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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

シネロン社の戦略会議

シネロン/キャンデラ社の社長 Louis P Scafuriが現在来日中ということで、昨日は銀座で行われた会議兼ウェルカムパーティーに招待していただきました。022

 

Louisとは昨年8月のタイ開催のIMCAS ASIAでお会いして以来。

今回はちょっと間が空いてしまったかんじがありますが、それまでは世界各国の学会で度々顔を合わせていました。

昨日も、

そういえば、ベルリンでも会ったよね。パリでもニースでも会ったね。

みたいな話になりました。

 

019この会議は、シネロン社のディストリビューター、国内のキードクターを対象に開催されました。来年以降にリリースが予定されているシネロン社新製品情報を含む、非常に興味深いものでした。

シネロン社は設立10年。

「オーロラ」、「ポラリス」、「リファーム」、「ギャラクシー」、「トリニティ」・・・など、独自のバイポーラーRF(elos)システムを主軸に機器開発をしてきました。

この独自路線がシネロン社を米国一のレーザー会社にしたのですが、昨年社歴40年の老舗であるキャンデラ社を買収しましたので、現在は米国にある約30%のレーザー機器がシネロン・キャンデラ社の製品ということになります。

シネロン社が今年デビューさせた「eMatrix(e2)」は、クリニックFでも特に深いニキビ跡に対する治療で活躍していますが、シネロン社でも“Leading the Paradigm Shift”として紹介されていました。

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来年はシネロン社は少なくとも3つの製品を市場に投入するそうです。すべてを明らかにすることはできないとのことでしたが、一つ面白そうな機器はこのePrime 。

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たるみやボリューム、肌の色彩などを治療するRF機器だそうです。

現在は世界で5台の機器がデモ機として販売されていて、アジアには香港のヘンリーチャン医師が持つ一台だけだそう。

シネロン社の新機種となると、うちでも導入を考えたいなあ。

今度ヘンリーに会ったら情報を聞いてみたいと思います。


シネロン社 CEOの来院

001_2 今日は診療が始まる前に、イスラエルのシネロン社社長Doron GerstelがクリニックFを訪ねてくれました。

オーロラ、ポラリス、ギャラクシー・・・シミ、たるみ、ホワイトニングなどに効果のあるバイポーラーRFの「ELOSテクノロジー」を開発しているシネロン社は、これまでも日本市場に多くの画期的な機械を投入してきました。

ドロン社長は、先月11月に僕がイスラエルを訪問した時は、ちょうど海外出張中で会えなかったのです。

考えてみれば、10月にパリで行われたヨーロッパ皮膚科学会(EADV)以来の再会です。

今回はイスラエルからアメリカに行く途中、日本に24時間ぐらい滞在している間にクリニックFを訪問してくれたことになります。とても嬉しかったですよ。

今回の話のメインは、彼らが新しく開発したRF機器。マトリックスRFがいよいよ日本デビューする事についての話でした。

この機器は、細かいしわなどを治療する機器です。

いわゆるフラクセルとサーマクールを組み合わせ、よりマイルドな設定にしたもので、肌の入れ替えとタイトニングを行うことが可能なのです。

機械のデモ機が上陸したら最初に使わせてもらえることになったので、また追ってブログでご報告しますね。


イスラエル出張番外編~ゴルゴ13

150 「ゴルゴ13」の連載が始まってから、今年でとうとう40年を迎えたとのことです。この8月でしたか、150巻も発売されましたよね。

あのクオリティを低下させることなく、連載を続ける「さいとうたかを」さん率いるサイトウプロの能力には脱帽です。

「ゴルゴ13」とは、ご存じの方ばかりだと思いますが、主人公の天才スナイパー・デューク東郷のコードネームです。

この名前は、イエスが十字架を担いで磔にされたというイスラエルの名所「ゴルゴダの丘」。そして亡くなった日時である13日の金曜日からキリスト教の最も忌み嫌う文字と数字を繋げた名前なのだそうです。

日本ではゴルゴ“ダ”と濁って発音しますが、あちらの人は「ゴルゴタ」と発音していましたね。今回のイスラエル滞在中、ゴルゴダの丘に着いたときには、

「この丘から、ゴルゴの名前をとったのか・・・」

と、感慨深かったですよ。

漫画の中ではデューク東郷自身はこのコードネームを気に入っていないらしく、この名前で呼ばれることを嫌っているのですが、いつかこの漫画を読んだときに、デューク東郷のスイスの取引銀行の暗証番号を「56513」にしていたのを覚えています。

実はお気に入りなのかも知れません。

そういえば、かの麻生総理もこの漫画の大ファンで、世界情勢は「ゴルゴ13」で勉強しているとおっしゃっていたとかいないとか。

「さいとうたかを」さんは、既にゴルゴ13の最終回のストーリーまで決めていらっしゃるとのこと。

総理のためにも、これからクライマックスに向けますますおもしろくなってほしいと思います(笑)。


さらばエルサレム

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長い道のりを経て、エルサレムから帰路につくことになりました。

もう24時間後には日本についているはずです。

僕を案内してくれた運転手さんと写真を撮り、空港に送ってもらいました。

211最後に見えた、エルサレムの遠景です。

わずか数時間の滞在でしたが、ここで得られた経験をもとに、次のステップに踏み出したいと思いました。


ゴルゴタの丘と聖墳墓教会

157_3 岩のドームから、再びキリスト教区を聖墳墓教会にむかって歩いてゆきます。

この教会はキリスト教徒にとって記憶すべきいくつかの場所を祭っているのです。

165_2 聖墳墓教会(Holy Sepulchre)は、その名の通り、キリストが十字架に架けられたゴルゴタの丘に建っています。

そして、この教会の内部には、キリストの遺体が埋葬されたお墓があるのです。

166_2 トンネルをくぐり、僕の目の前に突然現れたのがこの聖墳墓教会でした。

185_2 教会に入り、右手の階段を登ると、その場所は、かの有名な「ゴルゴタの丘」でした。

ゴルゴタの丘という名前から、僕は野原ある丘のようなものを想像していたのですが、今は教会の内部にあるのですね。

188 すぐ左のイエスの十字架が建てられたとされるこの場所には、祭壇がありました。

祭壇の下には小さな穴があるそうで、この穴に十字架が建てられたのだそうです。

多くの人たちが祭壇の下にもぐっています。

おそらくキスをしているのでしょうが、長い行列で僕は穴を見ることが出来ませんでした。

192 階下にはゴルゴダの丘の割れた岩が見える場所がありました。

172_4  階段を降りると、十字架から降ろされたイエスの遺体が、アリマタヤ出身のユダヤ人ヨセフによって降ろされた場所とされる石が祭られています。

このヨセフは、イエスの処刑を行ったローマ帝国のユダヤ属州提督のピラトゥスに願い出て、イエスの遺体を引き取ったと新約聖書の4つのすべての福音書に記載があります。

12人の愛弟子すらも全員が逃げ出した状況下で、イエスの遺体を引きとり、香料とともに亜麻布でくるんでイエスの埋葬を引き受けた行為は、当時さぞかし勇気があったのでしょう。アリマタヤのヨセフは、聖人として今も祭られています。

177 さらに左手に進むと、イエスの埋葬された「復活の御堂」があります。

この中にイエスの墓があるのですが、こちらも小さな部屋に入るために長い行列があり、残念ながら中に入る時間はありませんでした。

僕の母はクリスチャンなのですが、まだ僕が小学校に上がる前に、このイエスの最後の日の聖書の記載について、話してくれた記憶があります。

僕は仏教徒でクリスチャンではありませんが、この教会は、どうしても訪れてみたかった場所だったのです。クリスチャンであれば、きっと涙を流したことでしょう。

この日もひっきりなしに人が訪れていました。


イスラム教の聖地、岩のドーム

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嘆きの壁から旧市街の小さな小道を歩きながら、今度はイスラム教の聖地である「岩のドーム」を目指します。

このあたりはユダヤ教地区。

ヨーロッパのような綺麗な街並みが続きます。

159_2途中歩く光景は、異国情緒にあふれています。

こんなTシャツを見つけました。

「アイ・ラブ・NY」ではなくて、

「アイ・ラブ・エルサレム」。

当たり前ですが、初めて見ましたよ。面白い!!

160しばらく歩くと隣接するイスラム教地区に入ります。この街を歩いていると、あたかもインディージョーンズの映画の中にいるよう…(笑)。

149_2岩をくり抜いたようなレストランもありました。

147たどり着いた「岩のドーム」は、イスラム教の教祖であるムハンマドが、一夜のうちの昇天する旅(ミウラージュ)を体験した場所とされています。

さらに、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとっての共通の預言者アブラハムが、息子のイサクを神にささげようとした場所と信じられている「聖なる岩」を取り囲むように西暦692年に建設されました。

この「岩のドーム」、残念ながら僕がこの地に着いたときは時間が遅くて、中を見ることはできませんでした。次にもし来られたらぜひ見たいですね。


ユダヤ教の聖地、嘆きの壁

115_2 タクシーを駐車場に停めてもらい、運転手さんと一緒に“嘆きの壁”に向かいます。

116 ここは、古代ヘブライ王国のエルサレム神殿のうち、現在まで残されたヘロデ神殿を囲む西側の壁の一部なのです。

こちらの人は

「Western Wall(西側の壁)」

と呼んでいました。

西暦70年にローマ帝国によって破壊されたこの神殿は、ユダヤ教徒にとっての聖地でした。

1967年の第三次中東戦争でこの神殿の跡地である旧市街地を占領するまでの1900年間。ユダヤ教徒はこの「嘆きの壁」に来て、自由に祈りをささげることができなかったのです。

118 厳重なセキュリティーを越えて中に入ります。

121_2 そしてここが「嘆きの壁」=「Western Wall」

向かって右側が女性用、左側が男性用と分かれています。

140 壁に到る門には、聖地に入るための紙の帽子が用意されています。139

壁は見上げるように高いものです。多くのユダヤ教徒たちが祈りをささげる中、写真を撮っている観光客も沢山いました。

132こういった聖地に入ると、厳かな気持になります。

135 こちらは城壁に建物の中にある壁です。多くのユダヤ教の書物を置いた書庫があり、さらに多くのユダヤ教徒たちが祈りを捧げていました。


世界遺産 「エルサレム旧市街とその城壁群」へ

090 この「エルサレム旧市街とその城壁群」は、ヨルダンの申請により世界遺産にも登録されている地です。

207_3 タクシーの運転手に車の中で待っていてもらい、あたりを散策しました。

092 わずか1km四方の土地に、ユダヤ教徒地区、キリスト教徒地区、イスラム教徒地区、そしてアルメニア人地区があり、それぞれの市街に歴史的・宗教的建造物が多く残っています。

099  ちょっと路地に入りこむとこのようなお店がたくさん。

お土産屋も多かったですが、生活必需品を売っている店も多かったですよ。

103他の都市のように、押し売りがないのが不思議でした。

104 見かけた郵便局には、イスラエルの国旗がはためいていました。


聖地エルサレムへ

074 さて、実はこの後に昼食会とモーシェのクリニックへの見学ツアーの予定が組まれていたのですが、僕のフライトは今日の夜です。

なにせ今回のイスラエル滞在時間が44時間程度しかなかったものですから、どうしても行ってみたかった聖地エルサレムへ行くことにしました。

エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大一神宗教の聖地です。

テルアビブからエルサレムへは、すいていれば車で1時間。ですがこの日は平日でしたので、空港まで帰るときには渋滞に巻き込まれる可能性があります。

テルアビブ空港ではまた厳重なセキュリティチェックがありますし、イスラエルで飛行機に乗り遅れたらそれこそ大変(笑)。

飛行機の出発時間の三時間前にチェックインすると仮定して、それまで4時間あります。

タクシーも前日にテルアビブからイスラエルへの往復+観光で200米ドルで手配済みです。

083 ワークショップが終わるとともに、すぐにタクシーに飛び乗って約一時間半。エルサレムが見えてきました。

思ったよりも近代的なビルがあります。

084 このホテルはここエルサレムで最も高級なホテルなのだそうです。かのブッシュ大統領も泊まったとか…。

街全体がこのようなクリーム色の壁の建物でできていましたが、これは法令で決まっているのだそうです。

085 さて、目指す第一の目的地。

世界遺産でもあるエルサレムの旧市街地の城壁が見えてきました。

ちょっと胸が高鳴ります。


イスラエルの通貨

   

028_3 イスラエルの通貨の単位はシェケルといいます。

これが現状発行されている4つの紙幣。

世界でも珍しい縦型のデザインなのです。見せてもらったのですが、こんな感じでカラフルです。

それぞれが歴代イスラエルの大統領や、偉人が肖像になっているのだそうです。

1968年に発行されたのにはアインシュタインの肖像画を利用したものもあったそうです。

僕が渡航したときには、1シェケルが27円ぐらいでした。


テルアビブでのレーザーワークショップ

048_2  翌日 テルアビブの海沿いのホテルに移動して、昨晩一緒だったトルコの先生方に対するレーザーの講義に午前中だけ、参加させていただくことになりました。

050講師はMoche Lapidot医師。ヨーロッパ皮膚レーザー学会の重鎮の一人で、このテルアビブでレーザークリニックを開業しているのです。

061_5シネロン社の発売するレーザーについての講義をしてくれたのですが、僕はモーシェ(ヘブライ語のモーゼ)とは今年の7月のシンガポールのIMCAS学会や、9月のパリのEADV学会で顔を合わせています。

044 講義中に、「ドクターフジモト。この話はシンガポールでしたっけ?同じだったら他のプレゼンを使うけれど…。」とか声をかけてくれて、気を使ってもらいました。

感謝です。

047 ところでこのホテルですが、窓の外はこんな絶景。

057 講義中にも、思わず海を横切るヨットに目を奪われたりしましたよ。


イスラエルのワイン

022  食事中に出てきた、イスラエルのお勧め赤ワインです。ゴランワインと言っていました。

026原産地を知りたいとおもって裏を見たのですが、ヘブライ語。

まったく読めなかったです…。

0261 拡大しますが、ヘブライ語はこんな感じなんですよ。

アルファベットではないのです。


イスラエル料理

017     クリニックを見学した後に、テルアビブのハーバーに移動して、ディナーをいただくことになりました。

025ちょうどシネロンに見学に来ていたトルコの皮膚科や形成外科のドクター達15人と一緒になりました。

トルコからイスラエルまでは飛行機でわずか一時間なのだそうです。

018イスラエルのシーフード料理は前菜とともに出てきました。

023_2こんな大きなからあげや、

024_2 白身の魚があったりとか。

この魚体長50cmぐらいあるのですよ。

027 終わりにはこんなババロアのようなデザートが出てきました。

料理は総じてさっぱりした味で、日本人には合うとおもいましたよ。


テルアビブのレーザー美容クリニック

078  会合を終えて12時半にシネロン社アジア担当のIdoさんの社用車に乗り、テルアビブに戻ります。

ほら、車にシネロンのステッカーがあります。写真で見えますか?

099出発は12時半。スケジュールが詰まっているので、車の中でサンドイッチを食べながら移動します。

約1時間半でテルアビブに戻り、やってきたのがこのハイテクの会社が立ち並ぶ街にあるクリニック。

007_2 この地に、形成外科医として世界的な知名度を持つ、Dr.Scheflanのオフィスがあるのです。

103 クリニックは非常に美しい装飾で、二つの手術室をもつ大きな施設でした。

008_2 ちょうどこの日に、シネロンの新しい脂肪減少レーザーのLIPOLITE を使用する手術が入ってるよ、と言われました。

114 術衣に着替えて、僕も手術室に入れてもらいます。

119 いよいよ麻酔も終わり、脂肪吸引の手術が始まります。

126 術者のHAI先生の後ろに見えるのが、今回の主役「リポライト」です。

122_2ガイド光が赤く光っているのがわかりますか?

この管を体内に入れて、レーザーを照射し、脂肪を溶かすわけです。

124_3術野が広く、視野が確保できるので、よく観察することができました。

127 管の先端が体外に出た時に、レーザー光が照射されるため、ナースもサングラスをして施術に入ります。サングラスにシネロンの文字が見えますね。

004_2 3時間に及ぶ手術が終わり、Dr達にお礼のあいさつをしました。

良い勉強をさせていただきました。

011 クリニックの外に出た時には、もう夕暮れ時でした。空のグラデーションが綺麗でしたよ。


シネロン本社のクリニカルトレーニング

059 到着して早々に、シネロン社クリニカル教育部門のHela Goren博士に、リファームSTのハンズオントレーニングを受けることになりました。

イスラエル人は博士号を持っている人が多いと書きましたが、それを裏付けるようにシネロン社でもらった名刺の半分には何らかの博士号(PhD)の学位が表記してありました。

064会社のスタッフを一人呼んで、顔に白いペンを用いてどの部位に照射すればよいのか、細かいコンパートメントに分けて説明してくれました。

彼女はシネロンの機械を、いかに効率よく効かせるのか、常に研究していて、ディスカッションはとてもためになりましたよ。

069オーロラ、ポラリスから始まったシネロン社の機器はこうして進化し続けているのですね。

こういったより新しい施術の方法を知っているかどうかで、同じ機器でも全く違う効果が出せるといえます。

また、こんな時代ですから、患者さんもクリニックを選ぶ時、同じ機械があるからと言って、同じ施術ができると思わない方が良いとおもいますよ。

技術のあるクリニックを自分の目で選んでいただきたいと思います。

070そしてポラリスの進化版ともいえる、マトリックスIR。

こちらのトレーニングも行いました。

072 シネロン社は、ギャラクシー(フォトリファーム)という、「シミ」と「たるみ」を一度に治療する方法を提案してきました。

この治療法は治療前後の見た目の変化が素晴らしく、インパクトが高いため、クリニックFでも最も人気のある施術の一つです。

今年の後半から、この治療法に「しわ」の治療を加えて、トリニティという、治療法を提案しているのですが、ここでキーになるのがこの新発売されたマトリックスIRであるというわけです。

このトレーニングも受けてきました。

約一時間のトレーニングの後、Hela博士に、シネロン社研究開発部門長のBoris Vaynbergや、クリニカルスペシャリストのYehudit Kraizerその他、営業部門のスタッフも加わって、ラウンドテーブルミーティングに参加させていただきました。

002 シネロンはこれまでも多くの魅力的な機器を販売してきましたし、現行の最上級機種であるeMaxにはオーロラ、オーロラプロ、ポラリス、マトリックスIRなどに加えて、脱毛や、ニキビ、血管赤ら顔などに対応する、9種類のプローブが装着できるようになっています。

僕も、この会議において、もう少し波長にこだわりを持って、より日本人の肌に合ったプローブを作ってもらえるように、いくつか提案をしてきました。

033 最後に本社を訪れた記念にと言って、大きな包みをいただいたので、その場で開けてみると、イスラエルの料理の本でした。

綺麗な、まるで写真集みたいな本でしたよ。

いろいろとお世話になり、シネロン本社の方々にはお礼申し上げます。


シネロン本社訪問

053 約1時間半車で移動した後、見えてきたのがこの後方の建物。075 ここがいよいよやってきた、シネロン本社です。

055 工業団地の一階層にシネロンは入っています。

056 エレベーターを上がると受付になります。

057 会社は広々としていて綺麗な空間ですね。

シネロンは機器の生産工場を別の場所に持っているのだそうです。

この本社で何を話し合ってきたのかは明日のブログで書きますね。


新興都市ヨクナムへ

023 昨日は真っ暗で見えなかったのですが、朝になってホテルから外を見ると、テルアビブは緑が多い、綺麗な街でした。

今回訪問したイスラエル、シネロン社は、ここテルアビブから北に約70kmぐらいの新興工業都市ヨクナムにあります。

096 会社の用意してくれたタクシーで高速道路に乗り、約1時間半のドライブになりました。

タクシーの運転手は英語でいろいろとイスラエルの話をしてくれます。ちょっとしたガイドさんのようでした。

道路標識も、ヘブライ語とアラビア文字。そして英語の表記があります。

089 高速道路の途中で見えたこの三本の煙突は、イスラエルの90%の電力を作るパワープラントなのだそうです。

戦争でここを爆撃されると、国の電力が停止するのだとか…。

そんなこと言ってしまっていいのかな(笑)とか思いながら楽しくドライブしました。

031  ヨクナムに行く高速道路の道すがらは、緑のなかに、時々現れるハイテクの工場が見える景色が続きます。

036イスラエルはユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の三つの宗教の聖地がありありますが、地中海に面した、とても肥沃な土地だったのでしょう。緑の多さがそれを物語っていると思いました。

039 途中に見える家の屋根には太陽光発電機が乗っていますね。

048 シネロン社のある、ヨクナムという都市は、イスラエルがハイテク企業のために誘致して作った都市で、新規に設立された企業は3年間税金が免除されるのだそうです。

そうして、ものを造り、国の力を蓄えていくのですね。

こういったところは、イスラエル人の勤勉さと計画性を学びたいところです。


テルアビブのホテル

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とにもかくにも、テルアビブの空港からタクシーを拾い、なんとかホテルにたどり着きました。

012チェックインしたのは現地時間で夜の11時ちょっと過ぎ。

014_2

部屋に入るとこんな感じ。

イスラエルのビジネスホテルってどんなかんじなのだろう・・・と良くも悪くも行く前には全く想像できなかったのですが、出張の宿としては、清潔で綺麗なホテルだし、良いところだなと思いました。

009一旦荷物を置き、食事ができていなかったので、バーに向かうと、

「11時で閉まったので、何も出せない」

とのこと。

「えっ? 11時って、たった数分前のことでしょう? 食べ物は無理でもせめてビールくらいは、なんとかこのとおり!」

と思って、

「ビールぐらい飲めませんか?」

と聞いてみると、それもだめ。

もちろん近くにコンビニなんてありませんし、自動販売機もありません。

こういうとき日本のありがたさが骨身に沁みますね。

021フロントでなんとか交渉したところ、ピザなら頼めるということになりました。「ぜひ」と頼んでみると、このドミノピザが届きました。

ねばってみるものですね(笑)。

018食べてみると、これが野菜が新鮮で意外とイケるんですよ。長旅の疲れが吹き飛びました。

このピザは、翌日の朝食にもなりました(笑)。


敬虔なユダヤ教徒

004_3ところで、空港で最も気になったのがこの黒いコートと黒い帽子をかぶった人たち。

イスラエルにはこんな人が沢山いるのです。考えれば当たり前なのですが、実際自分の目の前に何人もこうした装いの人を見ると、自然と目が吸い寄せられます。

005_2入管検査の時にも並んでいます。

077街中にもたくさんいます。

ご存知のない方のために、念のため書いておくと、この服装が、ユダヤ教徒の正装なのです。

ユダヤ教の成立は紀元前6世紀頃だと言われています。聖典はキリスト教の「旧約聖書」と同じ書物です。

唯一神ヤハウェを神とし、選民思想やメシア(救世主)信仰などを持つ宗教なのですが、日本人の考える宗教とは少し意味合いが違います。

ユダヤ教を信じる民族がすなわちユダヤ人であり、血縁よりもむしろ教徒としての行動が重要視されることも多いといいます。つまりイスラエルに住むユダヤ人が、ユダヤ教を改宗した瞬間に厳密な意味ではユダヤ人ではなくなってしまうのです。

民族の定義が血縁によるのか、もしくは宗教によるのかという問題にかかわっていると、高校の時に世界史で習った記憶があります。

紀元前13世紀にモーゼが、エジプト新王朝の支配下にあったへブル人をエジプトより脱出させ、シナイ山でヤハウェ神と契約を結びました。

これが「モーゼの十戒」です。

モーゼたち集団が移動した、約束の土地とされた「カナンの地」に定着した民族がユダヤ人の起源というわけです。

紀元前1020年ごろ、イスラエル王国が成立し約400年の繁栄の後、南に分裂したのがユダ王国でした。

紀元前597年。ユダ王国が新バビロニアに滅ぼされ、ユダヤ人の政治宗教のエリート層が全員バビロンに捕虜として連行されるという「バビロン捕囚」の約50年間に、ユダヤ人の中で芽生えたアイデンティティが、ユダヤ教を作り上げたといえるのです。

ちなみにこのバビロン捕囚が終ったのは新バビロニアがアケメネス朝ペルシャに敗れた起元前537年のこと。ペルシア王キュロスの命令でユダヤ人たちは解放され、故国エルサレムに帰る許可を得たのです。

しかしながら、その後、ユダヤ人たちには自国を持たずに世界を放浪する運命が待っていました。彼らは国を持たない世界で生き抜くために、中国の華僑とは違った形で世界と歴史を生き抜いてきたと言えるのです。

土地に依存せず生きていく。

その方法論として、

1 子供たちの教育に投資をする → 博士号の保持率は世界有数です。

2 金融を生業とする → ほとんどすべての米国の銀行には、ユダヤ系の資本が入っているといわれています。

3 諜報機関を充実させる → イスラエルのモサドはアメリカのCIAや、イギリスのSIS、旧ソ連のKGB(現ロシアではSVR)と比較して、それ以上(世界最強との声ある)の特殊工作および諜報活動を行うといわれています。 

・・・という努力を行ってきたのです。現在でも特に生物医学系の技術は世界一だと言われていますし、アメリカの多くの企業はユダヤ系がトップを務めていると言われていますよね。新聞やTV、雑誌などのメディア、流通、不動産・・・など、知恵とアイディアだけで移民からのし上っていったユダヤ人の生き方からは学ぶことがたくさんあります。

紀元前5世紀にこの地を追われたのち、2500年の月日を経て、1950年にイスラエルが建国されたということは、ユダヤ人=ユダヤ教徒にとっては特別の思いがあったのでしょうね。

今回の出張で、もっとユダヤ人=ユダヤ教徒について勉強したいなと思いましたよ。


イスラエル航空のセキュリティチェック

007 ところで、このエルアル・イスラエル空港のセキュリティチェックは聞きしに勝る、本当に厳しいものでした。

香港でチェックインするときに、専任のイスラエル人が名前を呼び留め、非常に細かい質問をしてきます。

すべて英語で結構長い時間でした。

「なぜイスラエルに入るのか?」

とか、

「誰か知り合いはいるのか?」

とかからはじまって、

「僕は日本の医者で、イスラエルのレーザーの開発会社とのビジネスミーティングがある。」

と一生懸命説明したのですが、立て板に水というか、埒が明きません。

特に僕の場合、パスポートが悪かったのかもしれません。出張で訪れた各国の印をなめるようにチェックされました。僕のパスポートには沢山の印がありますので、その中に、要注意の国があったのか・・・。どこがひっかかったんだろう? 

あまりに時間がかかるので、

「そういえば!」

と思い出し、今回僕はシネロン本社から頂いたインビテーションレターを持っていたので、それを取り出し、提示したら、納得して通してくれました。

しかし、ここからがまた大変です。

ボーディングパスに記載されている搭乗時間が、実際の乗り込みよりも一時間以上前の時刻が書いてあるんですよ。

時間通りにそこで列に並んでいると、名前を呼ばれて再度持ち物チェックです。

僕は今回機体持ち込みの荷物しかなかったのですが、細かい物まで全部中身を調べられ、何かを採取して器械にかけるのです。

検査にかかること、30分近く。あまりに執拗で、あきれるを通り越して感心してしまいました。

あとから聞いた話によると、わざとそういったストレスをかけて、おかしな行動をするかどうかを見極めているのだとか。確かに途中でキレて怒り出す人が何人いてもおかしくないような状況でした。

まあ、臨戦態勢の国ですから、仕方がないですよね。


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