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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

祖母

9月15日に祖母が享年103で亡くなりました。

本日は納骨で親族が集まりました。

大往生とはいえ、直前まで頭もしっかりして話もできました。

喪失感でなかなか気持ちの整理がつかずFBにもあげられずでしたが、時間が経つとともに理解できるようになりました。

海軍士官だった祖父は戦争中に38歳で亡くなっていますので、藤本家で葬儀を出したのは実に75年ぶりの事。

本日ようやくこの二人が一緒にお墓に入ったと思うと、感無量ですね。

祖母

祖母はもともと城内に住んでいた家系に生まれ、当時の女性としては高度な教育を受けたにも関わらず、戦後未亡人となり、女手一つで働きながら、父を4歳から一人で育てました。

本当に人に言えない多くの苦労をしたのだと思います。

鎌倉にいた時は、週に一度、孫たちに会うのを楽しみにしていて、おもちゃを沢山持って遊びに来てくれました。

研究者だった父は、食べ盛りの男子3人を抱え、裕福な家庭とは言えませんでしたが、初孫だった僕はおばあちゃんに初めての顕微鏡や、本当に多くの本を買ってもらい、知的好奇心を満たす事ができました。

高校、大学、そして医師になったのちは、両親に相談できない事も、話し相手になってくれました。

父親が呉の大学で教鞭をとるようになり、80歳になってから呉で暮らすようになりましたが、海の目の前の部屋で、趣味の刺繍をしながら、両親と3人で、最も幸せな人生をおくったと思います。

82歳で大腸癌を、99歳で直腸癌を患い、前者は当時僕が働いていた東京都高齢長寿医療センターにて手術にて完治、後者は保存療法を選択しました。僕も最先端の高機能病院で足掛け12年も働きましたし、在宅診療医院立ち上げを3年間、手伝っていた時期がありました。

祖母を通して超高齢者に対する医療に対し、多くの知恵を絞り、多くのことを身を以て学ばせてもらいました。

こうして考えてみると、約半世紀の僕の人生の中で、祖母との関わりがなかった時がありませんでした。

家族の中にも相性というものがあると思いますが、どんな事があっても、僕の話を聞いてくれる絶対的肯定者でしたし、おかげで僕も自分の信念のまま、自信を持って進む事ができました。

今の喪失感が癒える事はないと思いますが、時間が解決してくれるのを待ちながら、徐々に理解して、納得してゆくしかないですね。


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