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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

デンマーク・コペンハーゲン

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フィンランドのサ-リセルカというところのEADV(ヨーロッパ皮膚泌尿器科学会)出席のため、スカンジナビア航空で、コペンハーゲン経由でヘルシンキに入り、イヴァーロ空港からアクセスするという方法で、フライトを予約しました。ところが、フライトの都合で、どこかで一泊必要です。コペンハーゲンとヘルシンキを天秤にかけて、コペンハーゲンで一泊することにしました。機内より、朝焼けに染まる機体です。

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デンマークは九州よりもちょっと大きなとても小さな国です。人口もわずか539万人。グリーンランドが領地に入ります。デンマークで有名なものは、レゴ、童話のアンデルセン、カールスバーグのビール、そしてロイヤルコペンハーゲンの陶器でしょうか?
到着したのは大雪の夜。トランクを引きずって日本時間の真夜中というか早朝に何とかチェックインしましたが、そのまま眠ってしまいました。

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コペンハーゲンはわずか2km四方に見所がまとまっている小さい街です。日照時間5時間あまり。日ごろの運動不足を解消するために、この時間で回れるところを歩きまわろうと思いました。とはいえ、気温はもちろんマイナスで、早朝は寒いです。写真はデンマークの王宮であるアメリエンボー宮殿です。残念ながら、朝早すぎで、見学は出来ませんでした。 左に国旗が翻っていますが、マーグレーテ2世女王が在宮というしるしだそうです。

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有名な人魚姫の銅像まで(ちょっとはずれにあります)3kmあまり歩きました。この像は1913年にエドワード・エッセンという彫刻家によって作られましたが、後に首を切り落とされたり、2003年には爆破までされたりしましたが(そういえばテレビでやっていましたよね)、そのたびに修復されています。思ったよりもはるかに小さな像で災難続きで可哀想になりました。

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ニューハウンの街並になります。暖かかったらさぞかし美しいのでしょう。

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ローゼンボー離宮です。1605年にクリスチャン4世によって離宮として建造されました。以来、王家代々の遺物や、王座、王位を象徴する宝物が、ここに保管され、博物館として一般人の目を楽しませています。

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ちょうど軍隊の鼓笛隊の行進に出くわしました。

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コペンハーゲン大学の王立病院です。デンマークは、自然療法では優秀なリフレクソロジストを多く輩出しています。フェイシャルリフレクソロジーの創始者であるロネさんも、デンマーク出身です。

市内の病院では、西洋医学の医師と、自然療法士が力を合わせて診療にあたっています。現在フェイシャルリフレクソロジーが脳に与える影響を王立の予算で研究中だそうです。顔面の感覚神経路は三叉神経を通しているのは常識で、おそらくかなりの影響があると考えられます。研究の成果が発表されるのが楽しみです。

 

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シティホールです。中ではロックバンドが夜の公演の準備をしていました。夕方には昨日の雪が嘘のように晴れてしまいました。今日は10km以上歩いたと思います。
よく眠れるでしょう。明日はフィンランドに移動です。

 


アーサー王

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ある高名な占い師に、あなたはイギリスのアーサー王と前世で関連があると言われたことがあります。気になったので、アーサー王とはどんな人物だったのか、調べてみました。

アーサー王はブリテンの伝説の王。実在したとも言われるが真偽は不明ですが、完全に否定することも出来ない事実もあります。伝説によれば、アーサーは、「これを引き抜いた者は王となるだろう」と書かれた台座に刺さっていた剣を16歳にしてあっさりと引き抜き、魔法使いマーリンの助けで名君に成長しました。そして聖剣エクスカリバーを携え、円卓の騎士たちとともにブリテンを統一したと言われています。のちに円卓の騎士の一人であるサー・ラーンスロットと王妃グウィネヴィアの恋により、円卓の騎士団の崩壊という大きな挫折を経験します。さらに不義の息子であるモードレッドとの決戦で瀕死の重傷を負い、常若の島アヴァロンに連れ去られて傷を癒すところで、伝説は締めくくられます。

アーサー王の物語をモデルにした著作は多々あります。明治の文豪、夏目漱石が明治38年に発表した初期の作品『薤露行』(かいろこう)は、まさにアーサー王物語をほぼそのままモチーフにしたものです。アーサー王伝説に惚れ込む作家は海外にも多いのですが、アメリカのノーベル賞作家ジョン・スタインベックもその一人でした。1939年、大干ばつと耕作機械によって土地を奪われた農民たちのカリフォルニアへの旅を描いた壮大な作品『怒りの葡萄』でピューリツァー賞、全米図書賞を受賞した人物です。怒りの葡萄は高校生の時に読みました。さらに彼は映画『エデンの東』の原作者としても知られますが、処女作『黄金の杯』などにはアーサー王伝説の影響が色濃いといえます。遂には、アヴァロンとされるグラストンベリに移り住民となりました。

ジョージ・ルーカスの映画『スター・ウォーズ』も神話がモチーフであると言われてきました。いわば、出自を知らずに成長し、使命をおびて故郷を捨てて旅立ち、よき指導者と仲間とともに巨大な敵を破り故郷に凱旋する主人公の物語です。エクスカリバーともいえる聖なる剣であるライト・セイバーを授かるルーク・スカイウォーカーをアーサー王に見立てる説も多くあります。旧三部作ではオビワン・ケノービがマーリンなのでしょう。アナキン・スカイウォーカーの新三部作も最終章でダースベーダーとなって転落する以外は確かに同じ構成ですね。

聖杯と聞くと、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』を思い浮かべます。ハリソン・フォードふんするインディ・ジョーンズが探し求めるのは、キリストが最後の晩餐で使ったとされる聖杯です。ダン・ブラウンの世界的ベストセラーでもある『ダビンチコード』でも聖杯について語られていますね。アラビアのロレンスとして知られるT・E・ロレンスは、聖書とともにアーサー王物語の文庫本をずた袋の中に入れて携帯していたといわれています。ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーは、アーサー王にまつわる2つのオペラ作品を生み出しました。円卓の騎士の一人トリスタンを題材にした『トリスタンとイゾルデ』と、聖杯の探究をテーマにした『パルジファル』です。これだけ多くの作家や作曲家のモチーフになるのはその物語のストーリーが、普遍的に我々に受け入れられるからなのでしょう。

アーサー王とその騎士団が描かれた絵には、その旗印などに赤い竜が描かれています。龍の形をした軍旗としての吹き流しが描かれていることがあります。特に赤い竜は現在UK(英国)のウェ-ルズ地方の紋章となっています。言われてみれば、確かに僕がMBAを取得したWales大学の紋章も赤い竜でした。不思議な縁を感じました。


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