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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

メトロポリタンオペラ「ラ・ボエーム」「ドン・カルロ」

去年から楽しみにしていた、「メトロポリタン・オペラ」。METならではの豪華なキャストが2011年6月にこの東京にやってくる、というので、僕にしては珍しくチケットを早くから押さえていました。

3演目すべて観たい、と思いながらも、最終的に購入したチケットはその内のふたつ ― プッチーニの「ラ・ボエーム」とヴェルディの「ドン・カルロ」。

どちらもすでに観た事のある演目ですが、今回はラ・ボエームのミミをアンナ・ネトレプコが、ドン・カルロ役をヨナス・カウフマンが演る・・・ということで、本当にわくわくとした気持ちでこのときを待っていました。

しかし――

起きてしまった震災と、いつ解決するか先行きが見えない原発事故によって、何人ものキャストが来日を取りやめてしまいます。

僕は、“ネトレプコ”の「ラ・ボエーム」と、“カウフマン”の「ドン・カルロ」を、ジェームズ・レヴァインの指揮で観るために、高いチケットを買ったつもりでした。きっと同じような気持ちの人は少なくないでしょう。それなのに、どちらの主役も、そしてレヴァインまでもが来日をキャンセルするという事態。

世界的な視野で日本を見たときにどんな情報が日々流れているか、事情を慮ることはできますが、それでもやはりショックは隠し切れませんでした。

しかしながら、そんな中でも来日を決めてくれたスタッフによるMETの舞台。先週と今週観てきましたので御報告しますね。

世界最高峰ともいわれるMETの舞台は、演者だけでなく、さすがに舞台装置も演出も素晴らしく、圧倒的な世界観で見応えがありました。レヴァインの代わりはファビオ・ルイジが務め、歌手もそれぞれ代役が立ちました。ただ、その内一部の歌手は、直前の役変更できっと苦労したんだろうな・・・と思う場面もありましたよ。

ラ・ボエームのミミ役は、アンナ・ネトレプコに代わり、ドン・カルロのエリザべッタ役であったバルバラ・フリットリがスライドし、エリザベッタ役はMET2010/11シーズン新演出版ドン・カルロのエリザベッタ役のマリーナ・ポプラフスカヤが急遽来日し、演じることになりました。

ドン・カルロでは、主役のドンカルロ役のヨナス・カウフマンに代わって、韓国出身のヨンフン・リーが主役を勤めました。

ただ、世界最高とも言えるメトロポリタンオペラといえども、S席が6万円を超える高額チケットで、しかもこの事態。どの公演も完売になったものは1つもなく、会場でも空席が目立ちましたね。

そして、2階席もS席として64,000円で売り出されていたのには、ちょっと驚きました。

いくら舞台装置の移動のコストがかかるとはいえ、NYCで観たとしても“舞台目の前中央の”S席で価格はせいぜい3万円位が相場です。

国内のオペラファンのためにも価格は再考すべきだと思います。

ラ・ボエームの話はこのブログでも何度も出てきていると思いますので、ドンカルロのストーリーを話そうと思います。

ドンカルロは、16世紀のスペインを舞台に、スペイン国王フェリペ2世、若き王妃エリザベッタ、スペイン王子ドン・カルロ、カルロ王子の親友ロドリーゴ侯爵、王子を愛する女官エボリ公女、カトリック教会の権力者・宗教裁判長の織りなすストーリーです。

ヴェルディに対して1865年にオペラ座から依頼があったのですが、これは1867年にパリ開催が決定していた万国博覧会にあわせて上演するためのグランド・オペラという想定でした。ちょうど日本では江戸末期。明治維新を迎える直前の時代です。

ドンカルロは、全5幕もあり、舞台装置も大きいため、演奏される機会も少なかったといわれています。

スペイン王にして神聖ローマ皇帝に選出されたカルロス1世は当時のヨーロッパで最大の勢力をもち、ヨーロッパ以外の広大な領土とあわせて、その繁栄は「太陽の沈まない国」と形容されました。

その息子として生まれたフェリペ2世の血筋は、スペイン系ハプスブルグ家として代々、引き継がれてゆきます。このフェリペ2世との三度目の結婚相手に選ばれたのが、フランス王アンリ2世の長女エリザべッタでした。

この結婚はスペイン・フランス両国で結ばれていたカトー・カンブレジ条約による契約結婚で愛のない結婚だったのですが、エリザベッタはもともとフェリペ2世の一人息子ドン・カルロスの婚約者だったのです。

息子ドンカルロの元婚約者、エリザベッタと愛のない結婚をしてしまったことに悩むフェリペ2世ですが、劇中、妻と息子が恋仲になっているのではないかと疑心暗鬼し、ついには処刑の対象にしてしまいます。第5幕では、ドンカルロが偉大な祖父のカルロス1世の廟墓の前で、祖父の声に呼ばれて、そちらに向かってゆくという演出で幕が落ちます。

実際にドンカルロは、エリザベッタとともにフェリペ2世によって毒殺されたという説があるようで、事実を裏付けるかのように1568年に、同じ年に二人は亡くなっています。

歴史的にはこの時期がスペイン系ハプスブルグ家の絶頂期で、1588年、フェリペ2世は所領であった北部諸州(現在のベルギー周辺)の独立を支援しているイングランドをたたくために無敵艦隊を派遣したのですが、アルマダの海戦で敗北しました。

この頃から無敵国家スペインに衰退が始まるのです。

今回のMET公演の個人的感想としては、ラ・ボエームではムゼッタ役のスザンナ・フィリップスが、ドン・カルロではロドリーゴ役のディミトリー・ホロストフスキーと、フィリップ2世役のルネ・パーペが、それぞれ本当に素晴らしい演技を見せてくれました。そして見慣れたはずのラ・ボエーム第二幕「ラテン区のカフェ・モミュスにて」の舞台演出は、遠い昔まだ外国に行った事のない小さな頃に見た、さながらおとぎ話のようで、3月11日以降にこの舞台を見てしまうとなんとも言えない切なさに胸が詰まりました。

この時期に日本に来てくれたスタッフと関係者の方々には、本当に感謝ですね。

 


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