TOP
藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

■イタリア出張2012秋⑰ モデナの街、ミハエル・シューマッハゆかりのレストラン

おはようございます。

今日は12月15日土曜日。クリニックFの診療日です。

朝から曇り空で、都心部は雨も降ってきました。

今週の僕は、今夜も含めて毎日診療後に忘年会が控えています。

そして休診日の明日・日曜日は午前中からお昼にかけて八重洲に行ってきます。

イタリアDEKA社のユーザーズミーティングがあるのです。

午後からは東京アメリカンクラブでデンマークはエリプス社(IP2L)のユーザーズミーティングに出席する予定です。

今年もレーザー一色で終わりそうです(笑)。

年末も近いですので、おかげさまで、クリニックの予約はほぼ一杯。

昨日も何度かスタッフ全員の手が埋まっていて、鳴っている電話に出ることができないときがありました。

ご迷惑をおかけして申し訳ないのですが、クリニックFの医師は僕だけであること、とても小さなクリニックであること、その中で少数先鋭の熟練スタッフで対応してゆきたい・・・というのが僕の方針ですので、どうぞご理解ください。

ちなみに、臨時でクリニックを開くことにした24日のクリスマス・イブは、まだご予約を承る余地があります。お昼に皮膚をメンテナンスして、しっかり上げその日のディナーに備えたいたい!という方は、よろしければぜひ寄ってくださいね。

クリスマスが終われば、26日の午後から僕は最後のアメリカ出張が入っています。

31日夕方に帰国しますが、ダウンタイムの必要な施術をご希望の方は、31日の夕方から夜にかけて順番に予約を受け付けております。

こちらはすでに予約が埋まりつつありますが、ご希望のある方はご相談ください。

残り少ない2012年を集中力を切らさず、頑張ってゆこうと思います。

さて、ブログ「新国際学会周遊記」は先月訪れたイタリアブログの続きです。

*********************************************

明けた翌日。

パルマから一つ隣駅、モデナにやってきました。

Img_0402

イタリアは現在でも北部の工業地帯と、南部の農業地帯と国の中に生活水準の大きなかい離がある国です。

もともとイタリアの国土は、北部はパルマ、モデナ、ピサ、ジェノバ、フィレンツェなどの公国、中央のローマ周辺は教皇領、南部はスペイン領の属国(両シチリア王国)であり、小国の集まりでした。

ところがナポレオンの占領を経たことで、19世紀初頭からイタリア民族の統一運動が始まります。

巨大な外国の脅威に対して国内世論が一致したわけです。

イタリア北部のサルディニア国王(のちイタリア国王)であったヴィットリーオ=エマヌエーレ2世が中心となって、イタリアの統一は進みます。

モデナは早々にサルディニアに合流し、イタリアの統一に貢献しました。

1948年に第一次イタリア統一戦争、1959年に第二次イタリア統一戦争が勃発し、1861年には念願のイタリア統一が達成されます。時代にして1867年の明治維新の少し前ですね。

イタリアの統一は北部の工業国が、南部のスペイン領を占領する形で終了しましたが、北部イタリア諸国にとって南部はそもそも価値観も違う外国です。北部中心に工業化が進む一方で、先進地域に取り残された南部はマフィアなどの地下組織が発達します。

これが現在のイタリアの南北格差と国民の価値観を生み出しているのですが、イタリア一国を旅するだけで、何カ国も訪れたように思えるのはこういった理由があるのです。

それがまたイタリア旅の楽しいところなのですよね。

モデナはバルサミコ酢の産地としても知られています。

Img_0403

モデナは、オペラ歌手のパヴァロッティの住まいがあったこと、さらに隣町のマラネロにはフェラーリ社が本社を構えていることで知られています。

Img_0410

この日はブリーフミーティングに参加したのち、フェラーリ社スタッフ御用達というリストランテ「モンタナ」に。

Img_0412

Img_0413

中に入ると、数多くのドライバーの写真とサインがあります。

Img_0415

Img_0416

イタリアンをいただきながら、歓談します。

Img_0418

Img_0419

Img_0420

Img_0426

店主の女性とミハエル・シューマッハの写真があります。

Img_0421

こちらはシューマッハのレーシングスーツです。

Img_0429

ベルトのところに名前が入っています。

僕は大学の時に車のレーシングチームにいたことがあるのですが、アイルトン・セナが亡くなったのち、自分と同世代のミハエル・シューマッハがF1で大活躍しているのを見て、興奮したのを思い出しました。

当時僕が着ていたレーシングスーツも、このような真っ赤なものでした。

このスーツはいつ着られたものなのでしょう。

垂涎もののお宝ですね。


新国際学会周遊記

カテゴリー
  • News - クリニックからのお知らせ -
  • Guest Room - ゲストルーム -