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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

17世紀のオランダ 国際学会 フェルメール

週末の土曜日、診療後に渋谷まで行ってきました。

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている、「フェルメールからのラブレター展」に行くためです。

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土曜日は21時まで開いているんですよね。これは嬉しい。

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閉館時間間近ということもあったのか比較的空いていましたので、ゆっくりと絵に対面できました。

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今回来日した絵は上の三枚。

《手紙を書く女と召使い》 《手紙を読む青衣の女》 《手紙を書く女》

と、テーマに合った手紙に関連した絵ばかり。Img_1313

フェルメールは手紙に関連した絵を6枚描いているのですが、そのうちの3枚が来日したことになります。

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中でもこちら(画像はWikiよりお借りしました)の「手紙を書く女と召使い」は、アイルランドの首都ダブリンの美術館にあり、今まで現物を見ることがなかったもの。

僕にとって実物に対面した31枚目の作品でした。

そして、個人的には今回来日した中で、なぜかこの絵に一番惹かれました。

「青衣の女」は2010年にアムステルダムで対面したことがあるのですが、その後長期修復作業に入っていました。

今回は、修復が行われたのちの世界初公開なのだそうです。

ラピスラズリを使用した“フェルメールブルー”が一層鮮明になり、一瞬違う絵かと思うぐらい。

僕は修復前の青の色が素晴らしいなと思っていたのですが、これは賛否両論あるかもしれませんね。

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17世紀のオランダというものに、とても興味があります。

僕は、学生の頃から世界史が好きで、医師という職業に就き、国際学会参加を仕事のひとつにしています。

このプロファイルを見れば、きっと世界史に造詣が深い方からは

「そんな背景があれば、17世紀のオランダに興味が沸くのは当然だろう、レンブラントやフェルメールが好きなのも、そこに理由があるのだろう」

と指摘されてしまうことでしょうね。

説明しましょう。

現在オランダがある領域は、もともとスペイン・ハプスブルク家の領土として植民地化されていました。

しかしながら、16世紀前半にドイツにマルティン・ルターが、スイスにツヴィングリおよびジョン・カルヴァンが現れ、宗教革命運動が展開されます。

特にオランダが位置する「ネーデルランド北部地方」は、利潤追求を求めるカルヴァン派が多数を占めていたため、カトリックを強制する宗主国スペインとの間でオランダ独立戦争が勃発したのです。

あまりに戦争が長期化したため、カトリック教徒の多かった南部10州(べルギー及びルクセンブルク)は、独立戦争から脱落しましたが、80年間の独立戦争ののち、1648年のウェストファリア条約でネーデルラント連邦共和国は、国際的に独立を承認されるのです。

17世紀初頭。

日本では関ヶ原の天下分け目の合戦が終わり、江戸時代が幕明けるのと時を同じくして、オランダは東インドを侵略してポルトガルから香料貿易を奪い、オランダ海上帝国を築いて、黄金時代を迎えたのです。

特にフェルメールが画家として活動をした1650年代から70年代は、このオランダの黄金期にぴったりと重なります。

そして、その時代は、情報の共有の仕方、そしてコミュニケーションのあり方ががらりと変わった時期とも重なります。

宗教革命は「聖書に戻れ」と聖書を読むことを勧めましたので、識字率が上昇します。オランダは当時ヨーロッパ1の識字率の高さを誇り、それはそのまま教育水準の高さ、学校教育のレベルの高さを示します。

口頭や絵などで(当時は宗教の)情報を伝達する時代から、文字を使って情報を伝達する時代への変化。

これがどれだけ大きな意味をもつかわかりますよね。

特に科学や医学の分野では、この「文字」によるコミュニケーションが発達することにより広がったこと、発展したことが数知れず、そうした知識をシェアする機会をもつための「学会」が発足されたのも、17世紀だと言われています。

イギリスやフランスを始めとした各国に学術協会ができ、国際的な規模で学会が開かれ始めるのです。

今回の展示テーマにもなっている「手紙」。

識字率の上昇に伴い、ヨーロッパにおいて一般人の間で手紙という文化が花開いたのも、この17世紀なのです。

そして、その文化的レベルの高い黄金期のオランダを、色鮮やかに切り取り描写したのがフェルメールなのです。

フェルメールが描き、今回来日した3枚の絵では、手紙に関わっている人は全員女性です。

女性が手紙を書き、手紙を待ち、手紙を読む姿が、当時いかに斬新だったのか、その姿をフェルメールは絵に残したかったのかと、今さらながら気づくことができました。

そして、展示を見て改めて、文字を読むことのできる幸福とはどれだけかけがえのないものか、考えてしまいました。

人生において「字を読み、文章を理解し、それによって情報を蓄積・応用することができる」ということは、至福のひとつですね。

この展示は3月14日まで開催されているそうです。

お勧めしますよ。


■ヨーロッパ4ヶ国巡り 2012年1月② 新春のウィーン フェルメールの「絵画芸術」とバベルの塔

おはようございます。

今日1月6日から東京・四谷のクリニックFはスタッフが出勤し、電話予約やご質問を受け付けております。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

年明けからヨーロッパにいる僕は先ほどクリニックに国際電話をして、新年の挨拶と状況の確認をしましたが、スタッフも元気そうで安心しました。

僕の帰国は10日の午後を予定しています。今年の診療は11日(水)11時に始めますので、それまでご迷惑をおかけしますが、もう少々お待ちください。

さて、現地時間の1月5日午後、僕は一度パリを出て、2012年ヨーロッパ3ヶ国目となるオーストリアはウィーンにやってきました。

ウィーンには1日半滞在する予定。今回ヨーロッパに来たのは欧州企業との打ち合わせや、スパの視察などが目的ですが、ウィーンはその合間の完全オフ。

スケジュール的にちょっと体力を考えると厳しいかなとも思ったのですが、厄年真っ最中のカラダに鞭打って? やってきました(笑)。

ウィーンでどうしても観たいオペラと絵画があったのです。

まずは、目的の絵画。

年始で、とても混雑していた美術史博物館に、フェルメールの絵を見に行ってきました。

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「絵画芸術」という絵をご存知ですか?

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写真ではサイズがなかなか伝わらないかもしれませんが、かなり大判の絵です。

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以前よりこのブログでも紹介していますが、僕は海外出張にいくつかテーマを持たせるようにしています。

そのうちの一つが世界に40枚弱しか残っていないフェルメールの絵を、現在所蔵されている現地の美術館で観るという作業をしています。

今回はフランクフルトとウィーンで一枚づつ観ることができました。

これで世界に散らばったフェルメールの絵のうち、4分の3を観ることが出来たことになります。

ただ、残り4分の1については達成が難しいかもしれません。

ヨーロッパの田舎にあるものや、個人所有のものもあって、アクセスが難しいんですよね。

すこし深く調べてみたいとは思いますが。

それにしても、見事な装飾のこの美術史博物館。

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観たことのある絵も沢山陳列されています。

この美術館でフェルメール以外で特に印象に残ったのは、こちらのバベルの塔。

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ピーテル・ブリューゲルの絵。

外観だけを見ると綺麗な、いかにも完成しそうな塔に見えますよね。

しかし、内部の螺旋と外部の螺旋がそもそも食い違っていて平衡感がありません。

バベルの塔の物語は旧約聖書の「創世記」に書かれていますが、

「人類の科学技術の過信に対して神の戒め」

について語ったものと言われています。

人類が、人智を超えて神に挑戦しようとして、自己崩壊すべくして建てられた塔なのです。

実現不可能な、天に届く塔を建設しようとして、結局崩れてしまった・・・といわれるこの塔にちなんで、空想的で実現不可能な計画は

「それはバベルの塔だ」

と表現されるそうです。

そして、この塔を人間ひとりひとりとして考えれば、人間内部の自己矛盾を顕在化させたかのような絵でもありますよね。

ブリューゲルは、そもそも自己矛盾を持つ人間ーーー自分の中に「バベルの塔」をひとりひとりが抱える人間ーーーに、神を超えるものは決して造れない、神の領域に立ち入ってはいけないということを表現したかったのではないかと思いました。

一枚の絵画ですが、色々と語ってくれました。

そして、この絵を観て、僕は年末に滞在したドバイで観た世界一のタワー828mのブルジュ・ハリーファを思い出しました。

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オイルマネーによって出来た人類最高(高さ)の建築物。

石油が異常な高値を示しているおかげで建てられたとは思いますが、こちらのタワーの内部は、現在科学の叡智を集結させた建築。

神への挑戦としてバビロニアで構想されたものが、2600年以上経過してペルシャ湾を超えたドバイで実現したと考えてよいのでしょうか?

それとも神にとっては、こちらも所詮は人類の作り上げたもので、すぐに自壊してしまうのでしょうか?

興味深いですね。

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今回訪問した、ドバイの美容レーザーの先生と話したところ、2008年のドバイショック以降も引き続き経営は順調に伸びているとか。

年末に滞在したドバイのブログはまた帰国したらまとめてアップしますね。


■EADV 2011in Lisbon,Portugal番外編 トランジット中に観に行ったフェルメール

今回のポルトガルで開催されたヨーロッパ皮膚科学会からの帰り道。

ロンドンヒースロ-でのトランジットが半日ありました。

半日あるのであれば、ロンドンの北にあるケンウッドハウスにフェルメールの作品を観に行けるかな・・・と思い立ちました。

ロンドンには4枚のフェルメールの絵があるのですが、まだ実物を見たことのない、「ギターを弾く女」という絵を観に行こうと思いたち、荷物を預けたままロンドンの街に出ました。

ロンドンは地図を見なくても歩ける街ですので、ある意味安心です。

ピカデリーサーカスで降り、

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レスタースクエアまでウエストエンドを歩いて出て乗り換え。

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ケンウッドハウスのあるハムステッド・ヒースに向かいます。

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こんな森の中を歩くこと30分。

ふと視界が開けると、白亜のケンウッドハウスが見えてきました。

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このケンウッドハウスは、英国遺産財団によって管理されている場所。

「ギターを弾く女」は、フェルメール後期の作品で、正直、評価は高くありません。

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画像はWikiからお借りしました。

実際に絵と対面して観ましたが、フェルメール独特の光や、奥行きがないような気がします。

ただ、この女性が着ている服は、フェルメールの他の絵にも良く出てくる服ですよね。

実はこの絵は1974年2月23日に、盗難にあっています。

犯人からは絵の返却と引き換えに政治的な要求が突き付けられたため、その内容からIRA系の人物の犯行と推定されました。

実際にこの絵は二カ月半後に、ロンドンの市内で発見されたのですが、それ以降、ケンウッドハウスの警備が厳しくなったそうで、他の美術展に貸し出しもなされません。

このケンウッドハウスに来なければ観ることができない絵なのです。

このケンウッドハウスはロンドン郊外にあるので、ロンドン滞在中に行くとなると予定を組みにくいのですが、フェルメールの現物を、その美術館で観ることを趣味としている僕としては、実際に訪れることができてよかったです。


四ツ谷でボサノヴァ

今日7月30日も、クリニックFの診療日です。

今日で7月の最後の診療ですが、月日が経つのが早いですね。

閑話休題。

今週、ある打ち合わせで四ツ谷のサッシ・ペレレというお店に行ってきました。

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四ツ谷に長年職場がありながら、このお店のことを知らなかったのですが、ボサノヴァ歌手の小野リサさんのお父さんがやっているという、ブラジル料理店なのですね。

もう20年以上もやっているのだそう。

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僕はガーリックステーキを注文しましたが、なかなかの美味。

ちょうどこの日はボサノヴァのライブもやっていました。

日によってはサンバダンサーが出てきて、皆で踊りながら

盛り上がるときもあるようで、また行ってみたいと思います。

良いお店を教えてもらいました。


青山 根津美術館、伊万里 柿右衛門 鍋島

おはようございます。蒸し暑くなりそうですね。

今日は朝から一本打ち合わせの後、11時から四谷で診療です。今日もよろしくお願いします。

昨日は休診日を頂きましたが、終日打ち合わせが続きました。

それぞれの方に四谷までお越し頂き、患者さんのいない静かなクリニックで行う事もできたのですが、それだと僕の方はいつもと変わらぬ環境に新しい発想もなかなか湧いてきません(笑)。

そこで自分が動いて各社さんを回る事に。

その内のひとつを、青山は根津美術館に併設されたカフェにて、ランチを兼ねたミーティングでお願いしました。

表参道の交差点から歩いて西麻布方面に向かうと、根津美術館があります。

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ちょっとした森のような庭園に広がる緑の木々と、ところどころに置かれた美術品の数々。

梢の間から差す陽の光も美しい、都内ではとても好きな場所のひとつです。

こうした場所ですと、前後の時間を使って散策も楽しめますからね。

わずか10分でもこの時間があると、気持ちの余裕が生まれます。

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カフェからも、グリーンビューが広がります。

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この日の展示は、「肥前磁器の華」と題された白磁や青磁器の展示。

併設されて僕の好きな古代中国の展示物もあり、根津美術館の観覧券にも模されている背中合わせに2匹の羊を合体させ、口の開いた器を背に載せているような姿の尊(盛酒器)である、双羊尊なども観る事ができます。

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久しぶりの根津美術館でしたが、ここはやはりいいですね。

ハンバーグを食べて、仕事もおかげさまで良い話ができました。


ASLMS米国レーザー医学会 2011番外編 NYで観た8枚のフェルメール②

ニューヨークのメトロポリタン美術館には常時5枚のフェルメールの絵が展示されているのですが、このうち何点かは貸し出されていることが多く、5枚をすべて同時に観ることが今までは出来ずにいました。

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フィリックコレクションの後、セントラルパーク沿いを歩いて

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ニューヨークメトロポリタン美術館(MET)に向かいます。ゆっくり歩いても10分程度の道のり。

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約一年ぶりのメットです。

広い美術館の中からフェルメールの絵を探します。

メットにある5枚のフェルメールの絵画は、いずれも寄付によって同館の所蔵になりました。

19世紀にフランス人のテオフィール・トレが、長い間忘れ去られてきた17世紀のオランダ人画家フェルメールを再発見し発表したところ、世界の注目を浴びるようになります。ちょうどその時期、19世紀末にアメリカの産業は黄金時代を迎え、実業家たちは巨万の富を得ました。

その富を背景に、世界のフェルメールの絵画が買われたので、現在世界に散らばる三分の一のフェルメールがアメリカ合衆国にある、というわけです。

1枚を除いて1918年の第一次世界大戦終戦までにアメリカに買い集められたものなのだそうです。

世界に37枚しか作品が現存していない画家の絵画ですから、現在ならば高すぎて値段がつかないでしょうね。

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マイケル・フリードサムの寄贈した「信仰の寓意」

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チャールズ・ライツマン夫妻の寄贈した「少女」

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コリス・P・ハンティントンの寄贈した「窓辺でリュートを弾く女」

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ベンジャミン・アルトマンの寄贈した「眠る女」

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そして、ヘンリー・G・マーカンドの寄贈した「窓辺で水差しを持つ女」

以前のブログにも書きましたが、やはりこの絵が最も印象に残りますよね。

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特に銀の食器に映る赤いテーブルクロスなど、本当に緻密に表現されています。

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思ったよりもはるかに短い時間で5枚の絵を見つけられましたので、メットのほかの場所もさらっと観てきました。

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医師の仕事は技術や理論だけでなく、患者さんと接するときに自分の中にある一定量以上のエネルギー貯蔵がないと勤まらない、と僕は思っています。

それがないと良い診療/治療を行う事ができないのです。

どういったものでそのエネルギーをチャージするのかは医師それぞれに違うと思うのですが、僕にとっては心の中に絵画や音楽といったものが画像や音として記憶され、それを必要なときに引き出し慈しむ事ができる、ということでそのエネルギーチャージを行っているような気がします。

日本帰国前に、ここに来てやはり良かった、と思いました。

見えるものとしては形が変わりますが、患者さんに旅の成果物を還元できそうです。


ASLMS米国レーザー医学会 2011番外編 NYで観た8枚のフェルメール①

機会がある度に、フェルメールの絵を見ることを旅の目的のひとつとしています。

今回のアメリカ出張で、ニューヨーク滞在中時間があれば、市内にある8枚のフェルメールを、すべてとはいかなくても一枚でも観られたら・・・と思っていました。

日本に関するニュースは、アメリカで目にするとまた違った緊迫感が漂い、毎日「FUKUSHIMA DAIICHI(アメリカでは福島第1原発をこう呼んでいるようです)」について新聞紙面やCNN他のニュースで見聞きしていると

こんなときに絵画鑑賞・・・? 

と思う自分も心の中にいましたが、

こんなときだからこそすこしでいいから美しいものに触れて日本に帰りたい

と思う自分も一方でいました。

ニューヨークにある8枚のフェルメール。そのうち3枚はフリックコレクションに、残りの5枚はメトロポリタン美術館にあります。

どちらの美術館もマンハッタンのアッパーイーストサイドにありますので、時間があまりなくても歩いて移動できます。

フリックコレクションは、実業家であったヘンリー・クレイ・フリックの個人的なコレクションを、彼の邸宅だった場所で展示しているのです。

アンドリュー・カーネギーと一緒にカーネギー製鋼を設立したフリックですが、ワシントンDCのナショナルギャラリーを作り上げたアンドリュー・メロンと友人だったのだそうです。

1880年に一緒にロンドンに旅行した際に、メロンは英国ナショナルギャラリーに感動して、ワシントンにもそれに匹敵するものを作りたいと考えた・・・という話は以前ワシントンブログでもしたと思うのですが、フリックの方は、個人コレクションであるウォレス・コレクションをモデルに自分のコレクションを集めるというインスピレーションを受けたようです。

このコレクションはプロの視点から見てもその卓越した趣味の良さで知られていて、実際行っても本当に素晴らしいのです。

実業家として成功したのちに、そのお金をどのように使うかは個人の考え方によると思うのですが、フリックのように審美眼をもって、散逸してしまいがちな世界の芸術品を蒐集し公開するというのは、我々市民にとっては嬉しいですよね。

ともあれ、フリックコレクションは、美術館としては小さいのですが、僕がとても好きな場所です。

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建物の中には中庭があり、皆がくつろいでいます。

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この美術館は絵画の写真がとれませんので、ウィキペディアから写真をお借りしました。

以下のフェルメールの三枚の絵が展示してあります。

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「兵士と笑う女」

この絵はフリックが最も好んだ絵だといわれているのだそうです。写真になると平面的な絵に見えますが、実物は兵士の赤い服にも質感があり、女性の表情も、光の当たり加減の描き方も素晴らしいです。

女性のこぼれるような笑顔に、不覚にも目頭が熱くなりました。いつもよりエモーショナルになっているのでしょうね。

絵画を画集で見るのが好きだったのですが、光を巧みに使ったフェルメールの絵は特に、実物と画集の印象が違うことが見るときの楽しみです。

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「中断された音楽の稽古」

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「夫人と召使」

です。

この絵に描かれた「白の縁取りのついた黄色のサテンのコート」は、フェルメールの遺品として実在が知られており、ほかの絵にも登場しますので、見覚えがある方もいると思います。


シンディ・ローパー ジャパンツアー 2011ファイナル 大阪公演

昨日クリニックFのスタッフが

「シンディ・ローパーのジャパンツアーの大阪ファイナル公演が、ニコ動で中継されるそうです!」

・・・と興奮した顔で話しかけてきました。

時間は昨晩19時から、とのこと。ニコ動を登録して

クリニック業務が終わったら

・・・と、スタッフ皆でiphoneを観て楽しみました。

惜しむらくは、観るのに夢中で、ブログ用に写真を残さなかったこと(苦笑)。

シンディ・ローパーと言えば、全米ポップスが全盛だった80年代、僕が中学高校の時に聴き込んだアーティストのひとりです。

奇抜なファッションにパワフルで特徴ある声。最初は取っ付きにくかったのですが、聴けば聴くほど惹き込まれていきました。

シンディは、

「あるとき自分が7色に変化した音色を出すことが出来ることに気付いた。」

と話していたのを、LPレコードジャケットについていた解説書で読みましたが、とにかく歌唱の技術が並外れて巧みなのです。

クインシー・ジョーンズが音楽監督をやった USA for Africaの「We Are The World」にも、彼女にしか歌えない超高音域のアドリブが入っていますよね。

僕の青春時代に記憶に残る、素晴らしい名曲を残してくれました。

「She’s So Unusual」

「TRUE COLORS」 

「A NIGHT TO REMEMBER」

・・・などなど、当時出た全てのアルバムを買ったのを覚えています。

中でも名曲中の名曲「Time after time」は本当に好きな曲で、 自分で歌えるように練習したなあ。

この歌はマイルス・デイヴィスもカバーしましたよね。

シンディは、まさに3月11日、震災の日の夜に東京にツアーで来ました。

震災の様子を見て、ジャパンツアーを撤退し早々に帰国した他の外国アーティストとは異なり、原発の危機に国に帰りたがるスタッフを説得し、一番大変だったこの震災後の10日間、日本を元気づけるためにツアーを続けてくれました。

そして

「こんな時期に日本にいられるなんて、名誉なことでした。」

なんていう、日本人が聞いたら涙が出てしまうような名言をコンサートで話したと伝え聞きました。

その上、さらに最後のツアーを無料映像公開に踏み切ってくれるとは...。

「TRUE COLORS」あたりで、僕は不覚にも目頭が熱くなってしまいました。

僕たちも復興のために、自分たちに出来ることを、日々こつこつとやっていかなければなりませんね。


学割で見たフェルメール

昨日はクリニックFの診療後、予定されていた会食までちょっと時間が空いたので、渋谷に寄り道してきました。

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3月3日から渋谷東急Bunkamuraに展示されている、フェルメールの「地理学者」を見に行きたかったのです。

ちなみに僕は、現在工学部博士課程の大学院生でもあるので、学割で入れてもらいました(笑)。

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フェルメール以外にもフランドル地方の絵が沢山展示してあったのですが、30分ほどしか時間がなかったので、そのままフェルメールの絵に向かいました。

その分フェルメールは、ゆっくり観ることができましたよ。

フェルメールは日本ではゴッホやピカソに並ぶ人気のある画家ですが、生涯で30数点の作品しか残さなかった寡作の人でもあります。

世界各国の国際学会に参加した時に、現地の美術館に行ってフェルメールの絵を観ることを一つの趣味にしている僕ですが、「地理学者」はフランクフルト・シュテーデル美術館から世界中に貸し出されることが多く、実際に実物を観たことがなかったのです。

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こちらは、Wikipediaの画像です。

この絵をよく観察すると、モデルの男性が日本の着物の様な服を着ていることに気付きます。

この服は1600年代にオランダの富裕層の間で流行した、日本風の着衣なのだそうです。

壁の下にはデルフト焼のタイルが見えますし、地理学者が手に持つコンパスも、後ろにある地球儀も丁寧に描かれていました。

キャンバスの質感も、素晴らしく綺麗でしたよ。

感性豊かな時間を過ごすことができました。

フェルメールの絵画は全世界に37枚残っています。

このうち、この絵は僕が実際に観た26枚目の絵でした。

フェルメールの絵の中には、1990年にボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗まれて、いまだに行方がしれない「合奏」や、個人の所有物になってしまっているものもあります。

残り11枚。観るチャンスがあればいいのですが…。

フェルメールといえば、単身女性像と呼ばれる、窓のある小部屋に女性一人がモデルとなる絵を描く作風で知られていますが、フェルメールが男性をモデルにした絵は、今回来日したフランクフルト・シュテーデル美術館の「地理学者」と、パリ・ルーブル美術館の「天文学者」の2枚しかありません。

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こちらはWikipediaよりお借りした「天文学者」の絵ですが、この絵についてはパリブログでもふれましたよね。

ちなみに、フェルメールの「地理学者」と「天文学者」のモデルは実は同一人物で、フェルメールと同じ年に同じデルフトで生まれ、生前交友関係にあったアントニー・ファン・レーウェンフックなのではないか?

という説があります。

レーウェンフックは、顕微鏡を発明し、微生物を初めて見た人物で、「微生物学の父」として科学史に名前を残しています。

Wikipediaでレーウェンフックの肖像画を見つけましたが、確かに面影があるような気もしますね。

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僕が理科系の科目に興味を持ち、将来、研究者になりたいと思ったのは、小学校の時に祖母から買ってもらった小さな顕微鏡がきっかけでした。

もしも本当にこの絵のモデルがレーウェンフックだったとしたら、夢が広がりますね。


Restored Alfetta

フランスブログが続いていますが、来週に迫ったアメリカ・ニューオリンズ開催の米国皮膚科学会参加までは四ツ谷で診療しています。

アメリカ入国用に必要なESTAの申請をうっかり忘れていたことに昨日気付き、慌てて再申請しました。ちょうど2年の認可期間が出国前に終わるところだったのです。

去年9月から14ドルかかることになったのですね。

さて、冬晴れの今日。朝、クリニックのメールを開けてみると、嬉しい知らせが。

11月にクリニックFを訪れてくれた友人のフランス人が、40ヶ月以上もかけたアルファロメオのレストアが

とうとう終わったよ

と、写真入りのメールで来ていたのです。

こちらがその写真です。

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エンジンまで磨き上げて、ボンネットの塗装はまるで鏡のようです。

本当に綺麗な仕上がりですね。

こういった古い車のレストアは、車好き、機械好きの僕にとっては夢のようなこと。

老後の楽しみ(笑)に取っておきたいと思っているのですが、僕だったら何を仕上げますかね…。

今だったら

「ランボルギーニー ミウラ」 

とか

「トヨタ200GT」

とかを、綺麗に仕上げてみたいですね。


Walk through the Tuilerie Gardens

どうも僕は、チュイルリー公園が好きなようです。

パリに行くと市街にいる間は毎日ここを必ず一回は通過し、この界隈のどこかで時間を使っている気がします(笑)。

この日は僕の好きなオランジュリー美術館と、オルセー美術館をはしごしました。

この二つの美術館は、共通券が販売されているので大抵それを購入します。

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まずはオランジュリー。

この美術館は、モネの「睡蓮」が8枚展示してあることで有名です。

僕が初めてこの美術館に行ったのは1993年の12月でしたが、その時と変わらぬ感動を、毎回行く度に与えてくれます。

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そして、この曲線に気持ちも凪いでいくのです。

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チュイルリー公園のセーヌ川との間の小道を抜け、数日前にご紹介したソルフェリーノ橋を渡り、オルセーに抜けることができます。

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オルセーもいい絵が多いですよね。

駅舎を改築した内装も好きです。

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この大きな時計。家に欲しいくらい大好きです(笑)。


At Hotel de Crillon~クリヨンのだまし絵

さて、またパリ出張記にしばし戻ります。

パリに行くと、感動してしまうこと、感激してしまうことに、街を歩いているだけでいくつも出逢います。

その内の1つが、補修工事。

古い建物がそのまま残っているこの街で、大きなブランドや企業がRestoration=復旧や補修工事を行うとき、または店舗の変更や移動があるとき、その工事期間中街の美観を崩さないよう、様々な配慮がとられます。

工事期間のためだけに設けられた「だまし絵」のようなもので現場を覆っているものには、芸術の域に達しているものも多く、見惚れてしまうのです。

去年来た時は、確かプラダが工事中でこれも見事だった記憶があります。

そして今年、感動して毎日この場所を通るたびついつい目を奪われてしまったのが、コンコルド広場のこちら。

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パリが誇る5つ星ホテル=ホテル・クリヨンです。

もう少し寄ってみましょう。

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わかりますか?

ファッサード(建築物の正面)に施された見事な「だまし絵」。これなら景観を壊さないどころか、期間中楽しめてしまうくらいですよね。

クリヨンのホームページを見ると、このレストレーションに関してこんな記述がありました。

「According to Mr.Etienne Poncelet,Head Architect and Chief Inspector of Historical Monuments,"this is a feat of architectural microsurgery which will require high precision engineering work and expertise in town planning.We will use a balance of technology and tradition to reveal the true beauty of Hotel de Crillon"」

12ヶ月かけて補修されるそうです。


戦艦大和ミュージアム

呉といえば海軍軍港のあった場所。

この呉市にある大和ミュージアムには、1/10のサイズの戦艦大和模型があるのです。

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今回も見てきました。

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何度見ても見事ですね。

木でできた甲板は、常に磨きあげられていたそうです。

戦中の日本の技術力の高さが分かりますね。


国立新美術館 ゴッホ展

昨日クリニックFは休診日でした。

僕は朝から幾つかの打ち合わせに出席。終わった夕方、参加予定だった忘年会までの2時間。

六本木の新国立美術館で現在開催されている「ゴッホ展」を観に行ってきました。

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スウェーデンで開催されたヨーロッパ皮膚科学会の帰りに、アムステルダムのゴッホ美術館に立ち寄ったのですが、日本のゴッホ展への貸し出しために観られなかった絵がいくつかありましたので、行く機会を探していたのです。

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10月1日から12月20日までの開催で、既にのべ50万人もの人が訪れたのだそうです。

日本での依然として高いゴッホ人気がうかがえますね。

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この日も平日夕方にも関わらず、中の混雑ぶりはものすごく、絵というより人だかりを観に行ったようで、これには少し閉口してしまったのですが、幾つか観たかった絵を観ることができたので、とても充実した時間を過ごすことができました。

今から20年以上前、僕が高校生の時に上野でゴッホ展が開催され、行ってきたのを今でも鮮明に覚えています。

世界的に評価されている画家の絵を、画集や教科書ではなく直接見たのが生まれてはじめてだったのです。

絵は強烈に目に焼きつき、今も忘れられません。

僕が初めて小遣いをはたいて買った画集は、その時のゴッホ展で手に入れたものでした。

思春期に強烈な印象を残したゴッホは、今でもとても好きな画家の一人です。

今回は、名画「アルルの寝室」をTBSの舞台スタッフが実際に組み上げた部屋が展示されてあり、これは趣向が面白かったです。

ゴッホが夢見ていた、アルルの黄色い家で始めた芸術家との共同生活。

763pxvincent_willem_van_gogh_137ゴーギャンとの生活は、わずか2カ月あまりで破綻となりますが、この寝室の絵は、ゴッホを代表する作品の1つですよね。

ゴッホが自分の耳を切り落とし、倒れているのを発見されたのもこの寝室だったのだそうです。

実際に再現された部屋は、僕が絵から想像していたよりもはるかに小さな部屋でした。

Cimg0604こちらはスーベニアのスペース。佐藤可士和さんによるロゴがちりばめられたデザインがおもしろいですよね。

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アムステルダムのゴッホ美術館の新館もそうでしたが、この国立新美術館も黒川紀章さんの設計だそうです。

美術館は建築やインテリアも訪れる楽しみの一つ。これは世界に誇れるものだと思います。

充電できました。


発見されたダ・ヴィンチの真作

来月スウェーデンのヨーテボリに出張で行く予定です。

ヨーロッパ皮膚科学会(EADV)の参加なのですが、実は8月15日までヨーテボリで「:And There Was Light」という、ミケランジェロ、ラファエロ、ダ・ヴィンチを中心とした芸術家達を一斉に集めた世界的に注目されるある展覧会が開かれていたのです。

この展示会終了後わずか2ヶ月差でのヨーテボリ出張・・・。タイミングが悪いのか良いのか、でもやっぱり

「あと2ヶ月会期を延ばしてもらえたら・・・」

と、ちょっと残念な気持ちになってしまいますね(苦笑)。

今回の展覧会で一番の注目作は、2008年に約100年ぶりに証明された、「美しき姫君」という、レオナルド・ダ・ヴィンチの真作の世界初の展示でした。

この展覧会は、各国を経由していずれ日本に来るとのことなので、すこし待てば日本でも観られるのでしょうか?

そもそも数の少ないダ・ヴィンチの新たに発見された絵画作品。しかもかなり質の高い作品とあっては絵画ファンなら興奮しますよね。観に行きたかったですよ。

日本での展示は、絵がガラスの先、しかも、ものすごく遠くに鎮座していたりしますから…(苦笑)。

1998年のオークションでわずか1万9千ドルで落札され、2007年に美術収集家のピーター・シルヴァーマン氏に転売された、ドイツの無名画家の作品といわれていたこの作品。

しかしながら、無名の画家にしては高い完成度と、左利きのダ・ヴィンチを思わせるさまざまな画法。眼識のあるシルヴァーマン氏の依頼で、もしかしたら、ダ・ヴィンチの作品ではないかと解析が始まります。

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その経過をまとめたものがこの「美しき姫君」という著作。

オックスフォード大学美術史学科マーティン・ケンプ名誉教授は、ダ・ヴィンチの画法、科学観、個人史的側面からの解析を行います。

リュミエール・テクノロジー研究所代表のパスカル・コット氏は、最新のマルチスペクトル撮影による光学的な解析によって詳細な分析を行うのです。

僕は絵画の解析なんて、X線を当てるぐらいのものかと思っていたのですが、分析の経過では100nmぐらい波長をずらした光を絵に照射して、反射した光を取得し、近赤外線など実際に目に見えないものまでもを再現したり、

取得した何枚もの写真をもとに、実態顕微鏡のように絵画を拡大したものを、ミクロン単位でデジタル画像のピクセルに落とし込み、指紋や掌紋などを解析するといった様子は、さながら法医学の検証のよう。

それらのデジタルデーターを元に絵を再現し、使用された羊皮紙の経年変化などをデジタルサブトラクションを行い、完成当時の色彩をよみがえらせるといった、医療画像機器でも応用されている技術を使います。

さまざまな考察の結果、この「美しき姫君」はダ・ヴィンチの真作であろうとの結論。

美術ファンとしては非常に興味深い本でしたよ。お勧めします。


スコッツデールとフランク・ロイド・ライト

フェニックスの隣に、スコッツデールという街があります。

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「マイアミ サウスビーチの砂漠版」とも呼ばれる、ここは避寒地として冬場には全米各地から多くの人が訪れる場所。ショッピングやスパ、ホテル、ゴルフ場などの設備が整い、高級住宅街も見られます。

この街に、一度行ってみたい場所がありました。

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それはアメリカを代表する世界的な建築家 フランク・ロイド・ライトの傑作 TALIESIN WESTです。

ニューヨーク・グッゲンハイム美術館などの設計で知られるライト。それまでの欧州様式を模倣するスタイルから、アメリカ建築を自立させた「立役者」「英雄」と言われ、彼の作品はそのいくつもが文化財として保護の対象となっています。

日本でも、関東大震災や東京大空襲にも耐えたとして知られる旧帝国ホテルや自由学園の設計などで、有名ですよね。また、商業施設や高級マンションのロビーなどに、時々彼の作った照明器具が置かれていたりしますが、照明にもつけられている名称「タリアセン」とは、ウェールズ語で「輝ける頂」という意味なのだとか。

建築的な価値はもちろん

「タリアセン・ウェストは、ある意味セドナにも勝るパワースポットだと思います」

・・・と人にも薦められ、行ってきましたよ。

学会日の夕方、会場から車で約30分のところにある、このアメリカが誇る文化遺産に。072_2

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こんな道を通ってゆくと、到着するのです。147117_2

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外観から、これまで僕が見たことのあるどんな住居、どんな建築物とも似ても似つかず、すごいな、と圧倒されます。砂漠に融合しながらも、静かに主張する不思議な存在感なのです。

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ここでは、ツアーチケットを購入すると、ツアーガイドさんが約90分かけて敷地内をジョークを交えながら案内してくれます。

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もともと、ライトの冬場のアトリエとして建てられたタリアセン・ウェスト。多くの弟子達がここで育ち、現在この場所は建築を学ぶ人たちのための学校になっているのだそうです。

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卒業のためには建築設計図を提出しなければならないのだそうですが、基準を満たさないと学校を卒業できないらしく、96歳の女性がまだ学生でいらっしゃるのだそうです。

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でも、アリゾナの綺麗な空気のもと、こんなに素敵な建物のある場所ならば、ずっと暮らしていてもいいですよね(笑)。

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残念ながらこの建物の中は写真を撮ることは許されていませんでした。

驚いたのは、正方形や長方形といった、通常の住居のいわゆる四角形の壁がほとんどなく、天井も床と平行には作られていません。

もちろん、室内のソファや照明などもすべてライトによってデザインされたもの。

それも全てが三角形か、五角形、もしくは六角形から構成されているのです。

どの椅子も、どのソファもデザインが美しいことは僕が言うまでもないことですが、機能的にもすばらしいと改めて思いました。本当に座りやすいですし、内部構造も含めて極めてバランスが良い室内でした。そして、外部も内部も「有機的」とはまさにこのことと、ライトの哲学や思いが時間を超えて伝わってくるようで、とても勉強になりましたね。

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室内から外を見ると、このスコッツデールのこの場所にしかできないであろう借景が見えるのです。

草むらでは、野うさぎが走り回っていましたよ。

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中にはコンサートホールや講演のできる場所などもありました。094_2

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お土産にグッズもあれこれ見たかったのですが、時間がなくて断念。

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ちょっと外に出ると、4月のアリゾナは花で一杯です。

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日本ではあまり見る事のないサボテンの花も沢山咲いていました。

これが綺麗なんですよ。

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iPad 使ってみました

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米国レーザー医学会(ASLMS)開催期間の夜の会食中に、iPadを実際に触らせてもらいました。

ちょうどフェニックスのアップルストアで、昨日入荷があったばかりの32Gのものが599ドルで買えたそうなのです。

本当に動作が軽くてかっこいい。キーボードも思ったより打ちやすいです。

翌日、すぐにそのアップルストアに直行したのですが、残念ながらすべて売り切れでした。 

すでにアメリカで50万台出荷され、日本の発売も来月末に延期されたとのこと。

買ってきたかったなあ。

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「こんぴらさん」に登る

鳴門の観光の後に、香川の金刀比羅宮まで連れて行っていただきました。

高速が通じているので、鳴門からこんぴらさんまでほんの一時間ぐらいで移動できるのです。

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こんぴらさんの785段の、長く続く参道の石段を登ろうと、第1段から挑戦です。

平日の月曜日だけあって道もすいています。

ちょっと雨も降ってきましたので、お店で傘を借りました。

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長い階段でしたが、最後まで登り切りましたよ。

お参り後に、近くの「さぬきうどん」のお店に入ったのですが、ぶっかけうどんがなんと一杯120円。

それもとてもおいしいのです。

クリニックFには香川県出身のスタッフがいて、帰省のお土産にいつも「さぬきうどん」をもらっているのですが、水が違うんでしょうか。

香川まで足を延ばすことになるとは思ってもいませんでした。

その後は鳴門に戻り、鳴門海峡の見えるホテルで一泊させていただき、朝、鳴門からクリニックFに出勤しましたよ。

さて、今日からアメリカ・マイアミの米国皮膚科学会に出発します。

発表演題が3つもあるのですが、またブログでご紹介しますね。


弘法大使と四国八十八か所

徳島の鳴門には、弘法大師が数え42歳の年、812年に開創された四国八十八か所の第一番目の霊山寺があるのです。

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小学生の時に、「鎌倉の寺巡り」という変わった趣味を持っていた僕にとって(笑)、この地も一度訪れたい場所でした。

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これから八十八か所巡りに出発するお遍路さんたちが沢山集まっています。

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僕も第一番目だけですが、お参りをしてきました。

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燈篭が綺麗でしたよ。

今回は車で移動させていただいたのですが、徳島には本当に観光名所がたくさんあるのですね。前回はとんぼ返りで帰ってしまったので、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。


大谷焼

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大きい壺がたくさんあるんですよ。

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庭先にもこんなに沢山。

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お店もありました。

気に入ったものがあれば買って帰ろうと思って店内を観ていたのですが、「これは綺麗だな」と思って手に取るものは、やっぱり値段も立派なのです(笑)。

どんな世界も、値段の高いのには理由があるのですね。


新国際学会周遊記

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