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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

■インド国際皮膚科学会ISDS出張⑫ 見事な貴石の数々 麗しき白亜のタージ・マハル

おはようございます。

4月28日(土)。今日もクリニックFの診療日です。

東京は変なお天気が続いていますが、今日は暖かくなりそうですね。ゴールデンウィーク直前で、昨日・本日ともおかげさまでクリニックのほうは満員御礼。少々超過(?)しているようなかんじですが(笑)、気を引き締めて完成度の高い診療を心がけて頑張ってゆこうと思います。

そして、すっきり! とした気持ちでGWを迎えたいですね。

さて、ブログ「新国際学会周遊記」は先週訪れたインドの、タージ・マハルについて。

もうすこし詳しくご紹介していきましょう。

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いよいよタージ・マハルが見えてきました。

想像していたよりもはるかに巨大です。

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祭壇の上にいる人々が「米粒のよう」に確認できます。

タージ・マハル。

ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、14人の子供をもうけた愛妃ムムターズ・マハルが37歳で死去したため、1632年より建設を開始した総大理石の墓廟。

大理石の建材は、インド中から1,000頭以上もの象で運ばれてきたのだそうです。

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シャー・ジャハーンは、日本でいえば、豊臣秀吉や徳川家康と同世代。

当時としては世界最大級の建築物だったのでしょうね。

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シャージャハーンの時代はインド=イスラム文化の最盛期でした。

一方で、文化の爛熟期が、国家の衰退期と重なるのは世の常です。

ムガル帝国はここを頂点に衰退し、最後のスルタンがイギリスにより退位したのが1858年。帝国は消滅しました。

さらに1877年、ヴィクトリア女王の直接統治によるイギリス領インド帝国の成立が宣言されたのはご存じのとおりですよね。再びインドが独立することが出来たのは、第二次世界大戦後の話です。

日本の明治維新も、1868年の話ですから、帝国主義の時代、一歩国の方向性を間違うと国の存続に関わったということですよね。

それにしても、これほどまでに均整がとれた、白亜の美しい建物があるでしょうか?

上から見ると、ちょうど四角形のシンメトリックになっています。

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しばし、疲れを忘れ、見とれてしまいました。

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ちょうど夕日が沈む時間。綺麗に影が差しています。

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ついていた英語ガイドによると、タージマハルには大理石、碧玉、翡翠、トルコ石、ラピスラズリ、サファイア、紅玉髄、などなど、全体で28種類もの宝石・宝玉が嵌め込まれていたのだそうです。

このように、写真で見ると何かで描かれているかのように見える模様も、実際はすべて大理石を削って、貴石がはめ込まれているのです。

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こちらのコーランの文字の黒も、すべて黒い石がはめ込まれているのに驚きます。

未来永劫、このままの形で保存されることを願っていたのでしょうね。

内部中央にはシャージャハーン帝とムムターズ・マハル愛妃の棺(レプリカ)がありましたが、こちらは撮影禁止でした。

本物の正棺は地下にあるのだそうです。

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建物の内部の床も、この通り、綺麗なモザイクで作られていました。

細部まで見事な作りでしたよ。


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