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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

ASLMS米国レーザー医学会 2011番外編 NYで観た8枚のフェルメール①

機会がある度に、フェルメールの絵を見ることを旅の目的のひとつとしています。

今回のアメリカ出張で、ニューヨーク滞在中時間があれば、市内にある8枚のフェルメールを、すべてとはいかなくても一枚でも観られたら・・・と思っていました。

日本に関するニュースは、アメリカで目にするとまた違った緊迫感が漂い、毎日「FUKUSHIMA DAIICHI(アメリカでは福島第1原発をこう呼んでいるようです)」について新聞紙面やCNN他のニュースで見聞きしていると

こんなときに絵画鑑賞・・・? 

と思う自分も心の中にいましたが、

こんなときだからこそすこしでいいから美しいものに触れて日本に帰りたい

と思う自分も一方でいました。

ニューヨークにある8枚のフェルメール。そのうち3枚はフリックコレクションに、残りの5枚はメトロポリタン美術館にあります。

どちらの美術館もマンハッタンのアッパーイーストサイドにありますので、時間があまりなくても歩いて移動できます。

フリックコレクションは、実業家であったヘンリー・クレイ・フリックの個人的なコレクションを、彼の邸宅だった場所で展示しているのです。

アンドリュー・カーネギーと一緒にカーネギー製鋼を設立したフリックですが、ワシントンDCのナショナルギャラリーを作り上げたアンドリュー・メロンと友人だったのだそうです。

1880年に一緒にロンドンに旅行した際に、メロンは英国ナショナルギャラリーに感動して、ワシントンにもそれに匹敵するものを作りたいと考えた・・・という話は以前ワシントンブログでもしたと思うのですが、フリックの方は、個人コレクションであるウォレス・コレクションをモデルに自分のコレクションを集めるというインスピレーションを受けたようです。

このコレクションはプロの視点から見てもその卓越した趣味の良さで知られていて、実際行っても本当に素晴らしいのです。

実業家として成功したのちに、そのお金をどのように使うかは個人の考え方によると思うのですが、フリックのように審美眼をもって、散逸してしまいがちな世界の芸術品を蒐集し公開するというのは、我々市民にとっては嬉しいですよね。

ともあれ、フリックコレクションは、美術館としては小さいのですが、僕がとても好きな場所です。

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建物の中には中庭があり、皆がくつろいでいます。

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この美術館は絵画の写真がとれませんので、ウィキペディアから写真をお借りしました。

以下のフェルメールの三枚の絵が展示してあります。

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「兵士と笑う女」

この絵はフリックが最も好んだ絵だといわれているのだそうです。写真になると平面的な絵に見えますが、実物は兵士の赤い服にも質感があり、女性の表情も、光の当たり加減の描き方も素晴らしいです。

女性のこぼれるような笑顔に、不覚にも目頭が熱くなりました。いつもよりエモーショナルになっているのでしょうね。

絵画を画集で見るのが好きだったのですが、光を巧みに使ったフェルメールの絵は特に、実物と画集の印象が違うことが見るときの楽しみです。

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「中断された音楽の稽古」

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「夫人と召使」

です。

この絵に描かれた「白の縁取りのついた黄色のサテンのコート」は、フェルメールの遺品として実在が知られており、ほかの絵にも登場しますので、見覚えがある方もいると思います。


シンディ・ローパー ジャパンツアー 2011ファイナル 大阪公演

昨日クリニックFのスタッフが

「シンディ・ローパーのジャパンツアーの大阪ファイナル公演が、ニコ動で中継されるそうです!」

・・・と興奮した顔で話しかけてきました。

時間は昨晩19時から、とのこと。ニコ動を登録して

クリニック業務が終わったら

・・・と、スタッフ皆でiphoneを観て楽しみました。

惜しむらくは、観るのに夢中で、ブログ用に写真を残さなかったこと(苦笑)。

シンディ・ローパーと言えば、全米ポップスが全盛だった80年代、僕が中学高校の時に聴き込んだアーティストのひとりです。

奇抜なファッションにパワフルで特徴ある声。最初は取っ付きにくかったのですが、聴けば聴くほど惹き込まれていきました。

シンディは、

「あるとき自分が7色に変化した音色を出すことが出来ることに気付いた。」

と話していたのを、LPレコードジャケットについていた解説書で読みましたが、とにかく歌唱の技術が並外れて巧みなのです。

クインシー・ジョーンズが音楽監督をやった USA for Africaの「We Are The World」にも、彼女にしか歌えない超高音域のアドリブが入っていますよね。

僕の青春時代に記憶に残る、素晴らしい名曲を残してくれました。

「She’s So Unusual」

「TRUE COLORS」 

「A NIGHT TO REMEMBER」

・・・などなど、当時出た全てのアルバムを買ったのを覚えています。

中でも名曲中の名曲「Time after time」は本当に好きな曲で、 自分で歌えるように練習したなあ。

この歌はマイルス・デイヴィスもカバーしましたよね。

シンディは、まさに3月11日、震災の日の夜に東京にツアーで来ました。

震災の様子を見て、ジャパンツアーを撤退し早々に帰国した他の外国アーティストとは異なり、原発の危機に国に帰りたがるスタッフを説得し、一番大変だったこの震災後の10日間、日本を元気づけるためにツアーを続けてくれました。

そして

「こんな時期に日本にいられるなんて、名誉なことでした。」

なんていう、日本人が聞いたら涙が出てしまうような名言をコンサートで話したと伝え聞きました。

その上、さらに最後のツアーを無料映像公開に踏み切ってくれるとは...。

「TRUE COLORS」あたりで、僕は不覚にも目頭が熱くなってしまいました。

僕たちも復興のために、自分たちに出来ることを、日々こつこつとやっていかなければなりませんね。


学割で見たフェルメール

昨日はクリニックFの診療後、予定されていた会食までちょっと時間が空いたので、渋谷に寄り道してきました。

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3月3日から渋谷東急Bunkamuraに展示されている、フェルメールの「地理学者」を見に行きたかったのです。

ちなみに僕は、現在工学部博士課程の大学院生でもあるので、学割で入れてもらいました(笑)。

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フェルメール以外にもフランドル地方の絵が沢山展示してあったのですが、30分ほどしか時間がなかったので、そのままフェルメールの絵に向かいました。

その分フェルメールは、ゆっくり観ることができましたよ。

フェルメールは日本ではゴッホやピカソに並ぶ人気のある画家ですが、生涯で30数点の作品しか残さなかった寡作の人でもあります。

世界各国の国際学会に参加した時に、現地の美術館に行ってフェルメールの絵を観ることを一つの趣味にしている僕ですが、「地理学者」はフランクフルト・シュテーデル美術館から世界中に貸し出されることが多く、実際に実物を観たことがなかったのです。

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こちらは、Wikipediaの画像です。

この絵をよく観察すると、モデルの男性が日本の着物の様な服を着ていることに気付きます。

この服は1600年代にオランダの富裕層の間で流行した、日本風の着衣なのだそうです。

壁の下にはデルフト焼のタイルが見えますし、地理学者が手に持つコンパスも、後ろにある地球儀も丁寧に描かれていました。

キャンバスの質感も、素晴らしく綺麗でしたよ。

感性豊かな時間を過ごすことができました。

フェルメールの絵画は全世界に37枚残っています。

このうち、この絵は僕が実際に観た26枚目の絵でした。

フェルメールの絵の中には、1990年にボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗まれて、いまだに行方がしれない「合奏」や、個人の所有物になってしまっているものもあります。

残り11枚。観るチャンスがあればいいのですが…。

フェルメールといえば、単身女性像と呼ばれる、窓のある小部屋に女性一人がモデルとなる絵を描く作風で知られていますが、フェルメールが男性をモデルにした絵は、今回来日したフランクフルト・シュテーデル美術館の「地理学者」と、パリ・ルーブル美術館の「天文学者」の2枚しかありません。

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こちらはWikipediaよりお借りした「天文学者」の絵ですが、この絵についてはパリブログでもふれましたよね。

ちなみに、フェルメールの「地理学者」と「天文学者」のモデルは実は同一人物で、フェルメールと同じ年に同じデルフトで生まれ、生前交友関係にあったアントニー・ファン・レーウェンフックなのではないか?

という説があります。

レーウェンフックは、顕微鏡を発明し、微生物を初めて見た人物で、「微生物学の父」として科学史に名前を残しています。

Wikipediaでレーウェンフックの肖像画を見つけましたが、確かに面影があるような気もしますね。

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僕が理科系の科目に興味を持ち、将来、研究者になりたいと思ったのは、小学校の時に祖母から買ってもらった小さな顕微鏡がきっかけでした。

もしも本当にこの絵のモデルがレーウェンフックだったとしたら、夢が広がりますね。


Restored Alfetta

フランスブログが続いていますが、来週に迫ったアメリカ・ニューオリンズ開催の米国皮膚科学会参加までは四ツ谷で診療しています。

アメリカ入国用に必要なESTAの申請をうっかり忘れていたことに昨日気付き、慌てて再申請しました。ちょうど2年の認可期間が出国前に終わるところだったのです。

去年9月から14ドルかかることになったのですね。

さて、冬晴れの今日。朝、クリニックのメールを開けてみると、嬉しい知らせが。

11月にクリニックFを訪れてくれた友人のフランス人が、40ヶ月以上もかけたアルファロメオのレストアが

とうとう終わったよ

と、写真入りのメールで来ていたのです。

こちらがその写真です。

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エンジンまで磨き上げて、ボンネットの塗装はまるで鏡のようです。

本当に綺麗な仕上がりですね。

こういった古い車のレストアは、車好き、機械好きの僕にとっては夢のようなこと。

老後の楽しみ(笑)に取っておきたいと思っているのですが、僕だったら何を仕上げますかね…。

今だったら

「ランボルギーニー ミウラ」 

とか

「トヨタ200GT」

とかを、綺麗に仕上げてみたいですね。


Walk through the Tuilerie Gardens

どうも僕は、チュイルリー公園が好きなようです。

パリに行くと市街にいる間は毎日ここを必ず一回は通過し、この界隈のどこかで時間を使っている気がします(笑)。

この日は僕の好きなオランジュリー美術館と、オルセー美術館をはしごしました。

この二つの美術館は、共通券が販売されているので大抵それを購入します。

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まずはオランジュリー。

この美術館は、モネの「睡蓮」が8枚展示してあることで有名です。

僕が初めてこの美術館に行ったのは1993年の12月でしたが、その時と変わらぬ感動を、毎回行く度に与えてくれます。

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そして、この曲線に気持ちも凪いでいくのです。

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チュイルリー公園のセーヌ川との間の小道を抜け、数日前にご紹介したソルフェリーノ橋を渡り、オルセーに抜けることができます。

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オルセーもいい絵が多いですよね。

駅舎を改築した内装も好きです。

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この大きな時計。家に欲しいくらい大好きです(笑)。


At Hotel de Crillon~クリヨンのだまし絵

さて、またパリ出張記にしばし戻ります。

パリに行くと、感動してしまうこと、感激してしまうことに、街を歩いているだけでいくつも出逢います。

その内の1つが、補修工事。

古い建物がそのまま残っているこの街で、大きなブランドや企業がRestoration=復旧や補修工事を行うとき、または店舗の変更や移動があるとき、その工事期間中街の美観を崩さないよう、様々な配慮がとられます。

工事期間のためだけに設けられた「だまし絵」のようなもので現場を覆っているものには、芸術の域に達しているものも多く、見惚れてしまうのです。

去年来た時は、確かプラダが工事中でこれも見事だった記憶があります。

そして今年、感動して毎日この場所を通るたびついつい目を奪われてしまったのが、コンコルド広場のこちら。

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パリが誇る5つ星ホテル=ホテル・クリヨンです。

もう少し寄ってみましょう。

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わかりますか?

ファッサード(建築物の正面)に施された見事な「だまし絵」。これなら景観を壊さないどころか、期間中楽しめてしまうくらいですよね。

クリヨンのホームページを見ると、このレストレーションに関してこんな記述がありました。

「According to Mr.Etienne Poncelet,Head Architect and Chief Inspector of Historical Monuments,"this is a feat of architectural microsurgery which will require high precision engineering work and expertise in town planning.We will use a balance of technology and tradition to reveal the true beauty of Hotel de Crillon"」

12ヶ月かけて補修されるそうです。


戦艦大和ミュージアム

呉といえば海軍軍港のあった場所。

この呉市にある大和ミュージアムには、1/10のサイズの戦艦大和模型があるのです。

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今回も見てきました。

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何度見ても見事ですね。

木でできた甲板は、常に磨きあげられていたそうです。

戦中の日本の技術力の高さが分かりますね。


国立新美術館 ゴッホ展

昨日クリニックFは休診日でした。

僕は朝から幾つかの打ち合わせに出席。終わった夕方、参加予定だった忘年会までの2時間。

六本木の新国立美術館で現在開催されている「ゴッホ展」を観に行ってきました。

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スウェーデンで開催されたヨーロッパ皮膚科学会の帰りに、アムステルダムのゴッホ美術館に立ち寄ったのですが、日本のゴッホ展への貸し出しために観られなかった絵がいくつかありましたので、行く機会を探していたのです。

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10月1日から12月20日までの開催で、既にのべ50万人もの人が訪れたのだそうです。

日本での依然として高いゴッホ人気がうかがえますね。

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この日も平日夕方にも関わらず、中の混雑ぶりはものすごく、絵というより人だかりを観に行ったようで、これには少し閉口してしまったのですが、幾つか観たかった絵を観ることができたので、とても充実した時間を過ごすことができました。

今から20年以上前、僕が高校生の時に上野でゴッホ展が開催され、行ってきたのを今でも鮮明に覚えています。

世界的に評価されている画家の絵を、画集や教科書ではなく直接見たのが生まれてはじめてだったのです。

絵は強烈に目に焼きつき、今も忘れられません。

僕が初めて小遣いをはたいて買った画集は、その時のゴッホ展で手に入れたものでした。

思春期に強烈な印象を残したゴッホは、今でもとても好きな画家の一人です。

今回は、名画「アルルの寝室」をTBSの舞台スタッフが実際に組み上げた部屋が展示されてあり、これは趣向が面白かったです。

ゴッホが夢見ていた、アルルの黄色い家で始めた芸術家との共同生活。

763pxvincent_willem_van_gogh_137ゴーギャンとの生活は、わずか2カ月あまりで破綻となりますが、この寝室の絵は、ゴッホを代表する作品の1つですよね。

ゴッホが自分の耳を切り落とし、倒れているのを発見されたのもこの寝室だったのだそうです。

実際に再現された部屋は、僕が絵から想像していたよりもはるかに小さな部屋でした。

Cimg0604こちらはスーベニアのスペース。佐藤可士和さんによるロゴがちりばめられたデザインがおもしろいですよね。

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アムステルダムのゴッホ美術館の新館もそうでしたが、この国立新美術館も黒川紀章さんの設計だそうです。

美術館は建築やインテリアも訪れる楽しみの一つ。これは世界に誇れるものだと思います。

充電できました。


発見されたダ・ヴィンチの真作

来月スウェーデンのヨーテボリに出張で行く予定です。

ヨーロッパ皮膚科学会(EADV)の参加なのですが、実は8月15日までヨーテボリで「:And There Was Light」という、ミケランジェロ、ラファエロ、ダ・ヴィンチを中心とした芸術家達を一斉に集めた世界的に注目されるある展覧会が開かれていたのです。

この展示会終了後わずか2ヶ月差でのヨーテボリ出張・・・。タイミングが悪いのか良いのか、でもやっぱり

「あと2ヶ月会期を延ばしてもらえたら・・・」

と、ちょっと残念な気持ちになってしまいますね(苦笑)。

今回の展覧会で一番の注目作は、2008年に約100年ぶりに証明された、「美しき姫君」という、レオナルド・ダ・ヴィンチの真作の世界初の展示でした。

この展覧会は、各国を経由していずれ日本に来るとのことなので、すこし待てば日本でも観られるのでしょうか?

そもそも数の少ないダ・ヴィンチの新たに発見された絵画作品。しかもかなり質の高い作品とあっては絵画ファンなら興奮しますよね。観に行きたかったですよ。

日本での展示は、絵がガラスの先、しかも、ものすごく遠くに鎮座していたりしますから…(苦笑)。

1998年のオークションでわずか1万9千ドルで落札され、2007年に美術収集家のピーター・シルヴァーマン氏に転売された、ドイツの無名画家の作品といわれていたこの作品。

しかしながら、無名の画家にしては高い完成度と、左利きのダ・ヴィンチを思わせるさまざまな画法。眼識のあるシルヴァーマン氏の依頼で、もしかしたら、ダ・ヴィンチの作品ではないかと解析が始まります。

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その経過をまとめたものがこの「美しき姫君」という著作。

オックスフォード大学美術史学科マーティン・ケンプ名誉教授は、ダ・ヴィンチの画法、科学観、個人史的側面からの解析を行います。

リュミエール・テクノロジー研究所代表のパスカル・コット氏は、最新のマルチスペクトル撮影による光学的な解析によって詳細な分析を行うのです。

僕は絵画の解析なんて、X線を当てるぐらいのものかと思っていたのですが、分析の経過では100nmぐらい波長をずらした光を絵に照射して、反射した光を取得し、近赤外線など実際に目に見えないものまでもを再現したり、

取得した何枚もの写真をもとに、実態顕微鏡のように絵画を拡大したものを、ミクロン単位でデジタル画像のピクセルに落とし込み、指紋や掌紋などを解析するといった様子は、さながら法医学の検証のよう。

それらのデジタルデーターを元に絵を再現し、使用された羊皮紙の経年変化などをデジタルサブトラクションを行い、完成当時の色彩をよみがえらせるといった、医療画像機器でも応用されている技術を使います。

さまざまな考察の結果、この「美しき姫君」はダ・ヴィンチの真作であろうとの結論。

美術ファンとしては非常に興味深い本でしたよ。お勧めします。


スコッツデールとフランク・ロイド・ライト

フェニックスの隣に、スコッツデールという街があります。

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「マイアミ サウスビーチの砂漠版」とも呼ばれる、ここは避寒地として冬場には全米各地から多くの人が訪れる場所。ショッピングやスパ、ホテル、ゴルフ場などの設備が整い、高級住宅街も見られます。

この街に、一度行ってみたい場所がありました。

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それはアメリカを代表する世界的な建築家 フランク・ロイド・ライトの傑作 TALIESIN WESTです。

ニューヨーク・グッゲンハイム美術館などの設計で知られるライト。それまでの欧州様式を模倣するスタイルから、アメリカ建築を自立させた「立役者」「英雄」と言われ、彼の作品はそのいくつもが文化財として保護の対象となっています。

日本でも、関東大震災や東京大空襲にも耐えたとして知られる旧帝国ホテルや自由学園の設計などで、有名ですよね。また、商業施設や高級マンションのロビーなどに、時々彼の作った照明器具が置かれていたりしますが、照明にもつけられている名称「タリアセン」とは、ウェールズ語で「輝ける頂」という意味なのだとか。

建築的な価値はもちろん

「タリアセン・ウェストは、ある意味セドナにも勝るパワースポットだと思います」

・・・と人にも薦められ、行ってきましたよ。

学会日の夕方、会場から車で約30分のところにある、このアメリカが誇る文化遺産に。072_2

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こんな道を通ってゆくと、到着するのです。147117_2

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外観から、これまで僕が見たことのあるどんな住居、どんな建築物とも似ても似つかず、すごいな、と圧倒されます。砂漠に融合しながらも、静かに主張する不思議な存在感なのです。

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ここでは、ツアーチケットを購入すると、ツアーガイドさんが約90分かけて敷地内をジョークを交えながら案内してくれます。

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もともと、ライトの冬場のアトリエとして建てられたタリアセン・ウェスト。多くの弟子達がここで育ち、現在この場所は建築を学ぶ人たちのための学校になっているのだそうです。

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卒業のためには建築設計図を提出しなければならないのだそうですが、基準を満たさないと学校を卒業できないらしく、96歳の女性がまだ学生でいらっしゃるのだそうです。

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でも、アリゾナの綺麗な空気のもと、こんなに素敵な建物のある場所ならば、ずっと暮らしていてもいいですよね(笑)。

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残念ながらこの建物の中は写真を撮ることは許されていませんでした。

驚いたのは、正方形や長方形といった、通常の住居のいわゆる四角形の壁がほとんどなく、天井も床と平行には作られていません。

もちろん、室内のソファや照明などもすべてライトによってデザインされたもの。

それも全てが三角形か、五角形、もしくは六角形から構成されているのです。

どの椅子も、どのソファもデザインが美しいことは僕が言うまでもないことですが、機能的にもすばらしいと改めて思いました。本当に座りやすいですし、内部構造も含めて極めてバランスが良い室内でした。そして、外部も内部も「有機的」とはまさにこのことと、ライトの哲学や思いが時間を超えて伝わってくるようで、とても勉強になりましたね。

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室内から外を見ると、このスコッツデールのこの場所にしかできないであろう借景が見えるのです。

草むらでは、野うさぎが走り回っていましたよ。

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中にはコンサートホールや講演のできる場所などもありました。094_2

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お土産にグッズもあれこれ見たかったのですが、時間がなくて断念。

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ちょっと外に出ると、4月のアリゾナは花で一杯です。

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日本ではあまり見る事のないサボテンの花も沢山咲いていました。

これが綺麗なんですよ。

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[E:ship]クリニックFサブサイト[E:ship]は、こちらから

http://clinic-f.jp


iPad 使ってみました

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米国レーザー医学会(ASLMS)開催期間の夜の会食中に、iPadを実際に触らせてもらいました。

ちょうどフェニックスのアップルストアで、昨日入荷があったばかりの32Gのものが599ドルで買えたそうなのです。

本当に動作が軽くてかっこいい。キーボードも思ったより打ちやすいです。

翌日、すぐにそのアップルストアに直行したのですが、残念ながらすべて売り切れでした。 

すでにアメリカで50万台出荷され、日本の発売も来月末に延期されたとのこと。

買ってきたかったなあ。

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「こんぴらさん」に登る

鳴門の観光の後に、香川の金刀比羅宮まで連れて行っていただきました。

高速が通じているので、鳴門からこんぴらさんまでほんの一時間ぐらいで移動できるのです。

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こんぴらさんの785段の、長く続く参道の石段を登ろうと、第1段から挑戦です。

平日の月曜日だけあって道もすいています。

ちょっと雨も降ってきましたので、お店で傘を借りました。

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長い階段でしたが、最後まで登り切りましたよ。

お参り後に、近くの「さぬきうどん」のお店に入ったのですが、ぶっかけうどんがなんと一杯120円。

それもとてもおいしいのです。

クリニックFには香川県出身のスタッフがいて、帰省のお土産にいつも「さぬきうどん」をもらっているのですが、水が違うんでしょうか。

香川まで足を延ばすことになるとは思ってもいませんでした。

その後は鳴門に戻り、鳴門海峡の見えるホテルで一泊させていただき、朝、鳴門からクリニックFに出勤しましたよ。

さて、今日からアメリカ・マイアミの米国皮膚科学会に出発します。

発表演題が3つもあるのですが、またブログでご紹介しますね。


弘法大使と四国八十八か所

徳島の鳴門には、弘法大師が数え42歳の年、812年に開創された四国八十八か所の第一番目の霊山寺があるのです。

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小学生の時に、「鎌倉の寺巡り」という変わった趣味を持っていた僕にとって(笑)、この地も一度訪れたい場所でした。

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これから八十八か所巡りに出発するお遍路さんたちが沢山集まっています。

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僕も第一番目だけですが、お参りをしてきました。

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燈篭が綺麗でしたよ。

今回は車で移動させていただいたのですが、徳島には本当に観光名所がたくさんあるのですね。前回はとんぼ返りで帰ってしまったので、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。


大谷焼

05 鳴門から少し移動した場所に大谷焼の里がありました。

大きい壺がたくさんあるんですよ。

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庭先にもこんなに沢山。

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お店もありました。

気に入ったものがあれば買って帰ろうと思って店内を観ていたのですが、「これは綺麗だな」と思って手に取るものは、やっぱり値段も立派なのです(笑)。

どんな世界も、値段の高いのには理由があるのですね。


身延山久遠寺

Img_5627正月気分も最後の四日。

ちょっとした偶然が続いて、山梨で時間が空いてしまい、ふと思い立って身延山久遠寺に初詣に行ってきました。

身延山久遠寺というと、日蓮宗の総本山。

僕がこの地を訪れたのは人生で二度目のことです。

僕の母方の祖父は、この身延山で修行して僧になりながら、僧門に入る若い修行者達に理系の勉強を教えているうちに、

優秀なのだから、医者になれ

と周囲に奨められたのだそうです。

20歳を過ぎてから旧制一高を受験し、医師免許を取得しました。

「この身延山の周囲には、当時不治の病だった癩(らい)病患者が集まる地域があり、その患者さん達を治したいと強く思った」

と、僕に語ってくれたことがあります。

祖父は癩病の研究で当時としては珍しく医学博士号をとり、幾つかの国の医療施設長を勤めた後、医院を開業しましたが、朝4時に起床して読経の日課は毎日欠かさなかったそうです。

そんな祖父も僕が高校二年生の時に亡くなりましたので、僕が医学の道を選んだ事は知りません。

祖父が医師となるきっかけとなった身延山。

僕は医学生の時に訪れた事があるのですが、高速道路のインターチェンジから離れているところにあって、なかなか訪れにくかったのです。

今回、偶然にも訪れる事ができてよかったです。

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法華経の一部分を写経することができる部屋がありました。

久しぶりに筆を持ち、日頃の感謝の気持ちを込めて、心を落ち着けて写経してきました。

緊張の中、心が澄んで、安らいでゆく気持ちがしましたよ。

こういった作業をしてみると、自分の中にある日本人のルーツが発見できる気がしますね(笑)。

明日から、パリのIMCASというアンチエイジング医学の学会に出発します。

良い気分転換になりました。


こだわりのカメラ

最近

「“新国際学会周遊記”で掲載している写真は、どんなカメラで撮っているのですか?」

・・・と、何人かの方から同じ御質問を頂きました。

実はこのブログでは、内容によっていくつかのカメラを使い分けています。ブログを書き始めてからもう丸4年。僕なりの試行錯誤や反省、工夫が写真に反映されているので、カメラや写真のことを聞いてもらえるのは嬉しいですね。

もともと僕は、カメラのような光学機器のスペック表を見比べ、その中からあれこれと選ぶのが昔からとても好きでした。

なにしろ理系なので(笑)。

限られた予算の下、その当時の技術のできる限りの最高スペックを手に入れるために、どの機種と、どの機種、どの付属品を購入すれば、どんな条件でも自分の撮りたい写真を撮れるのか。

そんなことをその時代ごとに考えて、機器を選び購入するようにしていたのです。

こうして考えると、僕のレーザーへのこだわりとカメラへのこだわりはよく似ています。

これから開業されるドクターから、どんなレーザーを購入するべきか御相談を受けるときがあります。どんなドクターでも個人で開業する限り、レーザーを全種類揃えては破産してしまいますから(笑)、数あるレーザー機器から予算と時代背景、マーケット・ニーズを考えながら、自分の治療スタンスに合致したレーザー機器を見極め、選択しなければならないのです。

購入するレーザーを選ぶというのは、簡単そうに一見見えますが、一台の価格が価格なだけに、実は結構・・・いやかなり悩むものなのですよ。

クリニックFのレーザー機器は、米国の第一線のクリニックにあるものと偶然にもほとんど同じ布陣でとても嬉しかったことを覚えています。今思えばカメラを選択してきた経験がレーザーを選択するときにも役立っているのでしょうね。

話がちょっと逸れてしまいました。カメラの話に戻りましょう。

Img_4446ブログの写真撮影に使用しているカメラです。

僕がブログに使用するカメラを選ぶ基準は、一般にスペックが追及される画素数よりも、持ち運びの良さと、広角レンズの能力、そして発色の良さに重きを置き、そこを十分に検討して選んでいます。

発色の良さは、画素の再現技術が高いことに加え、レンズのクラリティが高いということが大きく関連すると思うのですが、これは好みがあるので、実際に見なければわかりませんよね。

また、これは実際旅して感じたことなのですが、ヨーロッパの巨大な建物や風景の写真は、絶対に広角の方が扱いやすい。

僕のブログは「国際学会周遊」がテーマなので、人物の細かい表情や動きを撮ることよりも、「国際」にちなんで海外の風景や雑感、雰囲気を撮ることが多い、ということも加味しなければなりません。

学会にはスーツで参加しますが、その前後の移動や観光にはデニムで動きますし、オペラやミュージカル、会食では、ジャケットにパンツという格好。治安の良い国や地域のときもあれば、大きな荷物を持ち歩けない場所もあったり、移動の交通手段も様々。どんなときでも洋服のポケットに入れておける大きさのカメラが重宝します。

そんなわけで、海外に行ってブログ用に写真を撮るとき、一番使用頻度が多いものは、写真左上のキャノンIXY900シリーズ

CANONは発色がとても自然で、昔から好きなのです。

画素数よりも広角レンズを優先して、あえて最上位機種ではなく、二番目の機種を選びました。

IXY900 IXY910 IXY920と、同じ機種の後継機種を何年も使い続けていますが、最近IXY930シリーズが出たので、買い替えを迷っているんですよね。

もうひとつ、海外に持って行くときに使うのが、右上のカシオEXLIM EX-FH20。

こちらも他に上位機種があるのですが、20倍という光学ズームの倍率の使い勝手を考えて、こちらを選択しました。

望遠が必要なときと、動画を撮りたいときはこちらを使います。

さらに、この2機種の組み合わせであれば、どちらも記録様式がSDカードなので相互利用も楽なのです。

そうそう、このEXLIMですが、一秒当たり40枚という、超ハイスピードムービーが撮影できるのです。

初めて使った時は、もうびっくり。面白いのでいくつかご紹介しますね。

ミルクに水滴を落としたところですが、本当に彫刻の様な芸術品みたいですね。

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一瞬のうちにこんなに様々な変化があるのは驚きますね。

こんなハイテクノロジーの機器を、わずか数万円で販売してしまうのですから、日本の技術は本当に素晴らしいですよね。

ちなみに、国内で写真を撮るときは、キャノンのフルサイズの一眼レフを使います。これはクリニックFの雑誌取材の際に、たまたま撮影に来て下さったプロのカメラマンに教えていただいたのですが、本当に満足しています。

プロみたいな写真が撮れる時もあって、自分でもびっくりしますね。たまにですが(笑)。

そうそう、ひょんなことで始めたら意外と好評な「今日の僕」シリーズは、iPhoneで撮っています(笑)。これは主に四谷とその界隈の僕の行動をお伝えすることがテーマなので、ラフで気軽な親しみやすさというのをモチーフにしています。

iPhoneは本当に日々大活躍していますね。今年僕が購入した商品の中で、最も満足度の高いものでした。


ミケランジェロのピエタ4作

「ピエタ」は「慈悲」を表わす言葉。

磔刑に処せられたイエス・キリストと、その亡骸を腕に抱く聖母マリア像をモチーフにした絵画や彫刻のことです。

Cimg0494この像に心惹かれる人は多いと思うのですが、僕も20年前にこの像をここサン・ピエトロ大聖堂で見た時に、本当に心打たれました。

子供を失った親の悲しみの深さはあまりに深すぎて、ちょっと想像できませんよね。

ミケランジェロは全部で4作のピエタを作成しています。

それぞれ、

サン・ピエトロのピエタ 1499年 (ヴァチカン サンピエトロ大聖堂)

ドゥオーモのピエタ 1547年 (フィレンツェ ドゥオーモ博物館) 

パレストリーナのピエタ 1550年 (フィレンツェ アカデミア美術館

ロンダニーニのピエタ 1564年 (ミラノ スフォルツァ城博物館)

ですが、

ミラノから入って、フィレンツェで学会講演をし、ローマ・ヴァチカンに入る・・・という今回の旅で、僕はこの四つのピエタをすべて見ることができました。

年代順に考えると、新しい作品から順序よく見ることができたということになります。

このうち、サン・ピエトロにある像のみが完成し、あとは未完成に終わっています。

339_2 年代順に、ヴァチカンの次に制作されたのは、フィレンツェのドゥオーモ付属美術館のフィレンツェ(もしくはドゥオーモ)のピエタ。

イエスの亡きがらに三人の人物が寄り添いますが、右が聖母マリア。左がマグダラのマリアといわれています。

 

Pieta_p こちらは同じくフィレンツェのアカデミア美術館にあったパレストリーナのピエタ。

アカデミア美術館は、写真撮影を厳重に注意されましたので、写真は複写を使いますね。

149_2 そして、今回の旅で最初に見た、ミラノのスフォルツァ城にあるロンダニーニのピエタ。

ミケランジェロは、視力を失ったのもかからわず、手探りで病で倒れる直前まで、この像を彫っていたそうです。   

こうして見ると、最初に制作されたサン・ピエトロ大聖堂の若きミケランジェロの作成したピエタと比較して、イエスの像が年を追って作られるごとに、痩せ細って来ますよね。

彫刻家のミケランジェロが、齢を重ねるごとに、ピエタの解釈が変化したのでしょう。

何と言葉で説明して良いのかわかりませんが、どの彫刻にもそれぞれのもつオーラのようなものがありましたが、それぞれのオーラの色は少しずつ変化していったような気がしましたよ。


ドゥオーモ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会

早朝に目が覚めます。

散歩がてら街を歩いていくと、15分ぐらいでミラノの中心部につきます。

ゴシック建築の傑作といわれるドゥオーモが見えてきました。

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今回、学会が開催されるフィレンツェに入る前にミラノで一日滞在できる日を作りました。

ミラノでどうしても見たいものがふたつあったのです。

ひとつは、世界遺産 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。

通常、世界遺産は建築物などの不動産に対してのみ与えられ、絵画には与えられないらしいのです。ただ、この絵は聖堂の壁に描かれているため、その教会とともに世界遺産に認定されたのだそうです。

026_2 日本からチケットを予約していったので、予約時間の9時ちょうどにサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に向かいます。

ドゥオーモからは歩くとちょっと距離があります。

しばらくすると教会が見えてきましたよ。

028 そしてこちらがファサード。

032 いよいよこの横の事務所に行って、チケットを受け取ります。


血の上の教会 

101さて、サンクトペテルブルグでは、西洋風の街並みがそろう中、純ロシア風の建築でひときわ目立つのが、この血の上の教会です。

この教会は、 1881年3月に、当時の皇帝だったアレクサンドル二世が暗殺された土地の上に建設されたもの。構想から25年の歳月を越えて1907年に完成したのだそうです。

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ロシアとキリスト教の関連は、988年にウラジミール聖公がロシアの国教にキリスト教を採用したことから始まります。

ロシア正教は、もともと東ローマ(ビザンチン)帝国の国教であったギリシャ正教(キリスト東方正教)の一派でした。

しかし、キリスト東方正教を担い東ローマ帝国を引き継ぐビザンチン帝国は、15世紀に入って強大化するトルコのオスマン帝国の脅威に対して、東方正教会をローマカトリック教会に再統合したのです。

この行為を裏切りと判断したモスクワの大司教座が、1448年に独自の総主教を立てて、コンスタンチノープルから独立し、ロシア正教を成立させたのだそうです。

1453年にビザンチン帝国が滅亡すると、ロシアこそが正当なキリスト教の後継者であるという思想がひろまったそうですよ。

122教会内では、アレクサンドル二世が亡くなったこの場所が祭られています。

118見上げると大きなドームとシャンデリアがあります。荘厳な内装でした。

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東方正教の特徴でもある聖壁「イコノスタス」もありますね。

127 この教会は、運河に面していてとても映えます。絵を描いている人も何人もいましたよ。


日食の写真

Img_00956昨日の皆既日食は、見ることできましたか?

僕はクリニックから一眼レフとレンズを持って帰り、部分日食の写真を撮ろうと準備していたのに、あいにく都内は深い曇り空。

日食はあきらめ、予定を変更し、ちょっと用事があって有栖川公園を散歩方々都立図書館に向かう途中、空を見上げると偶然。

数十秒のことでしたが、曇り空の中から、日食の太陽が見えました。

iphoneで撮影したのであまりきれいには撮れませんでしたが、ご報告しますね。


新国際学会周遊記

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