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藤本院長のブログ(新国際学会周遊記)

バスキア展 メイド・イン・ジャパン

講演の前に本日終了のバスキア展行ってきました。

クリニックの患者さんの作品が飾られており、ご招待券を頂いたのです。

ところが一般待ち180分。

招待券待ち1時間。

朝1番でやってきて、ようやく観終わりましたが、やっぱり芸術に触れると脳が刺激されますね。

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プラハの街散策

午後からベルリンに戻りますが、プラハ唯一の空き時間が予報では雨。

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何度も来てるので、観光は良いかなと思ったのですが、

ちょっと雨が止んだ隙に一時間ばかり、散歩に出ました。

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プラハに首都を置いた神聖ローマ帝国とボヘミア王国。

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その歴代の王が戴冠パレードを行った王の道を火薬庫から

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モルダウ河に架かるカレル橋まで歩いてきました。

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プラハはまさに建築の街。

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ゴシック、ロマネスク、ルネッサンス、バロック、アールヌーボー、

さらにはキュビズム、モダン様式まで

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ほぼ全ての欧州建築の建物が建立しているのです。

まだ閉まっている教会の中からはパイプオルガンの音が漏れ聴こえます。

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練習中でしょうか?歩いていても楽しいですね。


プラハで神戸牛

1989年ソ連崩壊と同時にチェコは共産国家から脱却しましたが、

そのビロード革命が行われたヴァーツラフ広場に面したKobeという名のお店で食事をいただきました。

海外では日本料理は普通ではないもの笑も出てくるので、僕は迷わずチェコ料理を選択。

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そして赤と白のチェコワインを頂きました。

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どちらも美味しかったですよ。

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BTL社の重役達ですが、ちょうどアラフィフで僕とほぼ同い年。

共産主義だった時代は覚えてる?と聞くと、自転車を買いたいと思っても半年待ち。

SONYのウォークマンなんて庶民の1月分の給料でも買えず、

持ってる人は大概、政府関係者だったよと。本当に大変だった様です。

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30年前と言うとちょうど昭和の時代。

高校生までそんな生活をしていた人たちが、

真面目に技術開発をしている訳ですから、

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まさに日本の高度成長期の様なものですね。


画家の中島健太さん

今日は最近はテレビでも活躍している画家の中島健太さんが遊びに来てくれました!。

女性をモデルにした写実絵画が有名ですが、僕たちのピアノの後ろの絵も中島さんの作品なのです。

実に素晴らしい。

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3月2日の「音楽は名医」の僕のオペラシティのコンサートでは、中島さんの絵を展示して貰おうかなあと、密かに?計画中です。


青蓮院青龍殿にて送り火

昨晩は京都は青蓮院青龍殿にて送り火を。

藤本家は昨年103歳で亡くなった祖母の新盆でしたが、また天に帰ってしまいましたね。

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「白仏」という辻仁成さんの小説をご存知でしょうか。

1999年にフランスのフェミナ賞外国小説賞を受賞した文学作品なのですが、この時期心に響きましたよ。

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「アート」に興味ない人は “2つの大きな損” をしている

アートにも音楽にも同じことが言えると思うのですが、真、美、善を判断する感性を研ぎ澄ますということがいかに大切かわかりますね。

人間がジャングルに住んでいた時は、一歩先から害獣が襲ってくるかもしれないような状況で、五感の感覚が優れている人の方が命を永らえることができたのでしょう。

自戒を込めてですが、夜道をスマホを見ながら歩くような生活をしていては、感性がどんどん廃れていってしまいますね。

リアルな芸術や音楽に触れることでこうした感覚をブラッシュアップする事が、現代人には特に大切なのではないかと思います。

https://studyhacker.net/business-success-art?fbclid=IwAR1TqGy_qLM8QG4FgwAXEch4MhM6lkh_hzTHL45koO-pomZBcYT3DIniu7g

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太宰府天満宮

空港に行く時間までに、学問と芸術の神様にお詣りに来ました。

クリニックFは平河天満宮の江戸時代の敷地内にあり、菅原道真が眠る天満宮総本山にご挨拶したくなったのです。

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神社フリークとしては珍しく、生まれて初めての太宰府天満宮です。


北里柴三郎博士

おはようございます。

今日もクリニックFの診療日です。

北里柴三郎博士が1000円札の肖像画に取りあえげられましたね。

医学的には、野口英世よりもはるかに多くの功績があった人でしたので、野口博士が肖像画になった時に、なぜ北里柴三郎じゃないの?と思ったのを思い出しました。

確か当時はヒゲがある肖像画は紙幣偽造が難しいと言われていましたよね。

 

野口英世は電子顕微鏡でしか観られないウイルスの疾患を、細菌しか見えない光学顕微鏡の時代に、病原菌を発見したと沢山論文を書いていたわけだから、残念ながら業績としてはほぼ皆無ですよね。

でも努力の人だったのだとは思うので、先に電子顕微鏡がつくられていたら、沢山の発見があったと思います。

畢竟、科学の進歩は分析機器の発達によるというのが実のところかな。

 

 

北里博士は、ドイツベルリン大学のコッホ研究室に師事し、破傷風菌抗毒素の研究を行った人でした。

ジフテリアの血清療法の論文は、第一回のノーベル医学生理学賞受賞者の候補にも上がりました。

20世紀初頭の帝国主義時代にノーベル賞とオリンピックは西洋人の優位性を世界に示すために作られたとの説があり、また現在のように共同研究者複数の受賞者の形式ではなかったため、共同研究者のエミール・アドルフ・フォン・ベーリングのみが受賞という結果になりましたが、1901年に日本の研究者が世界を先導していたのは、驚きと喜びとしか言いようがありませんね。

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帰国後に、僕も大学キャリアの最後の職(東京大学助手)として勤めていた、東京大学医科学研究所( The Institute of Medical Science, The University of Tokyo)の原型になる白金の伝染病研究所を設立しました。

写真はWikipediaからお借りしました。

その後は北里大学病院を作り、さらに福沢諭吉の導きで慶応大学医学部を設立、日本医師会の初代会長となるなど、まさに近代日本医学の礎を築いた人ですね。

2009年EADV 欧州皮膚科学会出張時には、僕も北里博士が研究したシャリテ病院に見学に行き、ここで世界的な研究をしていたのかと、とても刺激を受けたのを思い出します。

http://clinic-f.com/blog/medical-healthcare/post_1174/ もう10年前の話ですね。


世界の国名から「ヴ」が消える

bとvの違いを表すのにヴは必要ですよね。

なんでこんな事をするんだろう?

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https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190319/k10011853321000.html?fbclid=IwAR3cM5kxfr0Txc_Q0IcCU_sPY2dACQRYF4g5YdYw777Qc9xdDsZQA2DH9xo

僕は帰国子女じゃないので、lとrの発音の違いも今だに苦労しています。

むしろ国際社会に向けて、50音に らりるれろ と バビブベボ をそれぞれ2種類にして増やして子供の頃から発音を教えれば良いのにと思っていました。

音を表現できる言語が母国語に無いのは致命的で、日本人が英語が話せない理由の大きな一つだと思います。

ba bi bu be boはバビブベボ。

va vi vu ve voはヴァ ヴィ ヴ ヴェ ヴォで表せます。

la li lu le lo はらりるれろ 。

ra ri ru re ro は ら行に丸をつけたら良いと思うんです。


岐阜城

講演の後、初めて岐阜城へ。

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斉藤道三や織田信長が住んだ山城ですが、素晴らしい鳥瞰眺望。

養老山脈の先には関ヶ原、そして京都。

天下を意識するのにいい土地なのでしょうね。

信長がこの地に入って天下を意識したのが、凄く良くわかりました。

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岐阜大仏も観ました。


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