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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

■インド国際皮膚科学会ISDS出張⑬ タージ・マハルに沈む夕日 黒いタージマハル

おはようございます。

ゴールデンウィークの前半はいかがお過ごしでしたか? 例年より都心は混んでいるように感じますが・・・僕は特に出掛けることもなく、日頃読めずに溜まっていた本を、8冊一気に片付けました。

中でもカーン大学神経学教授のベルナール•ルシュヴァリエが書いた「モーツァルトの脳」という音楽的知能の脳認知を解説した本は、面白かったですね。

さて、今日5月1日(火)も東京・四谷クリニックFの診療日です。

連休の中日ですが、予約表を確認すると今日・明日共に予約が一杯ではみ出しているような状態。連休前は多少のダウンタイムがある機器も使用できますし、久しぶりに帰国中の方々もいたりしますので、どうしても混みあってしまいます。

ありがたい限りですが、患者さんおひとりおひとりの貴重なお時間ですので、ご迷惑をおかけしないよう、今日も先週末と同様、集中力を切らさずに、頑張ろうと思います。

ブログ「新国際学会周遊記」は、先月訪れたインド タージ・マハルの最終編です。

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僕がタージ・マハルで過ごした時間は日没までの、1時間余り。

限られた時間でしたが、カメラのシャッターを何度も切りました。

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22年の歳月をかけたタージ・マハルが竣工してまもなく、シャー・ジャハーンは、なんとタージ・マハルの接するヤムナー河の対岸に、対となる自分自身の黒大理石の廟を計画し、実際建設に着手します。

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ヤムナー河の対岸に出来るはずだった、黒いタージマハル。

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Googleマップを確認すると、確かに建築跡が見られます。

この写真でも建設跡が確認できますよね。

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当然の帰結として、この国家財政を揺るがす大事業に、民衆の不満が高まりました。

1657年には、シャージャハーンが病床に伏すとともに、長子でありシャージャハーンが後継に指名したダーラー・シコーと、第三子のアウラングゼーブ・アーラムギルの後継者争いが始まります。

弟のアウラングゼーブが皇位を継承し、シャー・ジャハーンはアーグラ城塞に幽閉されてしまうのです。

彼は亡き愛妃の眠るタージ・マハルを眺めながら、1666年に74歳で死去しました。

このタージを作り上げ、ムガル帝国最盛期を築いたシャー・ジャハーンの晩年は不幸だったということでしょうか。

日没までの間、シャッターを切り続けます。

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ゆっくりと西の空に沈んでゆく夕日を観ながら、帝国の行く末に思いを馳せました。


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