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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

ニース マティス美術館

さて、南仏出張紀に戻りましょう。

193ニースの高台には、「シミエ」という場所があります。

この地はローマ時代の遺跡が残る場所です。194

この場所では、今でも遺跡の発掘が行われているのですが、その高台の地にフランスを代表する画家 マティスの美術館があります。Photo

フォーヴィスムのリーダー的存在であり、ゴッホやゴーギャンの影響を強く受けたとされる、20世紀を代表する芸術家 アンリ・マティス。

こちらは、Andre Derainによるマティスのポートレイトです。http://www.artinthepicture.com/paintings/Andre_Derain/Portrait-of-Henri-Matisse/

シャガール美術館から約2.5km先にあるマティス美術館の周辺は、南仏の代表的な高級住宅街でもあります。

歩いて向かおうと坂を登り始めたのですが、これがけっこうタフな道のりで(笑)、照りつける太陽の下汗まみれになりながら、なんとか辿り着きました。

181途中にはマティスがアトリエを構えたといわれる高級アパルトマンの「レジーナ」がありました。

中は見学できませんでしたが、丘の上の豪華な建物はひときわ目を引きましたよ。

182この丘の上にあるシミエ公園はオリーブの樹に囲まれています。

オリーブの先に、その赤い建物が見えてきました。

184これがマティス美術館です。

185

なんだか、平面的な作りだなあ・・・

と思って近づいてゆくと、御覧の通り、遠くから見たとき「窓」に見えたものは、半分以上が実は窓ではなく、外壁に描かれた「絵」だということがわかりました。

それがわかって、楽しくなってきました。

受付で、このマティス美術館は入場料が無料だと言われました。

それは素晴らしい、でもなぜ・・・?

と聞いてみると、最近就任した市長の計らいで、ニース市内にある市立の美術館は全て無料で公開されているのだそうです。

「でも、さっきのシャガール美術館は入場料をとられたよ。」

と言ったら、

「シャガールは市立美術館じゃなくて、国立なんだよ。」

ということだそうです(笑)。

市長によるとても粋な計らいですよね。

ヨーロッパに来ると、こうした芸術や文化に対する国や市のバックアップに、とても感動することがよくあります。

日本では、少子化対策や子育て支援がなにかと話題になっていますが、大人は無理でもせめて高校生以下の子供には、美術館や博物館、お寺や庭の拝観料などをすべて無料にして開放してあげたらいいのにな、と僕はよく考えます。

すでにそうした試みをされているところもあると思いますが、それでもまだごく一部。もっと増えてもいいですよね。

ブログでも書いていますが、世界的な視野で見ると日本人は本当に勤勉で手先が器用です。子供のころからもしもっと頻繁に芸術や文化に触れる機会があれば、世界的な芸術家や音楽家、職人さんがもっともっと生まれるでしょうし、存続を危ぶまれている日本の伝統工芸が生き残っていく道も見えてくるかもしれません。

また子供時代に学校や家で嫌なことがあっても、こうした場所でひとときを過ごすことが出来たら、きっと情操教育という意味でも大きいことでしょう。

一枚の絵で、人は幸せになることができる

ということを知るのはとても心強いことですし、そうした国民が増えることで、日本は真の意味で豊かな国になることもできるのではないかな、と思ってしまうんですよね。

話が逸れました。マティス美術館の展示を2枚ほど御紹介しましょう。

20世紀を代表するフランス人画家であるマティスの作品の中で、僕はニューヨーク近代美術館にある「Dance」という絵が印象深いのですがThe_dance 

MoMA http://www.moma.org/collection/object.php?object_id=79124 188

ダンスを彷彿とさせる絵が、こちらにありました。

191

こちらもいかにもマティスらしい絵です。

192 外から見ていて、建物はそんなに大きくないと思ったのですが、実は地下室にあたる展示場がとても大きく、さらに出口は地下にありました。

彫刻その他もありましたが、直前に訪れたシャガール美術館のインパクトが強すぎて、せっかくならそれぞれ別の日に行ったほうが良かったな・・・とちょっと残念な気持ちで帰路に着きました。

さらに残念だったのが、今回とても行きたかった

「マティス芸術の集大成」

と言われる、ヴァンスのドミニコ会修道院ロザリオ礼拝堂を日程の関係であきらめなければならなかったこと。

マティスを訪ねる旅は、またいつかの機会にとっておきたいと思います。

そのときここにももう一度来よう。

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ニース シャガール美術館

最終日、ニースからロンドン行きの飛行機は夜に出発です。

最後の時間を利用してニースのシャガール美術館に行ってきました。

177 ニースの中央駅から地図上ではあまり離れていなかったので、歩いて美術館に向かったのですが、複雑な道や坂があって人に道を聞いたりして、大変な思いをしました。

通常は観光バスで行くルートのようです。

1401さて、ようやく門に辿り着きました。

1671中にはいるとシャガールの人生の年表が出てきます。

シャガールは僕が最も好きな画家の一人です。

はじめて彼の作品に出逢ったのは、子供の時に叔母の家に飾ってあったシャガールのリトグラフを見たときでした。

その作品はとても小さかったのですが、「シャガールブルー」といわれる彼独特の何種類もの青を使うのがとても印象的でした。

小さなころから僕の好きな色は、常に青色だったのです。

彼はロシア系ユダヤ人。1887年に生まれ、1985年に亡くなったので、100歳近くまで生き、精力的に作品を作り続けたことになります。

中でも超大作といわれるパリのオペラ座の天井画は、本当に好きなのでリトグラフを買ってしまったぐらい。以前のブログにも書いたことがありますよね。

実はこのニースにあるシャガール美術館は、もう20年来僕が来たかった場所なのです。

シャガールが南仏に住むようになって、旧約聖書をモチーフにした17枚の絵を描きます。

その絵が散逸してしまわないように、シャガールがフランス政府に寄付をしたのがこの美術館の始まりです。1973年のことでした。

美術館の中は極めてシンプルで、これがまたとてもセンスがいいんですよ。

1461

17枚の絵が、写真のようにレイアウトされているのですが、建物の建築構造が非常に工夫してあって、どの絵にも均一な光が差し込むようになっているのです。

148ユダヤ教徒であったシャガールは、幼少の砌(みぎり)から親しんでいた旧約聖書の物語を心から愛していたようで、

聖書についてまとまった絵を描くのが夢だった

と、インタビューでもよく語っていました。

1441それぞれが、赤・黄・青の3原色に近く、またサイズも非常に大きなキャンバスに描かれた絵に囲まれて、僕は夢心地になり、ボーっとして過ごしました。

164ここは、もしかしたら僕が世界で一番好きな場所になるのではないだろうか

と、ふと思ったりもしましたよ。

ちょうどパリのオランジュリー美術館で、モネの睡蓮を観ていたときに似た幸福感に満たされました。

1681そんな幸せな気持ちでいるときに、大きな観光バスが到着して、あれよあれよという間に人だらけになってしまい、現実の世界に引き戻されました。

人気スポットですからしょうがないですよね(笑)。

1661壁にはモザイクもかかっていましたよ。


5大陸レーザー学会最終日

106ニースの5大陸レーザー学会の最終日。

002_2

この日の講演内容は

「傷の瘢痕治療」

「ボディの脂肪溶解レーザー」

「妊娠線の治療」

「フィラーとボツリヌストキシン」

「血小板による皮膚再生療法(PRP)」

などでした。

104会場の雰囲気はこんな感じでした。

予想以上に効果のある治療。
思ったよりも効果の感じられない治療。

などなど、医師の本音が聞けました。

アメリカ系のレーザー学会と、ヨーロッパ系のレーザー学会の二つに参加すると、非常に勉強になると思うのは、

アメリカ系の学会は、「技術」中心で、新規のレーザー工業技術や、機器の発表が多いのに対して、

ヨーロッパ系の学会は、使用する医師の「経験」が中心で、使用方法の検討や、意図しなかったレーザーの使用法などが検討されるということ。

この学会はどちらかというと 後者に属しましたが、やはり学会は実際に参加することに意義があるのだなあと思いましたよ。

108

写真は米国キュテラ社のディストリビューターで、欧州のマーケティングを担当しているMartin Kissinger。

ちょうど今月に、米国キュテラ社のデビットシーツと一緒に北京に行き、美肌市場のマーケティングの演題を含めて招待講演をしてきたんだと話したところ、Martinは、ヨーロッパの市場はまだまだCUTRA社の知名度が低いので、機会があったら講演に招待したいと言って頂きましたよ。

実現すればうれしいのですけれどね。


ニース夜のパフォーマンス

074  こちらは、スプレーを使って絵を描くパフォーマンス。

075スプレーをうまく使ってこんな絵を仕上げてゆくのです。

これ、いつかテレビで見たことがあるですが、鮮やかに描きあげられる絵を見て、とても印象に残っていたのです。

どこのテレビ局だったっけ?


ニースの夜

0721_3

モーランドが、

ニースの夜を案内するよ

と言ってくれたので、散歩をすることにしました。

067
夜の10時頃でしょうか。

あたりはとってもにぎやかで、しかも安全な街のイメージ。

0761_4こちらはマセナ広場で、世界7つの大陸を象徴する7人の人物像が飾られているそうです。

誰が誰だかはちょっとわかりませんでした。

065_20901
イルミネーションもとてもきれいです。

086_2この時間でも非常に人が多く、皆おしゃべりしていましたよ。0821_2

さて、車好きの僕たちは、ニースの街で今年の夏にデビューしたばかりのフェラーリのコンバーチブル「フェラーリ・カルフォルニア」を偶然見つけ、二人ではしゃいでしまいました。

デビューの写真よりも実車の方が全然かっこよかったですね。


南仏でディナー

060_2ニースに着いたその翌朝に街で声をかけてくれたFranck Morand との待ち合わせは、夜8時になりました。

街を歩きながら入ったオープンカフェのレストランはこんなところ。

多くのお客さんでとても込んでいる店でした。

057Franckは元々この隣にあるプロヴァンス地方の出身。

今はドイツのレーザーメーカーのアジアパシフィックのディストリビューターとして働いています。

僕が初めて彼に会ったのは、2005年にシンガポールで開催された学会でした。

彼は当時、アラミスというシワを解消するレーザーのディストリビューターをしていました。

僕は彼の会社の製品を使った事が無いのですが、何となく気があって、学会で会うたびに食事や、近況報告をしてきたのです。

数年前に東京に来た時は、僕のクリニックを訪ねてくれて一緒に食事をしました。

彼の奥さんは、タイのチェンマイでメディカルスパの講師をしています。

チェンマイからバンコックへ飛行機で毎週のように通っているとのこと。相当忙しいそうです。

昨年アリオンというアレキサンドライトレーザー脱毛器を、株式会社JMECと代理店契約したそうで、

「これで日本とのパイプがもっとできそうだ」

と嬉しそうに話していましたよ。

058出てきた料理を一部御紹介します。

リビエラ風だとのこと。

059_2フォアグラもチーズもとろけるようにおいしかったです。

061赤ワインも、生産量が少なくて日本に輸出していない珍しいワインをごちそうしてくれましたよ。

062デザートが出てくる時にはもう満腹。

腹ごなしに彼と夜のニースの街を散歩しましたが、それは次のブログで。


ニース 5大陸レーザー医学会 2日目

027僕がニースに到着したのは、9月10日の夜でした。

001_32日目の11日から、実際に学会に参加することができました。

この日のセッションは

「アブレイティブ・フラクショナルレーザー」

「ノンアブレイティブ・フラクショナルレーザー」

「スキンタイトニング」

「ボツリヌストキシン」

「肌の色の違いによる美肌治療」

5大陸の名が示すとおり、それぞれの大陸からやってきた様々な国のドクターが話をされ、興味深く聞かせてもらいました。

114_2ブースに行くと、キャンデラ社の買収を発表したばかりのシネロン社 ルイス社長に会いました。

先日バンコクIMCASでの招待講演に呼んでいただいたばかり。

キャンデラ社の合併の話もしましたが、つい先日、クリニックFでトリニティの機器を買い換えた話で盛り上がりました。

111 大手のレーザー会社がブースを出していましたが、やはり気になるのはこの会社です。

この会社。いつもどんな学会にもブースを出しているのですが、ほとんど営業担当の人がいないのです。

僕のブログにも何度か登場していますが、米カルフォルニアのZeltiq(ゼルティック)社の機器は、クーリング(氷結)によって脂肪組織を減少させる機器。

あの「サーマクール」を作り上げた経営者と研究者グループが、約3年前にリユニオンして、新たに脂肪減少に効果がある新製品を開発してきたのです。

今年中にはいよいよ日本での製品販売も見込まれているようで、昨日今日と、横浜で行われている日本美容外科学会でも発表があったようです。

フラクショナルレーザー機器以来、美肌レーザー市場にしばらく新しいコンセプトの機器ががない中、業界に新しい風を吹き込んでくれるとよいと思っています。


ミシュラン 2009

001移動中に給油のためドライブインに停まりました。

ちょっと本を読もうかと見てみると、ありましたよ、本場のミシュランのフランス版とイタリア版です。

002ミシュラン社はタイヤのメーカーですが、関連事業としてヨーロッパの道路地図も出版しています。

ごらんのとおり、このドライブインにはミシュラン社の地図が沢山ありました。

 はこちらから


モナコ公国の衛兵交代

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さて、グランカジノの見学の後、タクシーは大公宮殿に向かいました。

この宮殿は、内部見学が4月から11月までしかできないため、前回3月に訪れたときには見ることが叶わなかったのです。

写真を撮るのは禁止されていたので中をお見せできないのは残念ですが、モナコの宮殿内の見学は面白かったですよ。

そして、毎日11時55分に行われる衛兵交替式を見学することができました。

こちらも前の滞在のときには見ることができなかったのです。

沢山の人が集まっています。

1181さて、お待ちかねの衛兵達が出てきました。

124_2皆興奮しています(笑)。

127交替式は、厳かに行われていました。

125129大公宮殿からは非常にきれいにモナコの港が見えました。

 はこちらから


再びモナコへ

今回ニースで行われた5大陸レーザー学会は、2日間約48時間の参加でしたが、演題の予定上、初日に午後そして二日目に午前中のフリーな時間がありました。

そこで、8人の乗り合いタクシーで英語ツアーに参加することにしたのです。

初日はアンティーブとカンヌ、そして、サン・ポールの街を回るニース西回りのツアーに参加し、2日目にはエズとモナコ、そしてニースの一部を回る東回りのそれぞれ半日ツアーに参加することに。

どちらも参加費が40ユーロですから、日本円に換算すると6,000円ぐらいでしょうか。移動効率を考えたら非常にお得ですよね。094

さて、どうしても行ってみたかったコートダジュールを代表する鷹の巣村のエズ。このツアーにはモナコ公国ツアーがセットになっています。

エズの後、モナコ公国に移動することになりました。

グラン・カジノが見えてきましたよ。

095今年4月のモナコ・アンチエイジング学会の招待講演からわずかに半年で、まさかこの地に戻ってくるとは思いませんでした。

今回は訪れるつもりはなかったのですが、今年は何か縁があるのでしょうか…。

098グランカジノの前には、前回のときにはなかった鷲の彫刻がありました。

106_2グランカジノの前で、写真を一枚撮りました。後ろにはオテル・ド・パリが見えます。

099オテル・ド・パリの中は、半年前に訪れた時とは違った、薄紫色の花が飾ってありました。

以前のときにはピンクの花があり、それに合わせた絨毯が敷いてあったのが記憶に残っていたのですが、相変わらず、すばらしい装飾ですね。

いつか泊まってみたいホテルの一つです。

110グラン・カジノは午後から開くので、カジノの前に高級車は見られませんでしたが、

090_2街にはフェラーリがあふれていましたよ。

079ところどころに停まっていました。

・・・僕のブログは、飛行機と車の写真ばかりですね・・・。すみません。

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海と山の間に浮かぶエズの村とニーチェ

さて、ニースからモナコに抜ける道の途中に、「エズ」という小さな村があります。

043鉄道のエズ駅から海沿いに、海抜420mのこのエズの村に向かう山道は、19世紀のドイツの哲学者 フリードリッヒ・ニーチェが

「ツァラトゥストラはかく語りき」

の構想を練った場所である、といわれています。

ニーチェはクラシックの音楽家たちと交流があり、特に31歳年長であったワーグナーとの親交が深く、現在でもワグナーオペラ祭典が行われる、バイロイト祝祭劇場の建設計画について、熱く語り合ったのだそうです。

ロシア出張記にも書きましたが、1876年についに落成したバイロイト祝祭劇場で、「ニーベルングの指輪」が初演されたのは、あまりに有名ですよね。

僕にとってはいつの日か“巡礼”したいと思っている聖地のようなものです(笑)。

045エズの村は、敵からの攻撃を防ぐために、山の下からは影も形も見えないように造られた中世の村です。

055街並みも、ひしめき合った建物の中に迷路のような石畳がある、といった雰囲気。

059中にはアトリエや、手芸品のショップなどもあります。

046村の中腹に教会がありますので、そこを目指します。

047ここに連れて行ってくれたタクシードライバーさんによると、このエズの村には、二つの超高級ホテルがあるのだそうです。

ひとつは「シャトー・エザ」

もうひとつは「シャトー・ド・ラ・シェーヴル・ドール」

この村にある二つのシャトーホテルを目指して、ヨーロッパ中の上流階級の人たちが集まるのだそうです。

069きつい山道を登っていると、ちょうどホテルの門が開き中から車が出てきました。

見れば、さすがの高級車! メルセデスベンツSLRマクラーレンロードスターです。

僕は実際に街を走っているマクラーレンを初めて見ました。

048上から駐車場を見ると、アストンマーチンやらロールスロイスやら、中央にあるメルセデスのSクラスが控え目に見えるような車が停まっています。

おそらく長期滞在しているのだと思いますが、いつかこんなホテルに泊まってみたいですね。

066ようやくたどり着いた、エズの教会内部です。

064さらにその教会の上に古い城跡に造られたエズ庭園があります。

ここからの景色は見事でしたよ。

082エズの村の横にはフランスの香水メーカー「フラゴナール」の工場があります。078_2

工場の見学もできるようです。

077ブティックでは、店員さんが熱のこもった説明を、フランス訛りの英語でしてくれました。

072もっと長く滞在したかったなあ。

              


中世の街 サン・ポール

コートダジュールに数多く存在する中世の村の中でも、特に美しいといわれるのが、サン・ポール。

モディリアーニ、ボナールなどの芸術家がアトリエを構えた村として知られています。

010村は城壁に囲まれています。写真でわかるでしょうか?

012坂を上って行き、

013さらにこの城壁の門をくぐると・・・

055

そこは中世の街。

別世界です。

025いたるところで写真を撮っている人たちがいます。

どんな小さな街角でも、ほんとに絵になるんですよ。

020_2石畳の造りひとつをとっても非常に凝っていて、素晴らしい。

017村を歩くと、芸術家のアトリエやギャラリーが多くひしめいているのがよくわかります。

052細い小さな道を歩いてゆくと、約10分ぐらいでもう村を突き抜けてしまいます。

035そして、その先にある丘からは、こんな絵画のようなの景色が見られるのです。

046犬も幸せそう。

023帰りは、城壁沿いに村の周りをまわって帰りました。 

032鐘楼が。

037村には噴水や、彫刻などがところどころにあります。

多くの芸術家に愛されたのも、納得の場所でした。

 


映画祭の街

アンティーブを後にして、訪れたのは映画祭で有名なカンヌです。219

アンティーブからカンヌまでは、距離にして10kmぐらいなのです。カンヌは5月に行われる映画祭があまりにも有名ですよね。

214レッドカーペットのあの場所へ。

207212パレ・デ・フェスティバル・デ・コングレ。いったいどれだけの映画スターたちがこの人口7万人の小さな街にやってきたのでしょう。216

オーシャンズのジョージ・クルーニーと顔が抜かれたブラッド・ピット。

208僕も写真を撮ってもらいました。

215マリリン・モンローが。

211さまざまな映画スターの手形もはめ込まれています。217

1992年のシャロンストーン。

マイケル・ダグラスと共演した「氷の微笑」

当時、強烈な印象を残しましたよね。

 はこちらから


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新国際学会周遊記

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