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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

8年前 カイロ大学のレーザーセンターで

懐かしい。

Egypt

8年前の写真です。

カイロ大学のレーザーセンターで講演させていただいた時です。

このギザの三大ピラミッドはカイロの街中にあるのです。

こちらのスフィンクスの視線の先にはケンタキーフライドチキンのお店があります。
今までもマチュピチュやイースター島、万里の長城などいろいろな史跡を訪れましたが、個人的にはピラミッドに比肩できるものはありませんね。


カイロ博物館

037エジプト最終日はフライトまでの午前中にカイロ博物館に行ってきました。

033カイロはいつも交通渋滞で移動がきわめて難しいのですが、この日は安息日。

036車もなかったので、ホテルからナイル河のほとりを歩いて博物館まで行きました。

032 写真はカイロタワーとオペラハウスです。

カイロ博物館は「ツタンカーメンの黄金のマスク」があることで有名です。マスクと対面しましたが、確かにあれは値段が付けられませんね。メッキではなく、ものすごい量の黄金と輝石が使われています。

特別室にはラムセス二世のミイラをはじめとして歴代のファラオのミイラが安置されていました。残念ながら写真を撮ることは許されていなかったので、写真はありませんが…。

実はこのカイロの博物館は、2011年にギザ地区に移転するのだそうですが、その移動費の約700億円のうち、半分が日本のODAで支払われるのだそうです。皆さん、知っていましたか?

世界遺産に対してODAを使用するのは基本的に賛成ですが、300億円という巨額な金額を気前よく支払うのであれば、せめてODAの使い道を国民に知らせてほしいと思いましたよ。 

ともあれ、これで僕のアフリカの旅は終わりです。体力を使いましたが、素晴らしい体験ができました。

帰国後は翌日から診療ということになります。


エジプトのレーザー・クリニック訪問

057 エジプトのレーザークリニックの見学に行きました。

058このクリニックはエジプトの繁華街のビルの上にあります。

059街合室は素晴らしくきれいでしたね。

060パンフレットも、クリニック自前のものを用意しています。イスラム語でしたが…。

062Dr.Salemはエジプトでもかなり成功しているドクターで、カイロ市内の二つのクリニックを行ったり来たりの生活をしているそうです。

彼は僕と同じEADV(ヨーロッパ皮膚科学会)の学会員でしたし、オフィスには僕がアファームの講演したタイの061

流暢な英語も喋りましたので、お互い仲良くなりました。

僕の訪問にあたって彼は外来を一時止めてくれて、一時間以上にわたりレーザー機器のディスカッションと情報交換をしましたよ。

レーザーオタクの語らいに国境はありません(笑)。

この写真の後ろにはアファームが見えますね。エジプトでは唯一のアファームだそうです。


講義風景

046エジプトのドクター相手にカイロ大学でレーザーの講義を行う日本人は、開校以来僕が初めてなのだそうです。大変光栄です。講義は約一時間余り。写真をいくつか撮ってもらったのでご紹介します。  044 047 054

最後はドクターが集まって記念写真を撮りました。とてもよい経験をさせていただいたと思っています。


カイロ大学でのディスカッション

039 カイロ大学の皮膚科学教室で、二人の教授たちと打ち合わせをしました。エジプト人は肌の色が日本人に近いので、パラメーターなどが非常に似通っていて、良いディスカッションとなりました。

040この打ち合わせ中に、「このような症例写真が見たい」とリクエストがありましたので、大学のPCからインターネット経由で自分のGOOGLEサイトから症例写真を取り出し、プレゼンに加えました。便利な時代になりましたね。あくまでネットがつながる環境にあればですが…。


NILES 国立レーザーセンター

034  このカイロ大学の敷地内に、NILES(National Institute of Laser Enhanced Sciences)という中東最大のレーザー教育機関があるのです。 

035古めかしいですが、威厳のある看板があります。

036置いてある機器は、赤みのあるあざなどに効果のあり、ダイレーザーとヤグレーザーの複合機であるCynosure社 Synergyなど、世界でも最新鋭の機械がありました。

エジプトでのレーザーのニーズは、シミあざ、そして脱毛といった、90年代の日本のレーザーのニーズが中心でしたね。

037CUTERA社のクールグライドもありました。

中東最大といっても、実際にはレーザーの数は、クリニックFの方がそろっているかもしれません。

038ドクターたちとも歓談しました。 ちなみにこのディビジョンの教授は女医さんでした。パラメータの設定など、とても詳しく、プロ意識を感じましたよ。 


カイロ大学

028  観光ばかりしてきたように見えますが、ちゃんと仕事もしてきました。今回はカイロ大学でのレーザーの講義の仕事があったのです。

030カイロ大学は1908年に設立された大学で、ムスリム宗教教育の最高学府であるアズハル大学に対抗して設立された大学です。アズハル大学と並ぶエジプトの最高学府であり、医学部もあります。

小池百合子元防衛大臣や、イラク元大統領のサダム・フセインもこの大学の出身者であるとか。

032ちょうどお昼の時間についたので、学内を学生がたくさん歩いていました。


ピラミッドの写真

064_3 エジプトらしいピラミッドとラクダの写真です。

このピラミッドはカフラー王のピラミッド。

高さ143mで表面の化粧岩が残っているのが特徴です。

エジプトでもっとも美しいピラミッドと呼ばれているそうです。


ギザのピラミッド

049ほとんど眠れずにギザにつき、そのままピラミッドへと直行。

ピラミッドはとにかくでかいですね。

053写真のクフ王のピラミッドは4500年前の古代エジプト王国第4王朝の時代に造られたのですが、悠久の歴史を考えても、そのインパクトや感動を伝えるのには表現するのに言葉では足りません。

最下層の石の高さがほぼ160cm平均的な女性の身長に近いですよ。その高さは推して計るべし。

111カメラも28mmと広角のレンズを持っていったのですが、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の三大ピラミッドを同じフレームにとるのも難しいぐらい大きく、距離も離れています。

027ピラミッドの内部はそれぞれ違います。

写真は赤のピラミッドの内部ですが、井戸のような深い穴を、腰をかがめて下ってゆくのですが、なかなか終着駅に着きません。永遠と穴が続くような気持ちになって、恐ろしい感じがしました。

 


夜行列車でカイロへ

004  アブシンベルから再び同じ砂漠の道を乗り合いバスで北上し、アスワンに戻ります。

今回はあまり予算がなかったため、通常は飛行機でアスワンからカイロに行くようなのですが、夜行列車でカイロに向かうことに…。約1000kmの旅です。

002一等の客席だとは聞いていたのですが、予想どおり、こんな感じの古い電車でした。

一晩、あまり眠れずに過ごしました。

エジプトといえば、是非ともアブ・シンベル大神殿にと思っていたのですが、まさかこんなに遠いとは思いませんでした。

エジプトは巨大な砂漠の国ですね。


アブ・シンベル大神殿の秘密

  アブシンベル大神殿は、ラムセス二世が総力をあげて建てたものですが、実はある秘密があります。

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ラムセス二世の誕生日である2月22日の朝一番で神殿に行くと、朝日が入口から60m奥にある至聖所の中に届くのです。

僕がアブシンベル神殿に訪れたときは、偶然にもその3日前の、2月19日でしたので、聖なる日とほぼ同じ状態でこの現象を見ることができたのです。

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朝一番に行くと、続々と世紀の瞬間を見に多くの人が集まり、神殿の中に向かってゆきます。

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砂漠の中ですので、早朝はとても寒い。ほぼ日本にいるときと変わらない服装で日の出を待ちます。

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神殿の中で待っているうちに、いよいよ朝日が昇ってきました。期待が高まります。

043そしていよいよ日の出の時がやってきました。

暗い洞窟内に、一本の光が差し込み、奥の神体を照らすと、場内に歓声が上がります。

四人の像は、左から冥界神のプタハ神、テーベの守護神のアムン神、ラムセス二世、そして太陽神のラー神です。ラムセス二世は神々との間に並ぶことで、自らを神格化したのです。

22日にはラムセス二世の像を中心にラー神とアムン神が朝日に照らされます。プタハ神は冥界の王ですので、朝日が差し込むことはないのです。この日はラムセス二世を中心にラー神の半ばまで日が差し込みましたね。

古代の人の知恵に驚くばかりです。

実は、この神殿は1970年にナイル河に建設されたアスワンハイダムによってせき止められたナイル河の水脈(現ナセル湖)により水没の危機にありました。アスワンハイダムは定期的に洪水を起こすナイル河の天災を防ぐ目的で建設されたのです。

この人類の宝ともいえる貴重な文化遺産を残そうというユネスコの国際キャンペーンにより、アブシンベル神殿は寸分たがわず同じ方位のまま、60m高位にある現在の場所に移築されたのですが、この計画事体も壮大ですよね。

この国際キャンペーンが逆にアブシンベル神殿の知名度を世界的に上げたともいえるのです。移転工事の様子は博物館の写真に収められていましたが、興味深いものでしたよ。

クリニックFオフィシャルサイトはこちらから


古代の巨大神殿アブ・シンベルへ

051 この日はアスワンに一泊して早朝から乗り合いバスに乗り、延々と続く砂漠のまっすぐな道をひた進み、南下しました。

エジプトへの出張が決まった時に、どうせエジプトに行くのならピラミッドとともに、是非アブ・シンベル神殿を見たいと思い、このツアーに参加したのですが、あまりに距離が遠い。

アスワンから約300km。エジプト最南端のほぼスーダンとの国境に目指すアブ・シンベル神殿があるのです。

005_2 エジプトは2000年に観光客相手のテロがあったのですが、観光客を守るため、警察官が観光バスに一人ずつ同乗するようになったのです。僕たちのバスにも警官が同乗しましたし、道路の要所要所に銃をもった警察が立っており、ちょっと物騒でしたが、観光大国として安全に対する姿勢は評価できると思いましたね。

049 時速110kmで三時間以上も高速で道路を飛ばして、ようやく目的地に着きました。

096 アブ・シンベル神殿は古代エジプト新王国時代のラムセス二世が建設しました。今から約3300年前のことです。

102神殿の入り口には20mもあろうかという、4体のラムセス二世像が並んでいます。

0384体の中央には深さ約60mの神殿があり、その神殿の最深部には至聖所があります。写真で見えるでしょうか?クリックすると拡大できます。


世界最古の医療器具の絵

003 この日はバスに揺られて約5時間。アスワンまでの途中、コムオンボ神殿に立ち寄りました。

夕陽の差し込むなか、プトレマイオス朝(紀元前4世紀)に建てられたコムオンボ神殿を散策しましたが、中に興味深い壁画を見つけました。

0071 それがこれです。写真をクリックすると大きくなりますが、この図がなんだかわかりますか?

この図は、第三王朝時代にジョセル王に仕え活躍した宰相、イムホテプの作成した医療器具の図なのです。

イムホテプは史上初のピラミッドであるサッカラの階段ピラミッドを設計した人物でもあり、この功績の後、古王朝時代には多くのピラミッドが設計されました。彼は同時にすぐれた医師でもありました。死後は「知恵、医術と魔法の神」として神格化された人物です。

この図を見ていると、今でも使用している器具もあります。良く見ると、はさみも描かれていますね。同じ職業を持った者として、彼の功績には、感嘆せざるをえませんでした。

013 小高い丘にあるこの遺跡から、この日もナイル川に沈む夕日も見ることができました。


ルクソール東岸

012 エジプトと日本の時差は7時間です。時差で朝早く目が覚めてしまうので、ナイル河のほとりを歩いてみました。王家の谷が対岸に見えます。

この日はまず、カルナック神殿の中のアムン大神殿をまわりました。

 

055第一塔門を超えると、中庭には数多くのスフィンクスの像が並びます。

031中庭を超えると、20m以上の巨大な柱の中を歩いてゆきますが、まさに圧巻です。

040大列柱室を超えるとトトモス1世(左)とハトシェプスト女王(右)のオベリスクが同時に見られる場所に着きます。僕の横に、横たわっているのが後方に見える二つのオベリスクと同じ大きさなので、この神殿の巨大さがわかりますよね。

次に見学したのが085アムン大神殿の附属神殿として建立されたルクソール神殿。この第一塔門には左右2本の同じ大きさのオベリスクが建っていましたが、今は左だけしかありません。では右のオベリスクは??

聞けば、パリのコンコルド広場に建っているのです。確かにコンコルド広場にオベリスクがありましたね。

083 第一塔門の中に入るとラムセス二世の巨像のある中庭に出ます。

とにかく遺跡の大きいことに驚きました。

この日は、この後乗合バスにのってアスワンまで移動しました。約300kmの道のりです。


エジプト料理

086 エジプトではどんなものが食べられるのか? 出発前には全く想像できませんでした。

今まで、エジプト料理というものに触れたことがなかったのですが、こういった料理です。

047 まず、常に食事に出てくるのはこのようなパンです。ぼそぼそしていて、水分が少ないパンでした。

002エジプト人は酸っぱい味と甘い味が好きなようで、スープの味付けも日本人には少し酸っぱすぎるかなと思いました。コーヒーにも砂糖を何杯も入れて飲んでました。

004ムスリムの国ですので豚肉は食さず、ラム肉と鶏肉がほとんどでしたね。店によっては鳩の肉が出てきたこともあります。 005

米はよく食べられているようです。こんなチキン料理も出てきました。

エジプトはイスラム教の国ですので、街中ではアルコールは飲めません。

023レストランでビールを頼むのですが、STELLAビールが最もスタンダードなものです。味はバドワイザーや東南アジアのビールに似て、薄いですね。

0101_2 ルクソールにはご当地ビールがありました。結構おいしかったですよ。

しかし、こうして写真で見るととても旨そうなエジプト料理。旨そうに見えるものを選んで撮ってきたというのもあるんですが・・・。

実際は帰国してすぐ関西空港で食べたラーメンが旨くて旨くて、

「なんて日本は良い国なんだ!!」

と思いましたよ。

エジプトで3kg痩せて帰ってきました。


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