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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

山崎12年

昨年も世界中飛んだおかげで、本年も飛行マイルで最上級ステータス取得できました。

本年初めてのJAL。

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今日のJALラウンジには山崎12年が出てました。

ラッキー!


レッド5 ナイジェル・マンセル

家にあるディアゴスティーニの77台のF1のモデルカー。

こちらはイギリス人ドライバーのナイジェルマンセルのものです。

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カーナンバーは赤の5番をつけていましたので、レッド5と呼ばれていましたね。

セナとプロストの次元の違うチャンピオン争いの中、アグレッシブな走りで花を添えてくれていたのが、ナイジェルマンセルでした。

F1で31勝もしているのに、なかなかワールドチャンピオンを取れずにいたのを、「無冠の帝王」と評されていましたね。

パワーステアリングがない時期のF1は、プレーキングを送らせて、クリッピングポイント後に一気に上半身の腕力でハンドルを捻る彼のスタイルが印象的でしたが、気分が乗っているときは神業ドライビング、気が抜けたときにはクラッシュ。

そんなドライバーだったなあ。ウイリアムズで1992年に悲願のF1ワールドチャンピオンを取ったのち引退を表明。

翌年93年にはCARTに転向してこちらもチャンピオンを獲得。

適応力が高いのですね。連続してF1とCARTを連続して勝ったドライバーとして唯一名前を残しています。


1994年パシフィックグランプリのパンフレット F1黄金時代

昨晩アイルトン・セナの記録映画を観て、そういえば、1994年のパシフィックグランプリのパンフレットを持っていたなあと思い出し、見つけましたよ。

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いまや、お宝ですね。

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この前年に、アランプロストと、レッド5のナイジェルマンセルがシートを手放し、ウイリアムズのシートを手に入れたセナ。

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ベネトンを駆り早くも頭角を現しつつあったミハエル・シューマッハ。

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マクラーレンで初ファーストドライバーを取ったばかりのミカ・ハッキネン。

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フェラーリドライバーシートにいたジャン・アレジなどなど。

まさにF1黄金期でしたね。

当時は政治力にも優れ、確実にドライバーズポイントを取りに行く、まさにクレバーな走りをするアラン・プロストが好きでした。

彼がプロフェッサーというニックネームを持っていた由来ですよね。日本だと、セナ贔屓の人が多かったのもあり、プロストはどちらかというと、権威や悪役的な役割でしたよね。苦笑。
僕自身はフォーミュラーワンに影響を受けて、医学生の4年生5年生とレーシングカートレースに2年間出場していました。

当時、カーレルというメーカーのカートに乗っていたのですが、あの時ドリフトを練習した経験が、フェラーリ社で開催されるピロタというレーシングスクール4期を経て、国際レーシングライセンス取得までのモチベーションとなりましたし、今の運転技術に生きていますね。


アイルトン・セナの記録映画

今日はクリニックFの外来が忙しくて、集中力とフォースを使い切り、最後は倒れそうでした。笑。年末風物詩ですね。

明日の外来も控えているので、今日は体力温存のため忘年会もキャンセル。ネットフリックスでやっていたF1ドライバーのアイルトンセナの記録映画観てます。

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今でも鮮明に思い出しますが、僕は94年のパシフィックグランプリでのセナの走りを岡山県のTIサーキット英田で見たのです。

そのわずか数日後、翌戦であるイモラのサンマリノグランプリでの事故をテレビで観た時は本当にショックでした。

34歳は若すぎる。

本当に偉大なドライバーだったなあ。

青山一丁目のHondaビルに献花に行ったのを思い出しましたよ。

当時10も年上だったセナの今でも覚えているコメントを、今映像で15歳も年下のセナが語っているので、言葉の重さが全く違うように感じます。

不思議な体験でした。


僕のオートバイ歴

そういえば昔単車乗るのが好きでした。

僕のオートバイ歴はもっぱらモトクロス。

これが僕の愛車たち。

高校生の時のHONDA MTX50Rは親に黙って買いました。笑。

当時鎌倉は交通の便が悪かったんですよね。

文化祭の練習で朝早く高校に向かったら、ちょうど江ノ島あたりで当時全盛の湘南暴走族の集会にぶつかり、ヒヤヒヤして横を通過したり、このバイクがあったおかげで、いろいろな経験が出来たなあ。

バイク乗りに必要な集中力は鍛えられたと思います。

バイク_2

バイク_1

大学生の時にはKawasaki KDX200SR。

Kawasakiのオートバイは緑がテーマ色なのですが、これは青色とピンクのポイント色に惚れ込んでバイトして買いました。

大学生の時はモトクロスのレースに出た事もありました。

でも医師になってからは単車の危険が身に染みてわかり、大型二輪の限定解除で教習所で乗っただけなんですよね。

いつかまた乗りたいとは思っていますが、都内では無理だなあ。


三島グランフィールズ

休診日の今日は友人達と三島グランフィールズへ。

テレビのゴルフ番組の撮影も入っていました。

ゴルフ

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昨日3時間も指揮棒を振って練習したので、右の上腕二頭筋が筋肉痛です。

前回の方がスコアは良かったなあ。


国際レーシングライセンス

講演プレゼンに何か良い写真をと探していたら、懐かしい写真が出てきました。

国際レーシングライセンス維持のため、2016年ドイツはニュルブルクリンク北コースにて。

憧れのサーキットで時速300km体験してきた時の写真です。

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医学生の時から各グレードのレーシングライセンスを取得して、レーシングカートレースや、オフロードバイクモトクロスレースに出場してきましたから、もう長い趣味です。

特に一瞬の判断基準がとても多いレーシングドライブで養えるのは、高い集中力と迅速な決断力、機敏な対応力です。

今年佐藤琢磨さんとお話しさせていただく機会がありましたが、本当に頭脳明晰な方でした。

http://clinic-f.com/blog/diary/post_23783/ 

高速でリヤを滑らせたり車を自在にコントロールできたときは快感ですね。

僕もサーキットでは飛ばしますが、公道では安全運転です。

そうそう。

指揮者カラヤンも無類のスピード狂だったんですよね。

ジェット機を所有し、操縦士免許やヘリコプター免許を持ち、愛車もメルセデス300SL、フェラーリ275GTB、ランチア・ストラトス、ポルシェ911などを乗り継いだそうです。


ヘリコプター

そういえば先週、友人のヘリコプターの副パイロット席に乗せてもらい、都内を周遊しました。

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こちら即位礼正殿の儀の準備が進む皇居上空そしてスカイツリーです。

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僕は固定翼のセスナ機の免許は持っているんですが、飛行場を探さなければなりません。

どこにでも離着陸出来るヘリコプターは便利ですよね。

良い趣味だなあ。

メカ好き乗り物好きとしてはすっかり魅了されてしまいました。

やっぱり回転翼も操縦士免許取るかなあ。


急遽チケットを新幹線に

大阪は顧問企業が4社あり、今日はそのうち一社と打ち合わせしてきました。

しかしながら帰京する予定の飛行機が機体が到着遅れで、まさかの2時間ディレイ。

帰京_1

帰京

急遽チケットを新幹線に変えました。

大阪では全くわかりませんでしたが、関東の台風の被害は凄かったんですね。


千里浜なぎさドライブウェイ

朝早く起きて、レンタカーを借り、運転すること富山駅から1時間。

千里浜なぎさドライブウェイにやって来ました。

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医学生の時に来たことがあるのですが2回目。

ここは世界で3つしかない砂浜を走れるドライブウェイなのです。

最高の気分です。

さて13時からの講演に間に合うように富山に帰ろうと思います。


新幹線

さてクリニックFの外来を切り上げて、明日の招待講演のため、3度目の富山へ。

グランクラスで気分上がります。

Gran

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新幹線が沢山あって、目移りします。笑。


旅の友 ゴルフバッグ

こちらの輸送用ゴルフバックをトランクに乗せてチェックインしたところ、「これは兵器か?」とニコニコしたイタリア人のフロントに言われたので、「そうそう、日本の大砲だよ」と答えて無事にチェックインできました。

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イタリア人のこういうお茶目なところが良いですね。笑。


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