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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

●2013年9月 ドイツ・イタリア出張⑰ 楽天優勝 ハイデルベルグ ドイツ最古の大学 マックス・ヴェーバー「職業としての政治」

おはようございます。今日は11月5日(火)クリニックFの診療日です。

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三連休は皆さんいかがでしたか? 僕のほうは土曜日には診療もありましたし、休診日だった日曜日と月曜日はなんだかんだと雑用を片付けてるうちに終わってしまったかんじですが、久しぶりに夜はTVを見ていました。

楽天イーグルスの優勝が決まりましたね。

研修医のころからか野球をはじめとしたスポーツ中継をテレビで見る時間と気持ちの余裕が全くなくなりましたので、今回はWBC以来ということになります。テレビの中継時間をチェックして野球に見入ってしまいました。

日本シリーズ第7戦9回表。田中将大選手の登板には、思わず胸が高鳴りました。

前日の160球の投球と、ここまでの30勝。東北という土地を背負ってチームが辿ってきた道。僕は野球にとても詳しいわけではありませんが、それでも医師の立場でこの場面を見るのはやはり複雑な気持ちも巻き起こります。

すべき采配であったのか、せざるべき采配であったのか。

しかし、そういった論議を超えて、冷静な判断を脇に置いて、優勝が決まったシーンでは抑えきれない感動を覚えました。

「東北の震災より3年かかってしまいましたが。。。」

という選手の発言もありましたが、東北再興のため、楽天の選手たちが被災地を周り、いかにたくさんの活力を与えてきたかも理解できましたよ。

とはいえ、こうした特別な年に起きた、特別な選手による、特別な試合で起きた最後のイニングであったということは忘れてはいけないでしょう。

本当におめでとうございます。

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さて、そんな週末に僕が行っていた作業・・・地味なものですが(笑)は、今月発売の医学雑誌の分筆分の原稿校正でした。

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文章を書くのは好きなのですが、校正という作業はどうも苦手です。

僕がO型だからでしょうか(笑)?

編集者や校正をする人の血液型はA型が多いと、以前出版社勤務の知人から聞いたことがあります。

ちなみに以前のブログにも書きましたが、血液は脳に入りません。

解剖学的に、血液脳関門(BBB:Blood Brain Barrier)という関門があって、脳には血液が直接は拡散しない仕組みになっているのです。 

人の性格を決定しているのは脳でしょうから、医学的には血液型占いはあまり根拠がないといわれています。

日本以外の国では自分の血液型でさえ、知らない人ばかり。

とはいえ、僕自身やはり身の回りの人の血液型が気になることもありますので、日本的文化だなあと思います。

前置きがとても長くなりましたが、僕のブログは9月に訪れたドイツ・イタリアブログの最終章です。

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欧州滞在最終日。

ルクセンブルグ大公国に訪れたのち、思いのほか早くフランクフルトに帰ることが出来ました。

そこで、以前から訪ねたかったハイデルベルグというドイツの古い街にレンタカーを走らせました。

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こちらにはドイツ連邦共和国内最古の大学であるハイデルベルグ大学があります。

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ハイデルベルグ大学に関わった人物としては、社会学者のマックス・ヴェーバーが挙げられます。

学生でもあり、教職にも就きました。

僕は学生の時に、マックス・ヴェーバーの著作をいくつか読みました。

特に1919年1月28日にミュンヘンの学生団体のために行った講演をまとめた

「職業としての政治」

は政治家のあり方について述べている、素晴らしい名著だと思います。

日本の政治家で、この本を読んでいる人はどのくらいいるのでしょうか?

ちょうど1919年のドイツは第一次世界大戦の敗戦処理が決まった時期。

マックス・ヴェーバー教授は翌年に亡くなりましたが、現在のドイツについて、どのような感想を持っているのでしょうか?

「職業としての学問」という本もありますが、どちらもおすすめします。

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ハイデルベルグの丘の上にはハイデルベルグ城があります。

一時期廃墟のようになっていたそうですが、建て替え工事も進んでいます。

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ケーブルカーに乗り、城に向かいます。

上からの景色は本当に素晴らしかったです。

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対岸にも美しい屋敷がたくさん見えましたが、ハイデルベルグ城を毎日見ることが出来る環境は羨ましいですね。

美しいものを見ると、力をもらえます。

こののち、フランクフルトまで車を走らせ、帰国便に乗りました。

ちょっと時間がたってしまいましたが、これで9月のイタリア・ドイツ出張の国際学会周遊記を終わりますね。


●2013年9月 ドイツ・イタリア出張⑰ イタリア最後の晩そしてルクセンブルグ公国へ

おはようございます。

今日は11月1日(金)。今日はクリニックFの診療日です。

ハロウィンが終わり、年賀状も売り出され、いよいよ年の瀬も迫りましたね。

僕は先月5回の講演を終え、執筆作業もひと段落ついた後ほっとしたのか風邪をひいてしまったようです。

ここ3日ほど体調を崩していましたが、昨日一日休んだおかげでだいぶ復調してきました。

空気も乾燥し、風邪がまた流行ってるようですね。こじらせるとやっかいですからどうか皆さんも気を付けてください。

さて、僕のブログ「新国際学会周遊記」ですが、あと二つで9月に滞在したドイツ・イタリア編が終わりますのでお付き合いいただきたいと思います。

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イタリアはミラノ最終日。

F1イタリアグランプリを参戦した夜のことです。

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ミラノに今年は5回滞在しました。

例年になく縁がありました。

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馴染みでお気に入りのレストランで赤ワインを片手にパスタを。

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ファッションの街ミラノだけあって、食事をしている人たちもファッショナブルです。

翌朝は早い飛行機でしたので、夜風にあたりながらホテルに帰ります。

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この日は日本のオリンピック開催が決定した日でもありました。

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翌朝の新聞はF1の話ばかりでしたが、オリンピックの話題も掲載されていました。

そして、まだ日が昇る前にミラノのマルペンサよりフランクフルトへ。

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フランクフルトで予約していたレンタカーを受け取りに。

待っていた車はメルセデスベンツの新しいEクラスワゴン。

しかも僕が初めてのレンタル者で、まさに新車なのだというのです。Img_7088001

ラッキーでした。

ナビにルクセンブルグ公国をセットします。Img_7093001

214km。

2時間半。これなら日帰りできますね。

気持ち良いドイツ・秋空のアウトバーン。

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快調に時速220km巡航。

ドイツで運転するときの楽しみの一つです。

ルクセンブルクが近づいてきました。

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こちらがドイツとの国境です。

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国境を越えて、ルクセンブルグの中心へ。

ルクセンブルグ大公国は、神奈川県ほどの大きさ。

人口は50万人。

現在はロンドンに次ぐユーロ圏の第二の金融センターとして、多くの銀行が顔を揃えています。

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こちらがルクセンブルグの駅です。

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ノートルダム寺院。

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ルクセンブルグの見晴し台に車を駐車し

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一枚、写真を撮りました。

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アドルフ橋。

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こちらはルクセンブルグの国旗です。

街で気になったのはこちらの象。

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こちらの象たちは、2010年にロンドンでオークションに出されたのです。

ルクセンブルクで再会できました。

とてもかわいらしかったので、以前のエレファントパレード2010のブログをご覧くださいね。


●2013年9月 ドイツ・イタリア出張⑪ フランクフルトよりミラノへ

おはようございます。

今日は9月25日。東京はあいにくの雨天ですが、今日はクリニックFの診療日です。

昨日はシネロン社の新化粧品部門のプロダクトマネージャーに就任したジョン・ピアソン氏がJMEC西村社長と来院。

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コヒレント⇒日本ルミナス社長としてフォトフェイシャル、ライトシェアなど、約15年前の日本のレーザー市場を作り上げた名機器を販売した人物として知られています。

折しも、シネロン/キャンデラ社では、数年前に、新規素材を用いた化粧品部門を立ち上げたのですが、今年の3月にピアソン氏をエグゼクティブヴァイスプレジデントに就任させました。

彼の手腕が、新天地、シネロン/キャンデラ社の化粧品部門で生かされるでしょうか?

ピアソン氏は今日の朝の便でソウルに向かいましたが、昨晩はイタリアンの会食、さらにカラオケ店までお付き合いいただき、楽しい夜を過ごしました。

今後の活躍がとても楽しみです。

さて、僕のブログ、新国際学会周遊記は、今月頭の出張記の続きです。

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ヴァイスバーデンよりフランクフルト空港までは電車で30分。

空港よりミラノ行きの飛行機に乗りました。

フランクフルト空港は大きくて、過ごしやすいですね。

空港内には、マティーニ・ポルシェや

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新型ジャガーの展示もありました。

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ルフトハンザ航空の模型も展示されています。

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僕は、リモアのアルミのスーツケースが好きで、このフランクフルト空港では、ルフトハンザ航空とのコラボレーション商品が売っているお店があるのです。

しかも、日本で買うのの半額。

前回来たときは、早朝便で店が開いておらず、今回はイタリアに行く便でのトランジットでしたので、泣く泣くあきらめました。

帰り便ではターミナルの移動があり、トランジットの時間が足りないんですよね。

ともあれ、ルフトハンザ便に乗り込み、ミラノに向かいます。

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約1時間半でアルプス山脈を越えて、イタリアはミラノ・リナーテ空港にやってきました。

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こちらはエンポリオアルマーニのロゴが入っていますが、ミラノから近くで、とても利便の良い空港です。

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市内バスで、ミラノ市内に到着です。

この日はACミランのチケットを取っていたので、ホテルに到着次第、すぐにサンシーロ競技場に向かいます。


●2013年9月 ドイツ・イタリア出張⑩ 腰越漁港からの海釣り 古き温泉街ヴィースバーデン

おはようございます。

今日は9月24日(火)。クリニックFの診療日です。

三連休でしたが皆さんはどのように過ごされましたか?

クリニックFは土曜日外来ですので、僕は日曜日と月曜日にお休みを頂きました。

日曜日には3ヵ月ぶりのゴルフに。

そして月曜日は、小学校の同級生で現在耳鼻科医をしている友人と久しぶりに鎌倉市の腰越港から乗合船に乗り、海釣りをしてきました。

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日差しが弱くなってきたとは言いつつも、日焼け止めをたっぷり塗ります。

釣果はこの通り。

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わずか3時間ほどの間に、40cm級のイナダ、シロギス、アジ、マルソウダ、ヒラソウダ合わせて30匹以上も釣れました。

漁師さんが刺身にしたほうがよいというイナダを選んで、自分で三枚におろして刺身にしていただきましたよ。

残りは冷凍庫で冷凍しましたが、煮たり焼いたり今から食べるのが楽しみです。

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さて、僕のブログ「新国際学会周遊記」は今月頭に滞在したドイツはライン川マインツの隣の都市。

ローマ時代から栄える古き温泉街ヴィースバーデンについてです。

ドイツ語で“バーデン”とは入浴するという意味があるのですよね。

本当は滞在型スパ施設や、併設クリニックなどがある、ドイツの温浴文化が学べるバーデンバーデンに行きたかったのですが、日程の都合でちょっと難しかったのです。

そんなわけで、マインツからライン川を渡って電車で約15分。

保養とコングレスの街として知られる、ヴィースバーデンにつきました。

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駅の建物が綺麗です。

駅からヴィースバーデンの中心までは歩いて約20分。

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美しい公園を歩いてゆきます。

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こちらはヘッセン州立劇場です。

下の写真はヴィースバーデンにあるカジノ。

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内部も立派です。

長期滞在者が多いのもわかりますね。

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美しい街並みと、ゆるやかに流れる時間。

とても良い場所ですね。

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こちらは町の中心にある市庁舎です。

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随所に旅行者が入浴できる温泉宿があるのですが、残念ながら午後の飛行機で、ミラノに飛ばなければなりません。

フライトに間に合うためには時間切れ。

入浴はできませんでした。


●2013年9月 ドイツ・イタリア出張⑨ ドイツはマインツにて グーテンベルク 合気道道場

おはようございます。

今日は9月21日(土)。クリニックFの診療日です。

今日からまた連休ですね。

昨日は連休前の、しかも5・10日の金曜日ということもあって都心はどこも渋滞でした。

今回の連休はお天気もなんとかもちそうとのことですので、お出かけの方は楽しい休暇をお過ごしください。

さて、数日前の話になりますが、元東海大学病院長で形成外科教授であり、現天神下皮フ科形成外科クリニック院長の谷野隆三郎先生が、クリニックFにいらして下さいました。

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雑誌の対談企画があり、急遽お越しいただくことになったのです。

僕にとって谷野先生は尊敬する大先輩ですので、企画が決まった前日から慌てて院内をあたふたと掃除し、どうにか体裁を整えて(笑)お迎えしました。

この日はその後会食となり、楽しい時を過ごさせていただきましたよ。

そして、僕もより一層頑張らなければと決意を新たにしました。

では、今日も僕のブログ「新国際学会周遊記」にお付き合いください。

今月滞在したドイツはマインツについて。

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マインツは、紀元前1世紀後半、ローマ帝国が築いた軍事拠点であるモゴンティアークムがその起源とされているのだそうです。

その後、フランク王国の支配下に入った時代もあったそうです。

8世紀半ばより、マインツはドイツを統括する首位大司教座の役割を果たすようになります。

1255年には、60以上の都市諸侯などを含んだ、「ライン都市同盟」に参加し、ヴォルムス、オッペンハイムと共に同盟の中心都市となりました。

1356年に成立した金印勅書の中では、7人の選帝侯のうちの1人に選出されました。

こちらがそのマインツ大聖堂です。

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ちょうどミサが行われていて中をよく見ることができませんでしたが、荘厳ですね。

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こちらが後ろから見たマインツ大聖堂です。

通り向いにはグーデンベルグ博物館があります。

マインツは活版印刷の発明者ヨハネス・グーデンベルグの故郷です。

15世紀の大発明である活版印刷は、その後ルネサンス、宗教改革、資本主義、科学革命など人類知的行動の発展に大きく寄与したといえますよね。

そんなグーデンベルグの生まれ育った街を見てみたかったのです。

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こちらがグーテンベルク広場。

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グーデンベルグの銅像が立っています。

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こちらはグーデンベルグ大学だそうです。

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こうした西洋風の街並みの中に、日本の国旗らしきものを見つけました。

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合気道道場ですね。

マインツで師範を持つ人がいるのでしょう。


●2013年9月 ドイツ・イタリア出張⑧ ドイツはマインツにて ワーグナー楽劇「ラインゴールド」

おはようございます。

今日9月18日(水)はクリニックFの診療日です。

本日夕方より、大先輩が来院することになり、久しぶりに院長室の大掃除をしました。

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書籍や資料は山積み、機器がひしめきあって足の踏み場もないような状態だったのですが、なんとかここまで綺麗に?なりました(笑)。

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ちなみにこちら、先日受理された英文論文の参考文献です。

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今は、PDFでたいていの資料を読みますが、一つ論文を書くとこのぐらいの資料が手元に残ります。

自分の論文が出版されたら、すべて捨てられるので楽しみです。

さて、僕のブログ「新国際学会周遊記」ですが、そろそろドイツ~イタリア~ルクセンブルグの出張記を挙げてしまおうと思います。

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今回使用した航空会社はJALでした。

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フランクフルトまでの飛行時間は12時間余り。

フランクフルトではターミナルを電車で移動します。

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こちらの地下からフランクフルト市内への鉄道が出ているのですが、フランクフルトの街は何度も泊まっていますので今回は空港から反対方向のマインツに宿をとることにしました。

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こちらはマインツ駅前。

小さな街です。

駅近くに宿を取り、早めに就寝。

翌朝目が覚めてみると日が昇るところでした。

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少し街を歩いてみます。

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約1kmほど歩くと、ライン川のほとりに出ます。

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途中、「ラインゴールド」というレストランを見つけました。

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「ラインの黄金」は、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」の序章の名前ですよね。

このオペラ4部作、16時間にわたる物語はライン川の河底で始まります。

3人のラインの乙女たちに言い寄ろうとするニーベルング族のアルベリヒ。乙女たちに愚弄されてしまいます。

アルベリヒは河の底に眠る黄金を見つけるのですが、ラインの乙女たちから

「愛を断念する者だけが黄金を手にし、無限の権力を得て世界を支配する指環を造ることができる」

と聞かされるのです。

アルベリヒは愛を捨てて呪い、黄金を奪うのです。

この呪われた世界を支配できる指輪の争奪戦が世代を超えて、次作「ヴァルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」と複雑に続いてゆくのです。

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ライン川のほとりには、クルーズシップが。

こちらマインツは、マイン川とライン川の合流点で河川交易の要所でした。

いつかライン河クルーズに参加したいのですよね。


◆2013年8月ヨーロッパ出張⑭ ベルク城 シュタルンベルク湖 ルートヴィッヒ2世の死の真相 

早朝にオーストリア・ブレゲンツを出発。

この日はドイツ・ミュンヘンを経て、再びオーストリアへ。ザルツブルグに向かいます。

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アウトバーンも時速200㎞オーバーで順調に飛ばします。

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まずはルートヴィッヒ二世の遺体が見つかったシュタルンベルク湖の湖畔に向かいました。

ルートヴィヒ二世は1886年6月11日に、ノイシュヴァンシュタイン城で精神疾患をきたしているとして捕らえられ、翌朝そのままシュタルンベルク湖畔のベルク城に幽閉されてしまいます。

二日後の6月13日夕方ルートヴィヒは精神科医グッデンと散歩に出かけますが、そのまま二人とも戻らず溺死体として発見されるのです。

彼が本当に精神疾患を患っていたかどうかについては医師の間でも議論が分かれるところですが、僕はこの旅で実際彼の作り上げた城を見学し、その執着気質からくるあまりに精緻すぎる内装を見て、もし彼がここまでのこだわりをもった妥協を許せない性格であったならば、この時代・この国の国王としてはさぞ生きづらかったことであろうとふと思いました。

プロイセンやオーストリアなどの列強が争い合う時代に、バイエルンの立憲君主国家の国王として国家の存続がかかるのは、相当なプレッシャーだったことでしょう。

ワーグナーという年上の友を得て、彼に傾倒し、芸術に没頭するのもわかる気がしました。

もちろんそんな彼であったからこそ、こうして何世紀を経てもなお色褪せることのない大きな財産を残すことができたということも言えますよね。

ノイシュバンシュタイン城で、

「私は大学で学び始め学問の面白さを知った途端、父の死により学問から引き離された。私には経験が不足していた。」

という趣旨の大学の教授に宛てた手紙の文章を読んだのですが、物悲しさを感じましたね。

そして、運命の螺旋が織りなす歴史の興味深さも同時に噛みしめました。

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車で通り過ぎてしまうような細い道に、この看板を見つけました。

深い森を歩くこと15分ぐらい。

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湖面が現れました。

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こちらが彼を弔う十字架です。

夏の暑い時期でさえ、ちょっと寒気がするような場所でしたよ。

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正面には彼を弔う礼拝堂があります。

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この場所を訪れることができてよかったと思いました。


■2013年5月ドイツ出張⑭ ライプティヒにて セントトーマス教会 ニコライ教会

ライプティヒ2日目。

朝食を食べたホテルのレストランで、このようなディスプレイがありました。Img_2426

楽器を並べてディスプレイにするなんて、発想が素晴らしいですね。

バッハがオルガ二ストとして勤務したトーマス教会で合唱があるとのことで、朝から出かけてみました。

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こちらがトーマス教会。

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バッハの立像もあります。

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日曜日朝10時からの合唱には多くの人が集まっていました。

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街中でこのようなイヴェントがあるのもキリスト教の国家ですよね。

トーマス教会の中にはバッハのお墓があります。

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以前来た時も訪れましたが、改めて一枚写真を撮りました。

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ライプティヒの街を歩くと不思議な建築物も多く、とても楽しいのです。Dsc00088

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ちょうどこの日は、キリスト教の復活祭にちなんで黒の入った装束で集まる企画をやっていたようで、街中にはこのような服装の人たちが沢山いました。

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ホンダのオートバイですね。

さらに、近くのニコライ教会に足を延ばします。

1989年の東西ドイツの統合のきっかけになったベルリンの壁崩壊は、こちらのニコライ教会で月曜日に行われていた祈祷集会が民主化要求デモにつながったのです。

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ちょうどお昼のミサが始まるところ。Img_2470

パイプオルガンの演奏が素晴らしく、印象に残りました。

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こちらにもバッハの胸像がありました。

ライプティヒはクラシック音楽が生まれた街の一つです。

それは、現在まで脈々と続く人類の歴史と文化を肌で感じられる場所の一つでもあるということです。


■2013年5月ドイツ出張⑩ ベルリン中央駅 来日中の京劇三国志

おはようございます。

今日5月31日(金)はクリニックFの診療日です。

都心は朝から気持ちの良いお天気ですね。

昨晩、中国から来日中の「京劇三国志」を観に行きました。

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ご縁あって、中国国宝の趙永偉さんのお知り合いにご紹介いただいたのです。

奥さまが日本人なのですよね。

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中国国宝の趙永偉さんは、今回、趙雲子龍と関羽雲長の一人二役をされました。

幼少のころから鍛え上げられた演技は素晴らしかったです。

終了後、舞台裏に通していただきました。

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こちら、関羽雲長の衣装。

重さは15kgもあるのだそうです。

「三国志」は日本でも中国でも人気のパフォーマンスだと思います。

なんといっても数多くの登場人物たちがそれぞれ魅力的、個性的で、例えばあいつは劉備のような徳はあるが優柔不断だとか、張飛のように行動力はあるが軽率だとか、関羽のように理性的で思慮深い、などと身の回りの人に当てはめやすいのです。

経営者仲間も三国志が好きな人が多いので話題には事欠きません。

僕が好きなのはなんといっても、軍事にも戦略にも優れ、詩歌を諳んじ、戦乱の世で頭角を顕した曹操です。

長いこと中国では曹操は敵役として描かれてきましたので、この京劇では悪役扱いでした。

日本人にとっての三国志は、吉川栄治の著作。

まあ、人によっては横山光輝の長編漫画という人もいると思いますが、曹操は非常に魅力的な人物として描かれています。

事実、冷静に考えても曹操は諸葛亮孔明と並んで、おそらく三国時代で最も優秀な人物だったのでしょう。

もっとも、最近では中国での曹操の評価も徐々に変わってきているようです。

数年前の、映画「レッドクリフ」で周瑜を演じたトニーレオンは、本当は曹操を演じたかったとインタビューに答えていたのが印象的でしたよ。

さて、今日も僕のブログは、先日滞在したドイツはベルリンのお話です。

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こちらベルリン中央駅。

以前来た時は工事中でしたので初めて見ましたがが、きれいな建築物ですね。

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構内の商業施設も、デパートのようなラインアップです。

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構内にはベルリンにちなんだお土産屋さんや

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各種ビールに合わせて作られたグラスなども売られていました。

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銘柄を合わせて飲むのは楽しそうですね。

僕は寿司のお弁当を一つ買って電車に乗り込みました。

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数年前には考えられませんでしたが、寿司が世界で流行ってくれて本当に良かったな、と思う瞬間です。

お米を食べると安心します。

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さて、電車はライプツィヒに向かいます。

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■2013年5月ドイツ出張⑨深夜のパリ便

おはようございます。

今日は5月29日(水)。クリニックFの診療日です。

昨晩は診療後、広尾に向かい、イタリアンレストランのアッピアで会食を兼ねた打ち合わせがありました。

昔から興味があったある仕事が実現しそうです。

また具体的なお話ができる日が来ましたら、ブログでご報告させていただきますね。

さて、今日のブログ「新国際学会周遊記」は、先週まで滞在したドイツについて。

日本を飛び立った日のお話です。

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土曜日の診療を終えて、成田空港へ。

夜10時にパリに発つエールフランス便があるのです。

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この時間の出発ですと、離陸してすぐに眠りに落ちることができますので便利だなあと思っていたのですが、パリに到着してみるとなんと朝の3時。

この通り誰もいません。

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パリのシャルル・ド・ゴール空港は、最近拡張工事がされていますので、行くたびに形が変わります。

ベルリン便の搭乗は、朝の6時半です。空港のラウンジも、開くのは朝6時から。

一冊本を取り出し読み始めましたが、あっさり読破してしまい時間を持て余してしまいました。

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そうしてる内に夜が明けてきました。

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エールフランスの機体が沢山見えます。

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ちょっと小雨の降る中飛行機はベルリンへ。

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到着したベルリンは晴天でした。

これからドイツを南に向かって縦断します。


■2013年5月ドイツ出張⑦ 無事に帰国しました

本日朝8時半に無事帰国し、クリニックFで外来をしています。

一週間のお休みを頂いていましたので、朝から大忙しでしたが、ようやく一息つきました。

出張中はご迷惑をおかけしました。

今回のドイツ出張には、エールフランスを使いましたので、パリCDG空港経由。

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航空機にディレイがあったものの、初めてのA380の機体に個人的には大満足でした。

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国際学会周遊記のドイツ編は来週から書き始めようと思います。


■2013年5月ドイツ出張⑤ミュンヘン空港で。 近代芸術の始祖としてのワーグナー

一昨日バイロイト祝祭歌劇場で行なわれたワーグナー生誕200周年記念式典に出席し、パリ行きの飛行機に乗るため、ミュンヘンに移動してきました。

ミュンヘンは、ワーグナーを後援したフリードリッヒ2世の住居があった場所。

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こちらの中央がフリードリッヒ2世。

手前の胸像がワーグナーです。

予定を詰め込みすぎて少々慌ただしかったドイツ出張でしたが、これから帰国です。

昨日記念祝典が行われたバイロイト祝祭劇場(Bayreuther Festspielhaus)は、ドイツ・バイロイトにある全館が木造のオペラハウスです。

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このオペラハウスは、リヒャルト・ワーグナーが「ニーベルングの指環」全4話を始めとした自身の作品の上演を目的として計画・設計し、バイエルン王ルートヴィヒ2世の後援を得て1872年に着工、1876年に完成しました。

現在でもワーグナーの子孫達が経営する特別な場所として知られます。

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こちらのお二人ですね。

7月から8月にかけて開催されるバイロイト音楽祭のチケットは、ドイツのワーグナー協会に入会しても、最低8年は待たされるというプラチナチケット。

僕も毎年ドイツに申し込みをしていますが、一度も通知が来た事はありません。

中学生のときにワーグナーを初めて聴き、衝撃を受けて以来、30余年の月日が経ちました。

いつかはこのバイロイト祝祭歌劇場の中で音楽を聴いてみたいと思っていたのですが、ついに生誕200周年という記念すべき年・記念すべき時にそれが叶いました。

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ワーグナーは、音楽家として近代舞台芸術を完成させた人物であるとも言われています。

祝祭歌劇場の内部をよく観察するとわかるのですが、馬蹄形の欧州の劇場というよりは、むしろ現在の映画館に近い階段型の劇場。

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さらに、通常は舞台目の前にあるオーケストラ•ピットが客席と舞台の下に配置されており、客席から見えないようになっているのです。

写真の舞台の前に、小さなピットの隙間が見えますか?

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オーケストラのスタッフが私服で演奏するのも、舞台の脇役に徹しているからこそ。

裏方も演者も、そしてもちろん観客も、この場に集うすべての人間が舞台に集中する事が出来るように、という配慮が随所に込められていることが、ここに来るとよくわかります。

先に書いたように、この劇場はゼンパー案が元になっていると言われています。ワーグナーが「盗用した」という説もありますが、それでもワーグナーがいなければこの劇場が完成しなかったこともまた事実です。

帰国後、こちらの記念式典の動画を見つけました。いつまでリンクがあるかわかりませんが、お楽しみください。

テレビや映画館の原型のような歌劇場を、ワーグナーの設計で作り上げたという訳です。

ハリウッドの監督も、揃ってバイロイトに見学に来ると言います。

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肝心の200周年特別記念演奏会の題目は

指揮 クリスティアン・ティーレマン

歌手 エヴァ・マリア・ヴェストブルック(ジークリンデ)

    ヨハン・ボータ(ジークムント)(リエンツィ)

    クワンチュル・ユン(フンディング)

曲目 楽劇「ワルキューレ」第一幕

    休憩

    楽劇「リエンツィ」序曲とリエンツィの祈り

    楽劇「神々の黄昏」ライン川と葬送行進曲

    楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」前奏曲

でしたよ。

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ワーグナーは思想家としても著名であり

「神は死んだ(も同然だ)(God is as good as dead)」

というドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェに多大な影響を与えました。

イギリスのターナーに始まる風景画の画家は神と宗教から離れることで芸術を完成させ、モネなどの印象派の流れを作りますが、ワーグナーは宗教や神と乖離する事によって成熟した現代芸術の始祖とも言えるのです。

今回一緒に旅行したワグネリアンの研究者仲間の言葉を借りると

「ワーグナーの業績は、レオナルド・ダ・ヴィンチに匹敵する」

と。

ここまでファンを心酔させる作曲家という意味でも、ワーグナーは他に類を見ないのではないでしょうか。

ワーグナーのためにバイエルン王国の財政が傾き、そのためドイツ統一が加速した・・・と言う歴史家も少なくないそうですが、彼の作品にはそういう人を熱狂させ、時に狂わせてしまうものがあるんですよね。

そんなワーグナーは晩年に、13作目の最後のオペラで「パルジファル」という神についての舞台を書きました。

今回ワーグナー生誕の地ライプツィヒでパルジファルを観る事が出来ましたが、本当に夢のような素晴らしい体験でした。

パリ行きの飛行機の時間が来ましたので、続きはパリで書きたいと思います。


■2013年5月ドイツ出張④ゼンパー・オーパー(Semper Oper) ワーグナー生誕200周年前夜祭

おはようございます。引き続きドイツからブログを更新しています。

今日のお昼には、こちらで企業と打ち合わせがありました。また、夕方メールをチェックすると、2013年3本目となる英語のレーザー論文が通過したと知らせがありました。

「Journal of Biomedical Optics」 という工学系のレーザー学会誌です。

マイアミで通過したキー論文があることで、ここ数年レーザー研究の成果が論文としてアクセプトさせやすくなり、徐々にですがこれまで一生懸命やってきたことが少しずつ少しずつ実を結び始めました。

何事も時間がかかりますが、その分しっかりと根を張っていきたいと思います。

昨年10月にも英文論文が通過していますので、ここ7ヶ月で英文論文だけで4報通過した事になります。自己最高新記録ですね。

束の間の喜びの後は再度気を引き締め、弛まぬ努力を肝に銘じ、研究をより頑張っていこうと思います。

さて、僕が今ドイツのどこにいるかと言うと・・・

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ドレスデン歌劇場に移動し、ワーグナー生誕200周年前夜祭にやってきました。

通称「ゼンパー・オーパー」。

建築家ゴットフリート・ゼンパーによって1838年に建設された、見事な歌劇場です。

この劇場はワーグナーが1843年から1849年まで指揮者を務めており、「タンホイザー」などの初演の地。

ワーグナーと深い親交のあった建築家であるゼンパーは、ドレスデン美術館やウィーン宮廷劇場の設計を手掛けたことでも有名です。

ワーグナーがゼンパーによって受けた影響、ゼンパーがワーグナーによって受けた刺激が、ドイツにおけるオペラ史を確固たるものとし、それによりドイツ史における様々なケミストリーが起きていったことは想像に難くありません。

ワーグナー聖地のひとつ・バイロイト祝祭劇場は、かつてゼンパーが設計したミュンヘンの歌劇場案を元にしていると言われています。

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僕にとってヨーロッパ出張の楽しみはなんと言っても夜のエンターティメント。ミュージカルやコンサート、そしてオペラ鑑賞です。

今回はワーグナー一色の旅ですので、毎日オペラにどっぷり浸かっています。

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夕方7時。

ゼンパー・オーパー前の広場には、記念祝典のため数多くの人が集まってきました。

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「ローエングリン」、「タンホイザー」、「リエンツィ」とワーグナー・オペラのハイライトをクリスティアン・ティーレマンが振り、ドレスデン交響楽団が演奏し、

今世紀最も人気のあるヘルデンテノール(独: Heldentenor)(ワーグナー作曲の歌劇・楽劇における英雄的な役どころを演じるのに適した声質をもつテノールのこと)であるヨナス・カウフマンが歌いました。

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この歌劇場は内装も素晴らしいのです。

戦時中に破壊され、東ドイツの時代には修復出来なかったのですが、2005年に完全修復がなされました。

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この美しさ。

写真では伝えきれませんが、官能の空間です。

本当に素晴らしい。

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この日の演奏もあまりに感動して、ホテルに戻るときには思わず鼻歌がでてしまいました。

本当にワーグナーのオペラは完成度が高く、素晴らしいですね。

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こちらは翌朝の新聞。

ヨナス・カウフマンと、指揮者クリスティアン・ティーレマンの写真が大きく掲載されていました。

さて、今夜はいよいよ世界のワグネリアンが集結する聖地バイロイトにて誕生祭です。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月⑧ ケルン大聖堂

ケルン中央駅を降りると、目の前に大聖堂の側面が現れます。

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157mと聞いていましたが、正直、それが実際の大きさと完全に結びついていなかったようで、こんなに巨大な塔だとは・・・というのがはじめて訪れた感想でした。

畏敬の念をここに来た誰もが抱かずにいられないような、そんな建造物です。

まずは中を見学です。

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素晴らしい聖堂です。

こちらの右手には大きな見事な装飾のステンドグラスがあります。

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キリスト教の教義が説明されたこのステンドグラス。

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こちらはバイエルン王ルートヴィヒ1世が奉納したので、「バイエルン窓」と呼ばれているそうです。

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こちらはシュテファン・ロホナー作の「大聖堂の絵DomBild」です。

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さらに、こちらの中央の祭壇には

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世界最大の黄金細工の棺に

「東方三博士の聖遺物」がおさめられています。

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建物の外に出ましたがあまりに大きく、広角カメラの写真に納まりません。

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少し離れてもやっとこの程度。

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苦労して台に乗って、やっと全体像をとらえました(笑)。

この近辺はホーエ通りといって、高級ショッピングモールがあるようで、装飾がきれいでしたね。

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大聖堂の周りを数回廻ったのち、フランクフルトに向かう列車の時間が近づいてきました。

駅で電車を待つ間、こちらのソーセージ屋さんで軽食を取りました。

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ソーセージがぷりぷりして、おいしかったですよ。

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ケルン中央駅からフランクフルト空港に向かいます。

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こちら1月1日夜のフランクフルト空港。

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向かう先はパリのシャルルドゴール空港です。

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暫しの間、ドイツ語圏とはお別れです。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月⑦ ケルン大聖堂を観にケルンへ日帰り

おはようございます。

今日2月6日はクリニックFの診療日です。

クリニックFには、現在海外在住の日本人で、帰国のたびに定期的に肌のメンテナンスされる方が何人もいるのですが、今日の朝も海外在住の方でした。

白人の国で施術を受けるのは難しいのは予想できると思うのですが、同じアジア人の中でも、肌の質は国によって大きく違います。

日本人の肌は、韓国人や中国人などの大陸系アジア人の肌に比べて繊細で、強いレーザー施術を受けた後のトラブルも良くあります。

レーザーによる肌質改善も、日本人用のパラメーターが必要になりますので、海外で施術をされる機会がある方は慎重にされたほうがいいと思います。

さて、僕の国際学会周遊記は、年始に訪れたドイツの話。アップしてゆきますね。

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昼過ぎに美術館を出たのですが、パリ行きの飛行機は夜20時。

行き先をしばらく考えて、ケルンの大聖堂を観に行くことにしました。

ちょうど1時間ばかりでケルンに移動できるのです。

ケルンの大聖堂は、

ロンドンのウェストミンスター寺院

ミラノのミラノ大聖堂

パリのノートルダム大聖堂などに並ぶ、ゴシック形式の代表的な建築物。

世界最大級の建築物でもあり、僕も是非、一度観に行きたかったのです。

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フランクフルトの駅から高速鉄道(ICE)の切符を買います。

自動販売機で列車の細かい指定までできるのには驚きました。

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こんな鉄道です。

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ライン川沿いの豊かな田園風景を楽しみながら、一時間半ぐらいだったでしょうか。

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ケルンの中央駅にやってきました。

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目の前を観ると大きな聖堂があります。

思ったよりもはるかに巨大です。

次のブログで。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月⑤宴の後 欧州中央銀行 歌劇場 ゲーテハウス

翌朝、ホテルを出てまず目に付いたのが、新年を祝った爆竹や花火の残骸。

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シャンパンのボトルもありますね。

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宴の後。

さて、あいにくの雨模様でしたが、元旦のフランクフルトを歩いてみることにしました。

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駅前のカイザー通りを歩き始めます。

こちら、フランクフルト歌劇場です。

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そして、レーマー広場。旧市庁舎が後ろに見えます。

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こちら渦中のユーロを統括する欧州中央銀行です。

建物の前には、多くのテントがあります。

抗議のテントなのでしょうか。

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フランクフルトといえば、ドイツを代表する文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが生まれた街。

1749年8月28日のことだそうです。

ゲーテといえば「ファウスト」や「若きウェルテルの悩み」「ヘルマンとドロテーア」が有名ですよね。

ゲーテの詩は、クラシック音楽とのかかわりも深いです。

先日ニューヨークで観たグノーのオペラ「ファウスト」もそうですし、このブログでも登場したベルリオーズのオペラ「ファウストの劫罰」もゲーテの著作が題材ですよね。

そして、シューベルトによる歌曲。

「魔王」「野ばら」「糸をつむぐグレートヒェン」「ガニメデ」などシューベルトが生涯作曲した600曲もの歌曲のうち70曲ほどがゲーテの作品に付けられた曲なのだそうです。

こちらは第二次世界大戦で破壊されたのち、再現されたゲーテの生家だそうです。

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ゲーテハウスと書いていました。

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残念ながら1月1日は閉館日です。

ゲーテはフランクフルトでの名門の生まれでした。16歳の時にライプツィヒ大学法学部に学ぶことになりますが、以前のブログにも書きましたが、ファウストの登場舞台や登場人物はライプツィヒに出てきます。

そしてこちらはパリのオペラ座をモデルにしたと言われるフランクフルトのアルテ・オペラ。

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こちらは、ロンドンで観たミュージカル マイケル・ジャクソンのスリラーをやっているようです。

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滞在が長ければぜひ、こちらでオペラを観たかったですね。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月④ フランクフルトへ 爆竹、花火

ケニアとドバイから東京に帰国した翌日、2011年の大晦日。

僕はまた成田空港に向かい、フランクフルト行きの飛行機に乗りました。

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約13時間の飛行ののち、現地時間の31日16時に到着。

ちょうど着陸態勢を取った時に、日本が新年を迎えたんですよね。

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さすがに31日だけあって、フランクフルト空港に人がいません。

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電車に乗って、とりあえずフランクフルト中央駅へ。

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17時過ぎにつきましたが、あたりはもう真っ暗。

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フランクフルト駅前のホテルに一泊しました。

新年のため、ホテルの窓からは花火の光や爆竹の鳴る音が聞こえましたよ。


新国際学会周遊記

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