術の発表があったり、

057最新のナノチューブの話があったり、

082そしてこのフラーレンの毒性についての発表。

このちょっとミゼラブルな映像になりそうな、ラットの切断面が、良く見るとキウイなのですよ。

観た目も大きさも似ていますし、ウィットに富んでいますよね。

054そのほか、フラーレンの工学的な使用用途などにも演題は触れられました。

炭とダイヤモンドに次ぐ第三の純炭素物質であるフラーレン。

僕たちはその高い抗酸化能力を使用して化粧品を作っているわけですが、さまざまな用途に対する研究がなされていて、非常に興味深く聞くことができました。

   


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新国際学会周遊記

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