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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

ベートーヴェンの「第九」

久しぶりにCDで第九を聴きました。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調(作品番号125)は、ベートーヴェン9番目、そして最後のの交響曲であり、1824年に完成した作品です。この曲の第4楽章には4人の独唱と混声合唱が導入されたために「合唱付き」と呼ばれています。特に第4楽章の旋律は「歓喜の歌(喜びの歌)」と呼ばれており、フリードリヒ・フォン・シラーの詩に曲をつけたものです。第九といえば指揮 がフルトヴェングラー(ウィルヘルム) で バイロイト祝祭劇場管弦楽団 の演奏(写真のCD)がすばらしいと思います。

「第九」はといえば、鳴門市の板東俘虜収容所で演奏された捕虜達による演奏会が、本邦初演の「第九」シンフォニーというのが定説となっています。鳴門市では現在でも初めて第九が演奏された6月1日を第九の日と定め、6月の第一日曜日に演奏会を開催しているそうです。

そして、「第九」は、日本国内では年末恒例の演奏があまりにも有名です。実は年末の演奏の「第九」の起こりは、昭和18年の東京音楽学校(東京芸術大学音楽部)の奏楽堂で行われた出陣学徒壮行の音楽会といわれています。太平洋戦争の状況が悪化する中、成人年齢に達した学生へも徴兵令が下りました。彼らが入営期限を間近に控えた12月の初旬、繰り上げ卒業式の音楽会で「第九」の4楽章を演奏したのです。
やがて太平洋戦争も終わり、出征した者のうち多くが戦死し、生きて帰ってきた者達で奏楽堂の別れに際に演奏した「第九」を再び演奏したいという希望が出てきました。畢竟、「年の暮れの第九」は戦場に散った若き音楽学徒への鎮魂歌(レクイエム)だったのですね。

戦争の犠牲者といえば、学徒特攻隊員の遺稿集である「聞けわだつみの声」を思い出します。読まれたことのある方もいらっしゃるとおもいますが、親や兄弟と別れて死を覚悟してお国のために散っていった多くの命の声。こういった犠牲のもとに今の日本があることを再認識させてくれます。ちょっと暗くなってしまいましたね。

「第九」は近年では、単に演奏を聴くだけではなく、実際に合唱を行なう方に回る、参加型のコンサートも増えつつありますね。あの曲歌ってみるとかなり気持ちよいのです。でも、日本での圧倒的な人気の一方で、ヨーロッパにおいては、オーケストラに加え独唱者と合唱団を必要とするこの曲の演奏回数は決して多くないのです。文化の違いが感じられて、これは面白いですね。

ところで、第九のメロディーは鬼才スタンリーキューブリック監督の「時計仕掛けのオレンジ」でも使用されています。1971年の映画としては信じられないぐらい画期的な、前衛的は映画です。主人公はアレックスという15歳の不良少年です。彼はシングインザレインのメロディーをBGMに、楽しみながらレイプばかりか、殺人までも日常的に犯している、ある意味、救いようのない不良少年グループのリーダーです。彼にはませたところもあって、活動の後に、独りになったときに、ルートヴィッヒ(=フォン=ベート-ヴェン)の第九に聴きほれるのです。

このアレックスが、ある殺人を犯したときに、仲間の裏切りによって投獄されますが、彼を更生するためにマッドサイエンティストを中心にしたグループにより「ルドヴィコ治療」なるものが行われます。その治療は、アレックスを椅子に縛りつけ、まぶたにクリップをつけて目をつぶることができない状態にし、けんかや暴力や殺しの映画を見せ続けるのです。このときの更生映画のBGMにアレックスの崇拝している第九が使われました。彼は「(大好きな)この曲だけはやめてくれ!」と叫びますが、非情にも 実験は短期間に成功しました。アレックスは、ほんのわずかな暴力や大好きな第九にも吐き気を覚えるほどの嫌悪感を強制的に植え付けたのです。ところが、晴れて自由の身なって、暴力を嫌悪するようになり、更生施設を出たアレックスを待ち構えていたのは、過去に傷をつけた人たちからの執拗なる復讐です。

詳しくは映画を見ていただきたいですが、第九を聴くと、あの不思議な、目に焼きついた映像を思い出してしまいますね。


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