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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

ハトシェプスト女王の葬祭殿

Photo_6 その後、ハトシェプスト女王の葬祭殿に移動しました。ハトシェプトはエジプト初の女王として夫のトトモス二世の後に自らファラオになった女性です。紀元前1500年にファラオとして即位しました。

王家の谷で発見され、その場所に100年近くも放置されていたひとつのミイラがあったのですが、実に昨年、2007年の初夏に、DNA鑑定により、このミイラがエジプト史上最も有名な女王、ハトシェプストであったという衝撃的なニュースが世界を駆け巡りました。

僕はエジプトの最終日にカイロの考古学博物館の特別室でこの女王のミイラに対面しましたが、感無量でしたよ。

Photo_7 この葬祭殿はなんと言っても巨大です。最初は遠くに見えた神殿が、歩けども歩けども近づきません。

Photo_8 上の写真では小さく見えている神殿の二階にはこのような約4mもある巨像の彫刻がなされています。

Photo_9 一階の柱の奥には、このような壁画が大量に残っています。天井には満天の星を模した彫刻がありました。雨の少ないエジプトとはいえ、こうした色彩が数千年にわたり、残っているのは本当に驚異的です。

Photo_10僕のエジプト上陸の初日はナイル河に沈む夕日で終わりました。写真には写っていないのですが、右手には王家の谷が見えるパノラマなのです。

とうとうとナイル河の先に沈んでゆく夕日を見ましたが、生涯の記憶に残る、すばらしい情景でしたよ。


ルクソールへ

Photo カタール航空でドーハからルクソールへ。いよいよ国際学会周遊記の第6大陸目のアフリカに移動です。

ドーハからアラビア砂漠を越えて、写真は紅海の真上です。いよいよエジプトへの第一歩です。

Luxor約3時間かけ、ルクソール空港に着きました。

ルクソールはかつてテーベと呼ばれたエジプト中王国、新王国、さらに末期王朝の一時期に首都として栄えた街です。紀元前20世紀。つまり今から4000年も前の都市なのです。驚きですね。Photo_2

この日はルクソールの西岸を見学しました。この写真の後ろに写っている二つの巨像はメムノンの巨像と呼ばれています。この座像は新王国時代の絶頂の王、アメンホテップ三世のもの。

残念ながら修復中でした。

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そして待ちに待った王家の谷へ。2月という冬の時期とはいえ、灼熱の太陽が谷を照らします。

ピラミッドを作った古王国時代の後、新王国時代になって、ファラオたちはルクソールの西岸の奥深い谷に死後の安住の地を求めました。この谷には有名なツタンカーメンの墓を含む、約60ものファラオの墓があります。

Photo_5 ファラオの墓は、現在十数か所公開されているのですが、残念ながら中の写真を撮ることを許されていませんでした。僕はツタンカーメンの墓を含め、四つの墓の中を見学しました。

この写真はトトモス三世の墓の前ですが、この墓の中の装飾は特に色彩が美しく、とても数千年も前に残されたとは思えませんでした。


エジプトから帰りました!

エジプトから関空経由で先ほど帰りました。エジプトは通信状況が悪くてネットの接続も極めて難しく、メールの確認ができたのはエジプトに入ってから4日後・・・という状態。ブログをあげることは全くできませんでした。

「生きてるのか!!??」

と、心配してメールくださった方々、ありがとうございました。ご心配おかけして申し訳ありませんでした。

Img_3196今回のエジプトでは、カイロ大学でレーザーの講義をしてきました。 

Img_3220ピラミッドの夜景も見学できました。

Img_3255一週間でめぐった遺跡は数多く、入場券だけでもこんなにもらいました(笑)。

帰国はまたカタールと関空経由でしたので約36時間あまりかかりました。今日はさすがに疲れましたので、明日以降、少しずつブログで国際学会周遊記、アフリカ体験を報告してゆきたいと思います。


カタール上陸

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関空を夜中に飛び立ち、12時間かけて、カタール空港に早朝到着。この地DOHAはワールドカップ“ドーハの悲劇”で、日本人には忘れられない土地ですよね。

窓の外は見渡す限りの砂漠なのですが、白い靄がかかっていて、地形が読めません。いったいどんなところなのでしょうか?

しかしこのカタール航空初めて乗りましたが、「オイルマネー」のおかげか、ほぼ新品!?というエアバスA321の機体でした。安全面とサービスは良いと思いましたよ。

これから古代エジプトの首都であり、王家の谷があるルクソールへと向かいます。


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