TakahiroFujimoto.com

HOME MAIL
HOME PROFILE BOOKS MUSIC PAPERS CONFERENCES BLOG MAIL CLOSE

BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

痛みとトラウマのメカニズムの類似性、癒すタイミングの違い

本日木曜日はクリニックFの休診日です。

通常の木曜日は、僕は工学部大学院でレーザーの研究をする日にしているのですが、震災後は、普段診療を行う「レーザー治療」のほかに、日本ペインクリニック学会認定医としての僕のもう1つの専門分野である「痛みの治療」で御相談を受けたり、診療に借り出されることが増えています。

日々余震と原発の存在を感じながら先が見えないことによる様々なプレッシャー、不安、恐怖、強烈なストレスなどなど。

そうしたものと戦っていると、心や身体にいくつもの不具合を感じるようになりますよね。

ぐっすりと眠れない毎日が続き、リラックスできるはずの家の中でさえ、緊張感を感じながら避難道具を脇目にTVやインターネットをついつい見てしまう人もいることでしょう。

心理的ストレスを長期間受け続けると、ストレスに対抗するため、副腎皮質よりコルチゾールが分泌されます。さらにストレス状態は持続的な交感神経優位状態になりますので、心身のバランスが崩れないわけがありません。

闘争モードの交感神経が優位になっていると、細動脈も収縮し、末端組織に血流が行きにくくなりますので、頭痛を始め、関節の痛みや腰、首などの痛み、腹痛などが引き起こされることもあります。

こんな際には、クリニックFでも行っていますが、「痛みの悪循環」を断ち切るペインブロック注射が非常に有効な場合があります。

しかるべき関連医療機関に紹介状を書く場合もあります。

また、最近似たような御質問を何人かから受けました。

「先生は、痛みのメカニズムに関して本を書いていますが、トラウマのメカニズムと痛みのメカニズムは一緒なんですか?」

この御質問についてお答えしますね。

まず、トラウマとPTSDの違いが分からないと言われる方がいますが、「PTSD」とは Post Traumatic Stress Disorder(ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー=心的外傷後ストレス障害)の略です。

「PTSD」の方が直後に引き起こされる生体ストレス反応までを包括した表現なのですが、現在使われている「心的外傷・トラウマ」の意味においては、基本的には同じものと考えてよいです。

確か、以前のブログにも書いたことがあるのですが、まずそもそも「痛み」とは何か、ということをクリアにしていきましょう。

世界疼痛学会(IASP)で決定された、「痛みの定義」という ものがあります。

それによると

「「痛み」とは、実質的、または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはそのような経験から表現される不快な感覚、または情動経験をいう。」 と定義されています。

「情動経験」・・・日常生活でなかなか聞きなれない言葉ですが、“情動”とは短時間で強く作用する脳とホルモンや免疫系、生体物質における興奮状態としての「生理反応」であり、わかりやすく定義すると「感情の動き」ということになります。

つまり、痛みとは「感覚」であると同時に、それに伴う「感情の動き」でもある、ということなのです。

また痛みの知覚が、脳の中では「視床」と呼ばれる部位で感知されることが多いのはご存知の方もいるとおもいます。

しかしながら、

この「痛みによって引き起こされる情動反応」

さらには

「痛み刺激の予知と回避についての学習」

といった、感知された痛みに対するより高次元な脳反応には、大脳辺縁系の一部の「前部帯状回」という部位が関わっています。

心的ストレスは、「心が痛い」といった表現をしますよね。

その言葉通り、心的ストレスを受けた場合、fMRI (functional Magnetic Resonance Imaging=機能的磁気共鳴画像)を利用して、脳のどの部位が活動しているのかを機能分析すると、この「前部帯状回」が痛み刺激を受けた場合と同じように反応することが分かっています。

「トラウマ」と「痛み」によって引き起こされる情動、つまり脳における反応メカニズムはほぼ一緒なのです。

これはむしろ、人間の進化の過程で、生体にとって最も脅威となる「痛み」を感じるために発達した「痛みの脳回路」が、同じように社会生活の中で最も脅威になる「心的ストレスのための脳反応回路」に、「転用」されたと考えた方が良いのでしょうね。

人類が社会生活を初めて早4000年の歴史があります。進化の過程による対応策の1つだったのでしょう。こう考えると不思議ですね。

ただし、今回の震災を考えた場合、それによって受けた心の痛みとからだの痛みとでは、その癒すべきタイミングは、多少異なるかもしれない、というのが僕の見解です。

心も体も、痛みをメカニズム的に癒し、傷を再生させるためには、自律神経を整えることがどうしても必要です。

闘争と逃走の神経=交感神経は、いついかなるときに震災が起きても逃げられるよう日々準備を整えておかなければならない昨今のために、現在日本に住むどんな人の体の中でも日夜フル稼働していることでしょう。

しかしながら、Relax & Digestの副交感神経を十分に作動させ優位にしない限り、傷はなかなか癒えてはくれません。

身体的な傷や痛みは、自律神経の状態に関わらず、西洋医学的な治療薬でもって早期解決する事が日常生活を送る上でも、からだの機能的にも求められる場合があります。

けれど、災害によって心に出来てしまったトラウマのケアをしていくときには、こうした社会状況も考えながらのケアが求められると僕自身は思うのです。類似した状況が続き、交感神経が優位であることを刻々と求められる状況では、痛みを根本的に癒すことは難しい。

つまり、ある程度余震や原発状況が落ち着き、日々の生活への不安や恐怖が遠のいてから・・・せめて枕元に避難道具を置かないと落ち着かない夜が去ってからの方が、有効的な治療ができると考えています。


カテゴリー