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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

北里柴三郎博士

おはようございます。

今日もクリニックFの診療日です。

北里柴三郎博士が1000円札の肖像画に取りあえげられましたね。

医学的には、野口英世よりもはるかに多くの功績があった人でしたので、野口博士が肖像画になった時に、なぜ北里柴三郎じゃないの?と思ったのを思い出しました。

確か当時はヒゲがある肖像画は紙幣偽造が難しいと言われていましたよね。

 

野口英世は電子顕微鏡でしか観られないウイルスの疾患を、細菌しか見えない光学顕微鏡の時代に、病原菌を発見したと沢山論文を書いていたわけだから、残念ながら業績としてはほぼ皆無ですよね。

でも努力の人だったのだとは思うので、先に電子顕微鏡がつくられていたら、沢山の発見があったと思います。

畢竟、科学の進歩は分析機器の発達によるというのが実のところかな。

 

 

北里博士は、ドイツベルリン大学のコッホ研究室に師事し、破傷風菌抗毒素の研究を行った人でした。

ジフテリアの血清療法の論文は、第一回のノーベル医学生理学賞受賞者の候補にも上がりました。

20世紀初頭の帝国主義時代にノーベル賞とオリンピックは西洋人の優位性を世界に示すために作られたとの説があり、また現在のように共同研究者複数の受賞者の形式ではなかったため、共同研究者のエミール・アドルフ・フォン・ベーリングのみが受賞という結果になりましたが、1901年に日本の研究者が世界を先導していたのは、驚きと喜びとしか言いようがありませんね。

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帰国後に、僕も大学キャリアの最後の職(東京大学助手)として勤めていた、東京大学医科学研究所( The Institute of Medical Science, The University of Tokyo)の原型になる白金の伝染病研究所を設立しました。

写真はWikipediaからお借りしました。

その後は北里大学病院を作り、さらに福沢諭吉の導きで慶応大学医学部を設立、日本医師会の初代会長となるなど、まさに近代日本医学の礎を築いた人ですね。

2009年EADV 欧州皮膚科学会出張時には、僕も北里博士が研究したシャリテ病院に見学に行き、ここで世界的な研究をしていたのかと、とても刺激を受けたのを思い出します。

http://clinic-f.com/blog/medical-healthcare/post_1174/ もう10年前の話ですね。


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