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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

■英国〜イタリア出張2011秋⑳ ああ、ローマよ

今日12月7日(水)もクリニックFの診療日です。

明日からのNY出張に向けて準備もありますが、頑張ってやって行こうと思います。

本日午後でしたら数枠ですが、予約の枠も開いているようですので、お急ぎの方はクリニックF 03-3221-6461までお電話くださいね。

さて、僕のブログは、先週帰国した英国〜イタリアブログの最終話です。

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シチリア島から、トランジットのためローマに到着しました。

ロンドン・ヒースロー行きの便が出るまで4時間。

大好きなローマの街で、しかも気持ちのよい晴天です。空港の中で4時間ただ待っているなんてとても出来そうにありません。

とはいえ、電車やバスでの往復は時間的にも荷物を考えても難しく、一瞬悩みましたが空港でタクシーの運転手さんと交渉し、空港〜ローマ市内〜空港までの、2時間半ツアーを組んでもらうことにしました。

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空港から高速を通り、この城壁からローマの街に入ります。

たぶんローマを訪れた人は誰しも良い経験と苦い経験どちらもあるように思いますが、とはいえこの城壁から街に入るこの瞬間

「ああ、やはりローマは、ローマ以外のどの場所も代わりになることはできない」

と思うんですよね。

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マルケルス劇場の横を通り、

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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂の横で記念写真。

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そのままトレビの泉に移動します。

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スペイン広場を通過して、

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平和の祭壇アラ・パチスの横をティヴェレ河を北上するルート。

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この辺りは河沿いに建つ建物が綺麗なんですよね。

リベルタ広場のところでティヴェレ河を渡ると、ローマ水道の遺跡を超えて、オペラ「トスカ」の舞台となった、サンタンジェロ城の後ろに出ます。

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サンタンジェロの城の角を右折するとヴァティカンのサンピエトロ大聖堂が見えるのです。

豪華なルートですね。

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話しているうちに仲良くなった運転手さんと、ヴァチカンに着いたところで一緒に写真を撮りました。

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ローマの街は何度も歩いていますが、地下鉄が発達していないので、徒歩だと名所を観るだけでも数日かかります。

タクシーで回ると、こんなに近いんですね。

遺跡の位置関係がよくわかりました。

その後、車はジャニコロの丘を登り、ガリバルディ広場へ。

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ここはローマの街が見下ろせる、絶景ポイントなのです。

ちょうどクラシックカーの展示をしていました。

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かなりの名車もそろっています。

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馬に乗った婦人警官さんも巡回していました。

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僕はローマを一望できる場所としては、サンタンジェロ城の屋上が好きなのですが、

ガリバルディ広場からの景色も、やっぱり素晴らしい。

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ローマの街を一望です。

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この後、空港に向かう途中。

「Goodbye Roma」という、最後にローマの街が見えて、名残を惜しむポイントがあるんだよと、住宅街の中のその場所に連れて行ってもらいました。

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小高い丘の上。

サンピエトロ大聖堂が見えますね。

「Goodbye Roma また次に来る時まで!」

そんな言葉をつぶやいて、タクシーに乗りました。

これだけ回ったのに関わらず、ローマの観光時間約1時間。

トランジット中に、そんな楽しみ方ができるのですね。

そして、ちょうど1週間前に回ったローマの、こんな映像を見つけてしまいました。

実際に1週間前にみたローマの映像が、浮かび上がってきましたよ。

しびれます(笑)。

よろしかったら音量を上げて大画面でご覧ください。

ちょうど出国の2時間前にローマの空港に着いたのですが、実際には大幅ディレイ。

危うくヒースローで乗り継ぎに失敗しそうになり、ヒースローのターミナルをダッシュするはめになったのは、こちらのブログでお伝えしましたよね。

実り多き、秋の英国〜イタリア出張でした。

これで僕の新国際学会周遊記の今秋の英国〜イタリア出張のブログを終わりますね。

明日からはNYです。


■英国〜イタリア出張2011秋⑥ アリタリアのディレイ、霧のロンドン

旅をしている最中は、勘が冴えるのでしょうか。

期待を裏切らないアリタリア航空。シチリアからローマには定刻通り飛びましたが、ローマでまさかの2時間半ディレイ。

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とにかく東京便に遅れないかドキドキ。

空港にあるお店の看板がむなしく見えます。

その後到着したロンドン・ヒースロー上空では、霧のためなかなか着陸できず、4時間のトランジット時間を用意していたにも関わらず、ディレイと相まってロンドン着陸は出国45分前。

しかも帰国便は、こんなときに限ってANAです。

つまり、航空会社のアライアンスが違うので、スルーチェックインをしていませんし、ターミナルも違います。

30分以内にいったんロンドンで出国してラゲッジをとり、広いヒースロー空港のターミナルを移動して再チェックインしなければ・・・!

毎月のように海外出張に出ている僕ですが、さすがにこんな状況は初めて。過去の記憶にもありません。

搭乗時間ギリギリで、ターミナル4から3に猛ダッシュするも、コネクションにラゲッジは間に合わずラゲッジロスト・・・と、そんなこんな色々ありましたが

なんとか無事東京に戻ってきました。

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綺麗な夕焼けも見えましたし、まあこれはこれで旅ですよね。

ヒースローで聞く所によると、とはいえこの日のアリタリアはまだ良い方で、BAの5時間ディレイにより、ANA便に乗れなかった人が数時間前に何人も出たのだとか。

運の良い方だったかもしれません。

ローマでのトランジットでは、久しぶりに快晴のローマで束の間の散策も楽しめましたしね。

仕事の方もすべて首尾よく終わり、アクシデントはありましたが、良い出張となりました。

不在中ご迷惑をおかけしましたが、明日11月22日(火)から診療再開です。

そして、今週クリニックFでは、こちらのイベントに参加しています。

期間中診療にお越し下さった方には特典がありますので、ぜひいらしてくださいね。予約の方は少々混み合っていますが、まだ入って頂けるところもありますので、ご連絡下さい。

では、明日以降また出張記を仕上げて行きたいと思います。


ファーストクラスでローマから帰国 

921約1日半の間、ローマの散策を楽しんだのち

922ローマのテルミニ駅から空港に向かう電車に乗ります。

924帰国はJALでした。

今回の出張期間はヨーロッパ便がとても混んでいて、エアチケットを手に入れるのにとても苦労しました。

なんとか直前に手に入れたチケットは、ディスカウント・エコノミー。

「だんだんエコノミークラスだとツライ身体(歳)になってきたなぁ・・・」

と思っていたところ、驚きのハプニングが。

なぜなのか理由はよくわかりませんが、なんとファーストクラスにアップグレードされたのです。

今年は合計15回も海外出張をしましたが、こんな二段飛ばしのアップグレードはもちろん初めて。

驚きの嬉しいご褒美でした。

思い返せば今年もワンワールド、スターアライアンス、スカイチームそして、その他も、世界のエアラインに沢山乗りました(笑)。

923 空がきれいでしたよ。

925  今回のお土産はスカラ座で観たジぜルのパンフレット

926 そしてローマの駅で買った、ボッティチェリ画集とローマの写真集でした。

これで2009年11月に行われたレーザー・フローレンス2009の口演発表の、新国際学会周遊記での報告を終わります。

今年も本当に多くの国に行きました。

次の国際学会は来月、新年早々から開催されるパリ IMCAS 2010(International Master Course on Aging Skin)での発表です。

日本人の講演者は僕を含めて二人だけのようですが、毎年パリで行われるこの学会も12回目になりました。

また学会情報をお伝えしますね。


ローマの鳩

フォロロマーノからカンピドーリオ広場に向かいます。

888この広場は、ミケランジェロが設計したもの。

美しい広場です。

8801_2横には世界最古の美術館 カピトリーニ美術館があります。

時間の関係で内覧はできませんでしたので、残念ながらパス。

882_2僕は左の丘の上にあるサンタ・マリア・イン・アラチェリ教会に向かいました。

8837世紀から建っていたというとても古い教会。質素な扉を開けてみると…。

885白亜の大理石を中心した、こんなに素晴らしい内装。

884この教会の、主祭壇の左奥には、「病を治す」奇跡を起こすといわれている「聖なる幼な子」の像が飾られています。

お祈りしている方が沢山いましたのでちょっと写真は憚られましたが、特別な力を持った像だと思いましたよ。

Cimg0561この教会を出ると、ちょうどヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂の裏手に出ます。階段には一羽の白いハトがとまっていました。

Cimg0565綺麗ですね。

昨日ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂で見た白いハトのステンドグラスを思い出しましたよ。

886さて、この帰国日に僕が予定していた最後の観光地に向かいます。


フォロ・ロマーノ

842 コロッセオからヴェネツィア広場に向かう一帯が、「フォロ・ロマーノ」と呼ばれる地帯。

ここはローマ時代の市民の生活の場所でした。

840 ここにも20年前に来たことがありますが、印象は変わりませんね。

836 2000年前の建物とは思えません。

8442 こちらは「聖なる道」と言われた宗教的な行列や凱旋の行進が通ったといわれている道。

860ローマ時代に高級住宅街だったパラティーノの丘に丘に登ると、ローマを見渡せる展望が見えます。

861昨日サンタンジェロ城から観たローマとはまた違いますね。

僕はローマの展望というとこういったイメージがあったので、サンタンジェロ城から見た光景にはちょっと驚きました。

859写真を撮っている人もたくさんいましたよ。878

さて、僕はミケランジェロが構想したカンピドーリオ広場方面の出口に出ます。

こちらからの景色もよかったです。


剣闘士とコロッセオ

再びイタリア出張記です。

826コロッセオを訪れました。

コロッセオ下に赤いマントをつけた人が見えます。

左下なのですが、わかりますか?

Cimg0542_2拡大するともう少しわかりやすいかもしれません。

Cimg0543なんと、グラディエーター(剣闘士)でした。

観光客がたくさん写真を撮っていましたよ。

796_2コロッセオの中に入るのは、20年ぶりなのです。

800英語のガイドツアーについてみました。

817 今考えても、壮大な施設ですよね。

816ツアーに参加していたオランダ人と話が弾みました。

写真も撮ってくれましたよ。

 


大聖堂と「聖なる階段」

イタリア出張記にしばし戻ります。

ローマ滞在最終日。フライトの時間までまだわずかに時間が残っています。

もう少し観光をすることにしました。

773朝一番で向かったのは、サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ大聖堂。

775この大聖堂は、ローマに数多くある教会の中でもランク付で最高位にあるものです。

776313年のミルティアデス教皇の時代から、1309年のローマ教皇のアヴィニョン捕囚まで、このラテラーノ大聖堂と

783横のラテラーノ宮殿に教皇が住んでいたのです。

つまり教皇庁だった場所です。

ちなみに1377年にアヴィニョンからローマに帰った教皇が移動した先が、サン・ピエトロ大聖堂。

1929年にムッソリーニ政権下のイタリア王国と締結したラテラノ条約も、このラテラノ宮殿で結ばれたのですよね。

このラテラノ条約のために、ヴァチカン一帯が「ヴァチカン市国」が政治的独立を認められたのです。

ちなみにヴァチカン市国外のいくつかの区域もヴァチカンの主権が認められていますが、この大聖堂も飛び地の扱いで、ヴァチカンの主権下にあります。

777中央には法王の専用祭壇があります。

さすがに豪華ですね。

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宮殿斜め前の礼拝堂には、「Santa Scala」と呼ばれる28段の階段があります。

784この階段は、「聖なる階段」と呼ばれていて、キリストが十字架にかけられる前にかけられ66度の裁判の際に使ったとされるもの。イスラエルのエルサレムから運ばれたのだそうです。

多くの敬虔なクリスチャンが膝をついて祈りながらこの階段を登っていました。

イスラエルは、フォトフェイシャルで有名なルミナス社や、オーロラ、ギャラクシー、リファーム、トリニティと魅力的な機器を発売してきたシネロン社の本社がありレーザー光機器と関連が深い国です。

国民の中で、博士号の学位を持つ者の比率が最も高い国といわれており、日本に似た完全な技術立国。信頼感がありますよね。

この聖なる階段を見ていて、昨年行った国際学会周遊記イスラエル編にも書きましたが、イエスの最後の地、ゴルゴダの丘の風景を思い出しましたよ。


サンタンジェロ城とパンデミック

パンテオンから、4つの噴水があるナヴォーナ広場を抜けて、僕はサンタンジェロ城を目指しました。737_2

テヴェレ川を渡るときに、とてもきれいなサンタンジェロ橋があるのですよね。

このあたりの景色はフォトジェニックで、大きなカメラを抱えた人がたくさんいます。

735確かに素人の僕でも写真を撮りたくなるようなアングルがたくさんあって、にわかフォトグラファー気分でシャッターを何度も切ってしまいました(笑)。

サンタンジェロ城は、イタリア語で書くとピンと来るのですが

「Castel Sant’Angelo」

つまり、“聖天使城”というわけです。

Cimg0514城の名前の由来は、590年のフランスを中心としたペスト大流行の際、この城の上に大天使ミカエルが現れ、剣をさやに納めるしぐさをすると、間もなく流行が治まった・・・という伝説によるのだそうです。

城のてっぺんには剣をさやに納めるミカエルのこの像があります。

今世紀に至るまで、ペストの大きなパンデミック(伝染病の世界流行)は三回起こっているといわれています。

一度目はこのフランスを中心としたファースト・パンデミック。

セカンド・パンデミックは14世紀。中世の黒死病として知られるもの。

サード・パンデミックは1855年に中国を発症としてインドなどにも波及したもの。

ペストは致死率30%以上の恐ろしい病気。都市どころか、国の人口比率を大きく変えてしまい、国の明暗を左右することもありました。

病原菌の同定が可能になったのは、1894年のこと。

当時、伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)の所長であった北里柴三郎が、政府の依頼でペストが蔓延していた香港に飛び、そこで行った研究の功績です。北里柴三郎というとドイツに留学して破傷風菌の発見や血清療法などの功績で、第一回ノーベル賞の人選にも挙がった日本の医学の祖の一人ですね。

研究者として、医師として、そして海外と関連があった人物として、ぼくが尊敬する人の一人です。

ちなみに僕が医学博士号を取った後の、大学病院医師としての最後のキャリアは、北里柴三郎が初代所長を務めていた東京大学医科学研究所の附属病院の大学助手(現在は助教)でした。

実は僕には国家公務員だったキャリアもあるのです(笑)。

白金という高級住宅街の中にある、レンガ建ての歴史を感じさせる建物。秋には紅葉したイチョウ並木の中で、銀杏が沢山とれたんですよ。いい思い出です。


パンテオンへ

トレヴィの泉から、今度はパンテオンを目指しました。

実は何度もローマに来ているのに、パンテオンを見たことがなかったのです。

714紀元前1世紀に完成したものが火事で焼けおちたため、

2世紀に再建したとのことですが、よく見れば見るほど、すぐれた建築物だと思いました。

あのミケランジェロが「天使の設計」と絶賛しただけのことはあります。

Pantheon_floorこれが、パンテオンの図面です。

ごらんのとおり、図面上は ドームとファサードの組み合わせでできているので、後ろから見ると単なるドームに見えますが

716 ほんのちょっと移動して、前から違う角度で見ると、全く違った印象の建物に見えませんか?

723そして教科書に載っているかのようなコリント式の柱頭。

720中に入るとまず目につくのが、丸天井の中央にある直径9mの天窓。

719 ここを訪れたのは、お昼過ぎくらい。

天窓から差し込む太陽の光が、ちょうど中央を照らしていたのです。

パンテオンの動画を見つけましたが、この日も本当に幻想的でした。

Raphaels_tomb

ここにはあのラファエロのお墓もありましたよ。

724大きな柱を通過して外に出ました。

718うーん。素晴らしいものを見せてもらいましたよ。


トレヴィの泉

706晴れた土曜日のローマ。

スペイン広場から歩いてトレヴィの泉にやってきました。

704本当に人が多いのです。

705泉にコインを投げると、願い事が叶うといわれていますが、この通り、皆が後ろ向きで投げています。

一枚投げると「再びローマに来れる」

二枚投げると「好きな人と永遠に一緒にいられる」

三枚投げると「恋人や配偶者と別れられる」

のだそうです。

三枚投げる時のお願いは、離婚を禁止していたカトリックのイタリアの歴史が垣間見れますね。

みたところ、三枚投げている人はいませんでしたね(笑)。

僕は20年前に来た時に一枚投げましたが、そのご利益があってか、この場所には何度か戻ることができています。

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晴天のローマは今回が初めて。こんなお天気だと街歩きも楽しいですよね。

街並みを歩いていると、突然よく見知った景色が出てきます。

世界的な観光地ローマのすごいところですよね。

次はどこに行こうかな??


ローマ コンドッティ通り、カフェ・グレコ

スペイン広場の先にはローマ屈指の高級ショッピングストリート=コンドッティ通りがあります。

697通りの入口に、「Antico Caffe Greco」というカフェがあります。

創業は1760年。ローマ最古のカフェとして知られています。

ゲーテ、アンデルセン、ロッシーニ、リスト、ワーグナー。。。数多くの著名な作家や芸術家に愛され、とりわけドイツ人の芸術家が大勢押し寄せたので、このカフェは「カフェテデスコ(ドイツカフェ)」と呼ばれていたそうです。

698お店に入ってすぐに、おいしそうなスイーツの並ぶショーケース。

コーヒーを中で飲みたかったのですが、残念ながら中は一杯とのこと。

700久しぶりなので、街を見ながら、トレビの泉に行ってみようかと店を出ました。

スペイン広場を背にして歩きだしたのですが、名残惜しくて何度も振り返ってしまいましたよ(笑)。


スペイン広場にベルリンの壁、母の思い出

再びイタリア出張記です。

690 ヴァチカンを訪れた後は、地下鉄に乗ってバルベリーニ広場に向かいます。

6891有名な4匹のイルカに乗ったトリトーネの泉で知られる場所です。

そこからシスティーナ通りを上がっていくと、あのスペイン広場に出るのです。

691スペイン広場の上に見えるトリニタ・デイ・モンティ広場のオベリスクが見えてきましたよ。

693スペイン広場に近づくと、視界がさっと開けるところが好きなんですよね。

695上からスペイン広場を眺めてみると、中腹に何やらモニュメントらしきものが飾ってあります。

階段を下って見上げるとわかりました。

694この通り、ベルリンの壁が移設されているのです。

壁崩壊の20周年期間限定の記念イベントなんでしょうか?

でも、デザインとしては意外としっくりくるものです。

皆さんもそう思いませんか?

696さて、スペイン広場と言えば、、オードリー・ヘップバーンの「ローマの休日」ですよね。

この場所でジェラートを食べるヘップバーンがとても印象的でした。今はもうここで食べることはできなくなってしまったそうですが。

スペイン広場にちなんで、僕は母から思い出話を聞いたことがあります。

カトリック系の学校に通っていた僕の母は、結婚前に3年間ほどスペインとコロンビアの教会でボランティアをしていた時期があったそうです。

1960年代の話です。

ちょうどスペインからコロンビアに移動する途中、サマー・ボランティアで1ヶ月半ほど、このローマのスペイン広場近くに下宿していたことがあるのだと、子供の頃よく聞かされていました。

このボランティアにはヨーロッパ各地から子女が集まり、そうした国際交流もとても楽しかったのだそうです。

ヨーロッパの学生は、遠い場所でも電車やバスを使わず本当によく歩くのよ

と、母は言っていましたっけ。

また、「ローマの休日」公開以後、このスペイン広場が一気に有名になり、ここで映画の撮影が当時行われていたのを何度か目にしたそうです。

後でアテレコをするからでしょうか。俳優さんが毎回「口ぱく」状態で言葉を発せず口だけ動かした状態で演技をしているのが、見ていてとてもおもしろかった、皆で大笑いしながら見ていたのよ、と聞いたことがあります。

歩いていてそんなことを思い出しました。


サン・ピエトロ大聖堂

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晴天のサンピエトロ大聖堂です。

Cimg0513初冬でしたが、とても暖かい日でした。

679 サン・ピエトロ大聖堂はキリスト12使徒の長であった、聖ペトロの墓所があった場所に建てられたといわれています。

マタイ福音書には、聖ペトロがイエスから天国への鍵を渡されたことが記されています。

西洋の絵画で鍵を持った人が描かれていれば、聖ペトロの物語を描いていると判断できるのです。

ですからこの彫刻の示す人物は聖ペトロですよね。

反対に、鍵と対に剣をもった人が描かれていることがありますが、それは聖パウロという聖人です。

686この日のサン・ピエトロ大 聖堂の目の前の広場は、来るクリスマスのイベントの準備のため、ものすごい多くの椅子が並べてありました。

660あまり見ない光景でした。

681こんな写真も撮りました。

678毎回来て思いますが、ファサードだけでも、すばらしいですね。

大きな柱の下に、米粒みたいに見えるのが人です。

50階建てのビルが入る高さなのだそうです。

6581ヴァチカンを守っているスイスの傭兵さんです。

コスチュームもよく変わるらしく、写真を撮る列が並んでいました。

中にも久しぶりに入りました。

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中央に光が差し込んでいる茶色のステンドグラスがわかりますか?

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この写真だと、半分柱に隠れてしまっていますが。

Cimg0492ここには、精霊の象徴である鳩が、光の中に描かれています。

Cimg0488建物内外の小さな彫刻も、注目してみると、どれも素晴らしく、さすが世界最大の大聖堂です。

667 こちらの彫刻も見事です。

666入口右側には、ミケランジェロのピエタもありましたよ。

前の時には直接観れた記憶があるのですが 、残念ながら今回はガラスの奥に入っています。

ピエタについては詳しいことは、次のブログでふれますね。

      


ヴァチカン市国 システィーナ礼拝堂

626 翌日、朝からヴァチカンに向かいます。

この日のローマは、朝から霧。

サンタンジェロ城も霧の中。

20年以上もローマに住んでいるというホテルの人が、

霧がかかることは本当に珍しいけれど、そんな日はたいてい快晴になるよ

・・・と言っていましたが、確かに30分もしないうちにこんな空に変わりました。

634僕はこれまで何度かローマに来ていますが、快晴だったことは一度もないのです。

貴重な体験ですね。

627 この日はシスティーナ礼拝堂を見ようと、早朝に、まずヴァチカン博物館の入口にやってきたのです。団体入口と個人入口がありますが、個人の客はなかなか入れない仕組みになっています。

僕は、英語のツアーに参加することにしました。

650 このヴァチカン博物館ですが、ご存知の通り、歴代法王のコレクションがある世界有数の美術館です。

僕は20年前にローマに来た時に見学した覚えがあります。

博物館にはこの地図の間や、

6381 「ラオコーン」

ラファエロの「アテナイの学堂」など、

数多くの美術品がたくさん並んでいます。

631 システィーナ礼拝堂の天井にフレスコ画そして、ミケランジェロの「最後の審判」の絵についての説明を、部屋に入る前に30分にわたり聞きました。

6291写真は禁止されていたので、これは複写ですが、絵画史上の大傑作といわれるだけありますよね。

次に来られるのはいつのことだろう。

いつまでも眺めていました。


ローマで選んだ宿

ローマで宿泊するホテル。

どこにしようか、あれこれと見て、ローマ クイリナーレ ホテルというホテルにしました。

決して高級なホテルではありません。

でも、音楽好きな人に言えば

「なるほど、そこを選んだのか!」

と、わかるかもしれませんね。

760 共和国広場のナイアディの噴水(三越ローマ支店があるところです)から、

916ヴィットリオエマヌエーレ2世の像があるヴェネチア広場に抜ける道の途中にあるのです。

このホテルの場所は、ローマ オペラ座のほぼ裏にあたります。

ローマに行かれた方はご存知かと思いますが、ローマ市内は地下鉄が二路線しか通っていません。

おそらく、地下鉄を掘ると、古代遺跡にぶつかってしまい、工事の予定が立たないのでしょうね。しかも、ローマの治安は必ずしも安全ではありません。

このホテルに泊まるとオペラで夜が遅くなっても、歩いて帰れるのは魅力的ですし、そしてなによりも、あの20世紀最高のソプラノ歌手とも言われるマリア・カラスが定宿にしていたことで有名なホテルなのです。

ホテルとしての評判は正直言って今ひとつのようですが、オペラ好きな僕としては、一度行ってみたかった。

マリア・カラスの絶頂期は10年ほどといわれ、他のソプラノ歌手よりも短いのです。というのも、マリア・カラスはこのローマのオペラ座である事件を起こし、それをきっかけに絶頂期は終わりを向かえ急速に没落していったと言われているからです。

きっとその事件を起こしたときにも、このホテルに宿泊していたのでしょう。

どんな気持ちでその夜を過ごしたのか。

620ホテルの入口に華やかさはありません。写真を撮るのも控えてしまうほど。

中に一歩入るとこんな感じ。

621 待合のロビーでは無線LANが使える様子。イタリアの旅でようやく安定したネット回線が拾そうです。

619誰もいませんでしたが、こちらが食堂です。

1958年1月2日。

マリア・カラスは、ベッリーニの「ノルマ」に出演すべく、オペラ座に向かいます。

題名にもなっているノルマを演じたカラスは、第一幕終了後、発声の不調を訴え、突如出演を放棄してしまうのです。

場内は怒号の渦巻く大騒動となり、オペラ史上でも後世に残る事件となってしまいます。

そのときの映像をYou Tubeで見つけ、これを見てから今回の出張に出発しました。

別バージョンはこちら。

歴史の舞台ともなったオペラ座に、これから急いで向かいます。


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